獣の王
一章が終わったので記念にぱぱぱっと書いちゃったので、ストーリーにあまり関係無いかも……
我は獣の王
もう何年王の座に君臨したであろうか、いつの間にか人語を解し魔法までも行使する様になり、あれほど我を狙って来た人間達も、我を土地神として奉る様になった。
一介の虎にしか過ぎなかった我は、度重なる闘いの中で磨かれ、鍛えられ、神となった。
共に戦った獣達は次々と人間の餌食になり、我の傍らにはいつしか宿敵であった人間しか見当たらなくなり、その人間も我を恐れ神として祀る事により我は孤独を手に入れた。
我の孤独は永遠に蝕む毒のように体全体に周り、人知れずこのまま死んで行くのであろう。
あんなに憎かった人間達も、今や神と崇めて来る様になり親近感すら湧いてくるのが不思議だ。
神を畏怖する人間達も我を孤独へと……
「お兄ちゃん! 猫がいる!」
猫!
「にゃーん! にゃーん!」
久しぶりに聞く人間の童子の声が、我の孤独故の思考の輪廻を打ち破った。
「ムサシ……猫は失礼だよ、あれはホワイトタイガーだよ」
童子故に恐怖に疎いのであろう、獣の王たる我を矮小な猫呼ばわりするとは、呆れてしまって笑いすら込み上げる。
「もっふもふだよ! もっふもふ!」
久しぶりに聞く童子の声は静寂の中で生きて来た我には些か煩すぎる。どれ、立ち上がってはるか高みから覗き込んでやれば、小便を垂らしながら逃げて行くだろう。もう数年の間この場所から動かなかったが、まさか我の動く理由が童子を追い払う為とはな、ふふふふ。戯れに童子を泣かせてお伽話のネタにでもなるか……
「おわ! 立ち上がったよ! でっかい!」
「ムサシが五月蠅いからだよ、猫は昼寝の邪魔をされるのは嫌がるからね」
猫!
またもや猫と言ったか? この童子共、いやまあ、頭の足りぬ童子の言う事にいちいち腹を立てても王の威厳が損なわれると言う物だ。ここは偉大な我の懐の深さを頭の足りぬ童子共に見せてやるのも、獣の王の役目か、そしてその恐怖を偉大さを寝物語で語るが良い、獣の王と相まみえてどれ程の……ぬううううう!
ぱし!
近くで自生しているススキを引き抜き、目の前でススキの穂を揺らしていたメスの童子が、狩猟の本能に従い手を出してしまった我を笑っている。
「ほら! じゃれてる!」
じゃれてない! 違うのだこれは獣として当然の本能である。それをこの童子は猫扱いして笑っておるとは、獣の王としては全ての獣に面目が立たぬ、しょうがあるまいがこの童子共は数年ぶりになる我の贄となってもらおう。
「ムサシ、怒ってるみたいだから、もう相手するのはやめたらどうだ?」
もう遅いわ、怒ってはいない! 怒ってはいないが、なんかこう情緒が乱される嫌がらせを受けた気がする。
「ティムしよう! お兄ちゃん」
テ……ティムだとう? このメス童子が何を言うておるのだ! ティムとは獣相手に人間が行う従属契約ぞ! 素手で殴りかかり死ぬ寸前まで追い込んだ挙句、屈服した所で肉を食わせる事で従属させると言う、獣にとってはまさに屈辱の極み! 何と言う……何と言う……馬鹿者なのかこの童子は……
「ダメだよ、トイレとか躾けるのは大変なんだから」
トイレ!
メスの童子よりは常識があるかと思っていたオスの童子は、我の下の躾の心配をしておると? なんたる侮辱、なんたる屈辱。
「猫はトイレの躾は簡単だって言ってたもん!」
「ほら、ぐるぐる怒ってるから今回は諦めような?」
遅い! 遅いわ! この腐れ童子共!
