1-5 武器屋
「で、これぁ一体どう言う事なんだカレン?」
武器屋のドウェルグは店を急遽閉店して、作業部屋に三人を座らせた。
「どうもこうも無いさ、見ての通りだよ、うちのムサシちゃんは世界一って事さ」
「カレンママ大好き!」
「ムサシちゃん!」
作業部屋でひっしと抱き合う二人を呆れ顔で見ていたドウェルグが、作業台を拳で殴った。
「冗談事じゃあねぇんだよ!」
ドウェルグが鋭い目付きで睨み付け、余りの迫力でカレンの腕の中のムサシが縮み上がる。
ジロリと睨み返したカレンが、右手の中指をドウェルグの顔に近づけて、デコピンの要領で右眼を弾いた。
「パチュン!」
「ぎゃあああああ! てめぇ! てめぇ! 何すんだあああ!」
ドウェルグは右眼から大量の血を流し、思いつく限りの呪いの言葉を吐き出した。
「子供相手に凄むんじゃ無いよ、ウチの子が怖がっちゃうだろ!」
カレンが小次郎の頭に優しく手を置き、治療魔法をかけてやれと合図する。
目を押さえながらうずくまるドウェルグに、小次郎が治療魔法を施すと、それまで大騒ぎしていたのが嘘のように静まり、ポカンと小次郎を見上げている。
「最近噂の闇医者ってえのは、このガキの事か? 聞いた話は眉唾モンだったが、本物じゃねえか……欠損した筈の目が前より良く見えやがる……奇跡だ」
ドウェルグは立ち上がると、身体のあちこちに感じる違和感の正体を探し始めた。
「身体の痛みがどこにも無ぇ……はは、全盛期の身体になっちまった! 今なら、今なら最高傑作が作れるぞ! 俺は何でも出来るぞ!」
ドウェルグの身体は長年武器を鍛える事により、身体中がボロボロになっていたが、小次郎の治療により全ての状態異常が解除され、全盛期の身体を手に入れていた。
「そりゃあ良かったな」
カレンが悪魔の様な笑顔を浮かべながら、ドウェルグの肩に手を置いた。
「全盛期の身体に熟達した知識と技、ウチの子達はドウェルグの最高傑作を無料でもらえる訳だ?」
ドウェルグは自分の口を慌てて押さえるが、全ては後の祭りであった。
「さあさあ! ムサシ! どんなのが良いんだい? 剣かい? 槍かい?」
「んー、ムサシは余り殴り武器に詳しく無いんだよ。お兄ちゃんに任せるよ」
いきなり話を振られた小次郎は暫し考え込む。
「あの……手入れは必要ってのは解ってるんですけど、長期間に渡り手入れを疎かにしても平気な武器はありますか?」
小次郎がビクビクとドウェルグに尋ねる。
「どんな武器でも手入れは必要だぞ? まあ強いて言えば、ウォーハンマーとかは刃が無い分楽っちゃ楽だが、その代わり木のシャフトが直ぐに痛んじまうんだ。シャフトさえ何とかなりゃあな……嬢ちゃんの手のサイズも考えると、結構な細さになる筈だ。強度はかなり上げなくちゃならねぇ」
「シャフトって握りの部分ですよね? 木じゃないとダメなんですか?」
ゲラゲラと笑いながらドウェルグが小次郎の背中を叩く。
「シャフトまで金物にしちまったら持ち運びは大変だし、使うのにも重たくてまいっちまうぜ?」
「え?」
「え?」
カレンが手の平を打ち鳴らし、ニヤニヤと笑った。
「決まりだ! ムサシのメインウエポンは総ダマスカス造りのヘビーハンマーだ! ドウェルグ、最高傑作を頼むぜ?」
「ぐ……」
カレンが指定した素材のダマスカス鉱とは、現在使われている素材の中では最強の素材である。折れず曲がらず歪まず錆びない物理武器素材の中では最強の素材であるが、魔力の融和生に問題があり、魔法武器や魔剣とは一線を画し、持つ者の膂力のみによって威力が左右される野蛮素材の王様である。
「それとムサシと小次郎の服も作っておくれ」
項垂れていたドウェルグが我に返り、必死に頭を振る。
「お、おい、服は専門外だ! 上等な服だったら革だろうが! 革細工の専門家に頼めよ、性格の悪いあいつがいただろ?」
カレンが朝から肩に掛けていた皮袋を、ドウェルグに向かって放り投げた。
「それを使っておくれ、あたしのお古だけど、後百年は使える筈さ、この子達の肌着を幾つかと靴も作れる筈さ、余ったら背負い鞄も頼むよ、それとあたしが預けてある素材を好きに使って最高傑作の旅装を頼むよ」
革袋を開けたドウェルグは軽く悲鳴をあげた。
「うげ……まさかこれは……」
カレンが顔を赤らめながらそっぽを向いた。
「あたしが現役時代に使ってたビキニアーマーだよ! 人のビキニアーマーを見て、うげって事あるかい、失礼だね!」
ドウェルグが慌ててビキニアーマーを、革袋に戻してカレンに向き直った。
「お前が俺に預けてある素材で、服に加工出来る素材って言ったら、ドラゴン素材しかねぇんだが……」
「最高傑作に相応しいだろ?」
ドラゴンの革素材は革職人の範疇には収まらない。
あらゆる物理攻撃を半減させてしまう性質上、鍛冶屋の範疇になってしまう。縫合では無く溶接、裁断ではなくて切断、これだけ乱暴な事をしてもドラゴン素材は靭やかさを失わず、ハンター達の憧れの素材だ。
「お前ぇ、本気でその子達にいかれちまってるな」
「ああ、そう言ってもらえて嬉しいよ」
ドウェルグは背中を向けて作業場の掃除を始める。
長い付き合いであるカレンは、ドウェルグが本気を出して仕事をする時の癖を知っているので、そっとムサシを抱いて作業場を後にした。