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森の民

 人も通わぬ森林地帯とは、人の介入を拒む森林地帯である。


 人が歩くには険しい斜面、人が歩くには深い下草、人が歩くには密度の高すぎる木々、人が踏み込むには獣と同じく自然に対して頭を垂れ、地面に這いつくばって自然に対して許しを請いながら踏み入るべき聖域である。


 そんな聖域にまた神に挑む様に踏み入る人間がいた。


 普段は入り込む人間を分け隔てなく拒む森林地帯は、その一行に対してのみ全てを受け入れる様に枝葉を避け、下草も道を示すかの様に緩斜面に導いた。


 一行の先頭を歩くのは黒髪の青年であり名前を小次郎と言う。一七歳にしては幼い顔立ちの気弱そうな如何にも物事に流されやすそうな優しい顔つきの青年であるが、怒らせたら怖そうなタイプだ。青年が先程から行使している魔法は、人族には許されない筈の精霊魔法フォレストウォークだが、大魔導師たる青年には「歩きやすくて便利だね」程度の魔法に過ぎない。


 先程から青年の後ろに寄り添う様に付き従っている巨大な虎が足音を殺しながら、身体を揺らさない様に細心の注意を払いソロリソロリと歩きながら、周囲の気配を探っている。


 この虎は見た目はホワイトタイガーと呼ばれる危険なモンスターだが、実際はその危険なモンスターを束ねる変異種であり、正確な名前はブルーアイズホワイトタイガーと呼ばれ、数百年を生き抜いて来た獣の王である。災厄の神とまで名付けられ忌避された危険種である彼が、先程から足運びに細心の注意を払っている理由は、獣の王とまで呼ばれた彼の背中に載せられている荷物のせいであるが、先程から軽ワゴン程の大きさを持つ彼の背中には、十歳にしては体躯の小さな少女が仔猿の様にしがみつき、小さないびきをかいている。


 ぷひゅるぷひゅると個性的ないびきをかきながら、獣の王の背中の毛並みをがっしりと握りしめ、間抜けに開いた口の端からよだれを垂らしている彼女の名前はムサシ、十歳で女の子で野蛮人である。


 タラタラと止めどなく流れる涎に辟易した獣の王は、背中のムサシを睨みつけ力なく溜息をついた。


「ああ、ごめんね亀吉さん」


 ようやく亀吉と呼ばれた獣の王の不満顔に気付いた小次郎が、止めどなく流れる涎の出口であるムサシの顔の下にタオルを挟み込み、亀吉の毛並みをこれ以上ベタベタにしない為の手段を講じた。


「にゃ、にゃおん……」


 亀吉は小次郎に対して抗議の視線を送るが、空気を読むことに長けている彼だが、痒い所に手が届かない独特で中途な空気の読み方をする。それに慣れた亀吉はあっさりと諦めて引いた。なにせこの青年と少女は獣の王たる亀吉の主なのだから……。


 この一行の各々の役目は決まっていて、小次郎の仕事はフォレストウォークの魔法を行使して、自らに筋力強化魔法を定期的に継ぎ足しながら、進路を決めて行く事だ。

 ちなみに筋力強化魔法を使用する理由は、「可愛くない」と言う理由で自分で持ち歩きたくないムサシの武器である大きなウォーハンマーを背中に背負う為だ。


 亀吉の仕事は索敵とモンスターへの威嚇、獣の王たる亀吉の唸り声一つで大抵の雑魚モンスターは逃げ出してしまうので、モンスターポップ率の高い筈のこの森でもモンスターエンカウントは皆無だ。


 そしてムサシの仕事は大人しくしている事だ。


 筋力強化魔法とフォレストウォークの魔法のお陰でスイスイと進む一行を、亀吉の唸り声が引き止める。普段は威圧的な気配を濃くするだけで逃げて行ったモンスターだが、亀吉が唸り声を上げる事は稀なので小次郎も足を止めた。


