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1-6 惨劇

 二人が駆け出して直ぐに、小次郎はムサシの身体能力の高さについて行けなくなる。


「待てムサシ、エンチャント魔法をかける、はぁはぁ、その方が早いから……」


 息も絶え絶えの小次郎の言葉に、盛大な土煙を上げてムサシが急停止する。


「お兄ちゃん、早く! ママが! カレンママが!」


 カレンが火事程度で、どうこうなる訳が無いとは理解しているが、ムサシの言いようの無い焦りが、嫌な予感を暗雲の様に呼び寄せる。


 小次郎は魔法の詠唱を破棄し、エンチャント魔法を放つとムサシの身体が輝き出した。

「フィジカルエンチャント、DEX、STR」


「お兄ちゃん! エンチャントが必要なのは、お兄ちゃんだよ!」


 苛立ち混じりに小次郎に食って掛かるムサシを他所に、小次郎は魔法を続ける。


「フライ」


「お兄ちゃん!」


 フライの魔法は風属性魔法上位に位置する魔法だが、小次郎はまだ使いこなせていない、魔力の調整とイメージがまだまだ甘い様で、フワフワと漂う風船の如き有様で、とても窮地に駆け付ける魔法では無い事をムサシも知っていた。


 声を荒げるムサシの襟首を小次郎は力一杯握り込み、小次郎は叫んだ。


「ムサシ! 突っ走れ!」


 小次郎のいつもと違う気合の入れ方に気圧されながらも、小次郎のやろうとしていた事を理解して、ムサシの瞳に炎が宿った。


 小次郎がやった事はフライの魔法で自重を無くし、唯でさえ身体能力の高いムサシにブーストをかけ、一直線にカレンの店に向かう事だった。


「マジカルダッシュ!」


 ムサシの気合の乗った掛け声と共に、身体能力に物を言わせて、目の前の障害物を蹴散らしながら突き進む、野蛮人の大行進が今始まった。


 ムサシが疾る一投足で、雑草のカーペットはめくり上がり、蹴り足一つで地面が抉れ落ち、邪魔な大岩や大木などはまるでウェハースの様に破壊された。


 後にムサシが突き進む為に刻まれた傷跡は、「古竜の爪痕」と名付けられ、マウレツェッペの城下町からほど近い、小高い丘の上からの眺めが観光名所として人気を博した。


「ム、ムサシ……そろそろ勢いを落とせ、町のみんなが巻き込まれる……」


 ムサシの背中で結び付けられた風船の様に、風に煽られていた小次郎がムサシの勢いを落とさせる。


 それでも常人離れした速度で、カレンの店の前に転がり込む様に到着した二人が見た光景は、火矢が撃ち込まれ燃え盛るカレンの店だった。


 呆然とする二人に近所の商店主が声をかけてくる。


「あぶねぇ、ムサシちゃん、これから延焼を防ぐ為に屋根を壊すから、ここにいちゃいけねぇよ、さあ、こっちに」


「ウ、ウォーターボール!」


 小次郎が我に帰り魔法名を唱えると、バスケットボール程の水の玉が五つ、小次郎の体の周りに浮かび上がり、次々に屋根の上へと飛んで行く。


「な、なんて大きいウォーターボールだ……」


「しかも連発してるぜ……」


 炎の勢いが弱り屋根材が見えて来ると、勢い良く燃えていたのは屋根の目止め材や、雨漏り防止の天然タールが派手な煙を上げていた事が判り、小次郎もホッとした。


 バケツを持って駆け付けていた近隣住民から、割れんばかりの喝采が上がる中、ムサシの悲痛な叫びが聞こえて来た。


「ママは? カレンママは?」


 ムサシが人混みの中で大声でカレンを呼び始める。


 小次郎もカレンを探し辺りを見回していると、近所で総菜屋を営むお婆さんが小次郎の手を引く。


「小次郎ちゃん、気をしっかりお持ち……」


 厳しい目で見据えられ、小次郎は生唾を飲み込む。


 毎朝朝のトレーニングと称して、カレンがムサシを撫で回していた裏庭に回り込むと、いつも通りの広くて逞しい背中が小次郎を出迎えた。


「カレンママ……」


 いつもと違うのは腹や背中に無数の槍が刺さり、大量の血を流しながらも、真っ直ぐ前を睨みつけ仁王立ちしている所だった。


「カレンちゃんは子供達を守るんだって、騎士団を何十人も殴り飛ばしてね、家に火をかけた隙に、何人もの騎士団が槍で突いた挙句、それでも倒れないカレンちゃんを見て、怖くなって逃げちまったのさ……」