「えええええ! きちんとお世話するからああ」
メス童子が怒りで毛を逆立てた我の前で、地面に寝転び駄々をこねている。
「アレルギーが出たらどうするんだ?」
「ムサシは虎のアレルギーは無いって、パッチテストで先生が言ってたもん!」
あれるぎいとは何の事かは解らぬが、酷く侮辱を受けた気がする。
「ぐおう!」
メス童子が我の一吠えで目を剥いて固まった。
「ほら! お兄ちゃん! 連れてってって言ってる!」
違う! そうじゃない!
「うううううん……どうもこの虎はムサシの事を嫌ってる気がするんだよなあ」
うむ、空気の読める童子だ。見直したぞ。
「そんな事無いよ! ムサシとこの子はもう既に一心同体だよ!」
ここまで空気の読めない者は、獣の中でも珍しい。
「じゃあ、少しだけ試してダメだったら諦めるんだぞ?」
何故そうなる!
「ありがとうお兄ちゃん!」
メス童子がこちらに無防備に近付き、我の毛並みに手を伸ばして来る。童子の泣き声は好きでは無いがこれも詮無き事、獣に近付いてはいけないと親が子供を躾けるのが、人間の習わしの筈である。親を恨めよ童子共。
メキメキ……
無防備に近付いてきた童子が我の前足を無造作に掴みあげ、捻り上げた後に我の身体をいとも簡単にひっくり返した。
「お兄ちゃん見て見て! 肉球!」
痛い! いだだだだ! 取れる! 肉球と呼ぶ我のそれが取れる!
「流石にデカイな」
自らの身体の数十倍はあろうかと言う獣を前にして、出てきた感想がそれ? もう我慢ならぬこの童子共は食い殺す! そして腹いせに麓の人里に降りて我の伝説が不動のものとする為に、語り部を一人残して全て食い殺してやる!
「お腹をさすると喜ぶんだっけ?」
メス童子が我の腹の皮を掴み上げると、我の肋骨から聞き慣れぬ音が響いた。この音は我が得物を捕食する際に聞いた音だ。
ボキボキン
我は捕食される側なのか?
「あ……」
「どうしたムサシ?」
「なんでもない、なんでもないけど後でこの子にヒールしてあげてねお兄ちゃん」
悲鳴も上げられぬ苦痛にもがいていると、今度は我の耳を掴み上げる感触がした。
「耳がもっふもふだよ!」
ぐううううう! 頭が地面にめり込んで行く……死ぬ……
「ムサシ、そろそろ死んじゃうよ?」
こ、このメス童子は危険なアレだ。何かとは言えぬが、我の野生の本能が危険だと警鐘を鳴らしておる! 何故もっと早く鳴らさなかった我の馬鹿!
「え? 死んじゃう? 死なないで!」
アホかあああ! 貴様が殺しにかかったんだろうが! しかしこの危険なメス童子の力が抜けた今が絶好の好機である! こののんびりした危機感の欠片もないオス童子の方を道連れに黄泉へと旅立ってやるわ!
「ディスインテグレード……」
我がオス童子に跳びかかった瞬間、天空より魔力の固まりの様な巨大な剣が舞い降りて来て目の前に突き刺さり、我の左の髭を全て剃り上げた。
「左だけじゃバランスが悪いかな?」
「お兄ちゃん、猫は髭を切るとタンスの裏に挟まっちゃうからダメなんだよ! まったくもう! 動物虐待だよ!」
ふむ、こう言う時は何と言うのだったかな、人語を解する我はこう言う時に発する言葉を知っている筈だ……ああ、そうだこう言うのだった。
「にゃおん……」
我は腹を見せゴロリと寝転び、精一杯の媚を売った。
「デレた! お肉をあげるんだよ! チャンスなんだよ!」
メス童子が背中に背負った鞄の中をゴソゴソと漁り始める。
「肉が、肉が無いんだよ! 取り敢えず今はこれで我慢してもらうんだよ! 後でキチンと用意しておくんだよ!」
メス童子が我の口に詰め込んだのは、草だった……。
我は獣の王、今一時の孤独を紛らわす相手を見つけた。
長い時の流れの中、戯れに童子の相手もたまには良かろう。
「名前は亀吉に決めたんだよ!」
「にゃ……にゃおん……」
新しい仲間が増えました。