「小僧、人種の気配だ。来るぞ」


 亀吉がハスキーな声で小次郎に警戒を促す。


 森のあちこちから不自然な音が響き、キリリと何かを引き絞る様な音が聞こえ出す。


「弓?」


 弓に対して嫌な思い出のある小次郎は、素早く身の周りをアブソリュートバリアの魔法で包み込む。


 キシュンキシュンと矢を放つ音があちこちから聞こえ出し、矢が雨の様に降り注ぐと小次郎に集まった矢はバリアに阻まれ地面に落ちる。亀吉を狙った矢は分厚い毛皮に阻まれてこれも地面に落ちて行く。ムサシを狙った矢は数本しかなかったが、ぐっすりと眠るムサシのお尻にポヨンと阻まれて地面に落ちて行く。


 一番防御が薄い筈のムサシは多少ダメージが入ったのか、ポリポリとお尻を掻いている。


「亀吉さん!」


 いつも気の抜けた雰囲気の小次郎が厳しい声で亀吉に声をかける。


「気を抜くなよ、小僧」


 それに応える様に亀吉も臨戦態勢を取った。


「喋れたんですか!?」


「驚くところはそこか!?」


 亀吉と小次郎が緊張した会話をしていると、姿を見せない襲撃者達が声をかけて来た。


「動くな! 動くと命は無いぞ!」


 小次郎は自らのパーティーの損耗率を確認する。


 小次郎、アブソリュートバリアの魔法は攻撃を出来ない代わりに、絶対無敵のバリアを身に纏う事で損耗率0%。


 亀吉、毛皮には涎以外のダメージは無いので、損耗率0%。


 ムサシ、お尻が痒くなったみたいなので、損耗率は未知数。


 今のところ心配なのは、ムサシが起き出すことにより亀吉さんの精神損耗の心配と、亀吉さんが喋れる事による小次郎のびっくり損耗だけなので、小次郎が出した答えは……。

「これと言って困った事はなさそうですね……」


 小次郎は何事も無かったように歩き出す、亀吉も呆れた様に頭を振りその後を歩く。


「待て、動くな! 命は無いぞ! 動かないでください、お願いします」


 襲撃者も段々命令からお願い口調にシフトして行く。


「待てええええええい! それ以上進む事は許さんぞ!」


 焦れた襲撃者がとうとう小次郎の目の前に躍り出た。ネイティブアメリカンの様な出で立ちで、顔や身体に特徴的な化粧を施した線の細い男が行く手を阻み睨みつけて来た。それを合図に小次郎達の周りを十数人の人影が取り囲んだ。


 色白の人間に混じりチラホラと褐色の人間も混ざっているが、一番特徴的なのは彼らの耳が全て尖っている事だった。


「エルフ?」


 小次郎が首を傾げながら尋ねると、代表者らしき男が視線で合図を送ったと同時にドスンと地響きが起こった。


「ぐお……」


 後ろを振り向いた小次郎が見たのは、亀吉に踏みつけられ地面にめり込んだ一人のエルフの姿だった。


「この童子を起さんでくれぬか? 喧しいのでな……」


 白目を剥いて血泡を吹き出すエルフの耳元に囁く亀吉。


「子供の命が惜しければ……あ……なんでもないです……」


 辺りを静寂を包み込む。


「あの、行っても良いですか?」


 気まずそうに俯いているエルフ達に向かって、小次郎も気まずそうに尋ねるとエルフ達が円陣を組んで相談を始めた。


「行ってもらっても構わないのですが、その……この先エルフの里がありまして……出来ればそのぉ……」


 言葉尻を濁すエルフに向かい、小次郎は全て解っているかの様に頷きこう答えた。


「あ、助かります。丁度今夜の野営場所を探していたんですよ! 渡りに船ってこの事ですね」


 ニッコリと微笑む小次郎にエルフ達はとびきりの苦い笑顔を返した。


「やはり主らは兄妹じゃな……」


 亀吉がボソリと呟きながら小さな溜息を吐いた。

「もう食べられないんだよ……」

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