 お婆さんは悔しさと悲しさで、我慢しきれなくなった涙をぽろぽろとこぼしながら、硬く握り締められたままのカレンの拳を、ハンカチで綺麗に清めて行く。


「ママ!」


 呆然とする小次郎の背後から、ヒステリックに響き渡るムサシの声が聞こえた。


「ム……サシ……」


 ムサシの声に反応したのか、カレンの真っ赤に充血した目がギョロリと兄妹を見据えた。


「生きてる! 生きてるならなんとでもなるぞ、ムサシ!」


「ママ! ママ! 死なないで死なないで!」


 初めて見る大量の血を見て、ムサシはパニックを起こした。


 小次郎は僅かな期間ながらも、闇医者として重宝されて来たので、多少の血は見慣れていた。


「落ち着けムサシ」


 ムサシの背後に回った小次郎が、拳でムサシのコメカミを挟み付けた。


 グリグリと圧迫する感覚を受けてムサシは、痛みとしての感覚では無く、条件反射として反応した。


「いだだだだ」


「ムサシカレンママを助ける為に、お前の力が必要だ。カレンママの言葉を覚えているか?」


 落ち着いた小次郎の言葉にムサシは、ハッと気付いた様に口を開いた。


「守りたい人を守れなかったと後悔して泣かない様に……」


「ムサシ、手伝え」


「うん!」


 ムサシは小次郎の指示する槍頭をもぎ取り、ゆっくりと槍を抜いていく。


 異物が刺さったまま大きな回復魔法を使うと、傷口に異物が癒着してしまうので、浄化魔法で傷口を清めながら、細かい回復魔法をピンポイントに大量にかけて行く。


 小次郎は槍が抜かれた傷口を即座に回復させて、出血を止めて行くと背中の大きな傷を塞いだところで、カレンの口から血が噴き出した。


「こ、呼吸が回復してきた証拠だ……後は大きな出血から止めて行くぞ……」


 内蔵付近から始め、徐々に身体の末端へと移行して行く。


 目に入る傷口を全て塞いだところで、ゲーム上では最上位である回復魔法「フルヒール」を唱えると、カレンの呼吸は穏やかになり、緊張しきっていて固まっていた手足もダラリと弛緩した。


「大丈夫、絶対に大丈夫……」


 小次郎が安堵の溜息を吐き、バタリとその場に大の字に倒れると、いつの間にか周りを囲んでいた大勢の野次馬達が大きな歓声を上げた。


「すげえ! すげえぞ! 不死身のカレンだ!」


「いや! 治療師の腕が凄いんだ! 神の手だ!」


「聖人だ!」


 商店街をひっくり返す様な喝采の中、女性六人がかりでカレンをベッドに運び、身体を清めて着替えをさせて、店の片付けまで手伝ってくれた。


 ベッドに寝ているカレンは、傷口は癒えているが血液が足りないのであろう、暫くは絶対安静だ。


 自然回復を増進させる魔法結界「ピュリファイゾーン」をカレンの寝室に施し、小次郎も寝室に戻る。


 大事な人を失いかけた事に今頃になって恐ろしくなり、ガタガタと身体が震えて涙が溢れ出す。


 あの日同じ世界からの召喚者が言った「この世界はゲームと違って甘くない」と言う言葉が身に染みて解った気がした。


「お兄ちゃん……」


 ノックの音と共にムサシの声がしたので、小次郎はぐしゃぐしゃに泣いていた顔をシーツで慌てて拭い、ムサシを部屋に招き入れた。


「お兄ちゃん……相談があるんだよ……」


 小次郎と同じく泣き腫らした様なムサシの顔を見て、ムサシも恐らくは小次郎と同じ覚悟を決めた事を、小次郎はそれとなく悟った。

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