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1-5 ママ

ちょっと短め

「んにゅ……」


 キングサイズのベッドの上で、下着姿のムサシが身を捩り、朝日に照らされながらゆっくりと覚醒する。


 開け放たれた窓から差し込む柔らかい日差しと、小鳥の鳴き声に急かされる様に身を起こすと、ムサシの目の前には巨大な肉の塊が佇んでいた。


「に、仁王様?」


 寝ぼけたムサシが、近所にあったお寺の入り口に祀られている仁王像と見間違える程の巨人は、朝日を背に受けて逆光で顔は解らないが、ギラギラと輝く血走った目と、極限まで伸びきって今にも破れそうなワンピースの袖からは、丸太の様な腕が二本、フワリと風になびくフレアスカートの裾からは、ドラム缶の様な鍛え抜かれた脚が二本、間違いなく仁王像だった。


「起きたかい?」


 仁王像の目が細まり、ムサシの胴体を鷲掴み出来そうな手の平が、優しくムサシを掬い上げる様に持ち上げた。


「あたしゃ、カレンだ。暫くの間あんた達の面倒を見る事になった」


 カレンがぶっきら棒にムサシに告げると、ふいっと目を逸らした。


 カレンは無類の子供好きだが、自分が誰よりも子供に恐れらている事も理解していた。


 兄の小次郎は昨夜のうちにカレンとの面談を終え、カレンの人柄をある程度理解した上で、ムサシをカレンに預けて今は自発的に店の掃除をしている。


 ムサシを預けられたカレンは、自分のベッドに寝かしつけたは良いが、砂糖菓子の様に儚げで可愛らしいムサシの寝顔を見ているうちに、すっかり夜が明けて完全な徹夜の状態であった。


「お、お兄ちゃんは何処ですか?」


 カレンの手の上で少し怯えた様子のムサシが、おずおずと話しかけて来た。


「小次郎は朝から店の掃除をしてくれているよ、働き者の良い兄貴だね、妹をあたしに預けて朝から走り回ってるよ」


 カレンは怯えさせない様に、視線を外しながらムサシに話しかけている。


「カレンさん、初めましてムサシと言います。十歳です。ムサシも沢山お手伝いします。宜しくお願いします」


 カレンは自分の手の平で繰り広げられた、「可愛い劇場」に身体を硬直させて引きつっていた。


「あ、ああ、顔を洗っといで、服は昨日のうちに洗って乾かしておいた。さっさとしな」


 カレンは精一杯つっけんどんにムサシに接して、自我を保つのに必死になっているが、ムサシの可愛さに耳まで真っ赤に染め上げ、声も上ずっていた。


「はい!」


 床に降ろされたムサシはカレンの案内で洗面を済まし、カレンに手伝ってもらい洋服を着替えを済ましていた。


「じゃあムサシもお手伝いします!」


 トコトコと部屋を出て行くムサシをカレンが呼び止めた。


「待ちな!」


 鋭い目付きのカレンがドカリと椅子に座り、ムサシを睨み付ける。


「こっちへ来なムサシ」


 カレンが手招きをして呼び寄せて、ムサシを膝の上に乗せる。


「まったく! 左右の結び目の高さがバラバラじゃないかい! なってないね!」


 ムサシが結んだツインテールの結びを外し、髪をブラシで梳かし始める。


「なんだいこの結い紐は! 髪の毛が絡んで抜けて痛くなっちまうだろ! まったくもう!」


 ムサシの髪を結わえていた輪ゴムを外し、ワンピースのポケットからレースをあしらった革の髪結い紐を取り出すと、ゴツい指先で器用にムサシのツインテールを結い上げた。


「ムサシは髪を結んでもらった事は初めてなんだよ」


 膝の上でカレンに振り向きムサシは嬉しそうに笑った。


「か、母ちゃんとか結んでくれるだろ?」


「ムサシはあまりママの顔は覚えていないんだよ」


「な……」


「お兄ちゃん以外のお膝に乗るのも初めてかな?」


 カレンの広大とも言える大きな膝の上で、ムサシが楽しそうに足を揺らす。


「カレンさんはまるでママみたいだね」


「な、何言ってんだい! ど、ど、何処がママなんだい! 具体的にどの辺がママなんだい?!」


 血走った目と荒い鼻息でカレンがムサシに詰め寄る。


「ん〜、優しいし、朝起きてからずっとムサシを心配して付いて歩いてるし、ムサシにママが居たらこうなのかな? って」


 カレンは自分の膝の上に乗る天使の言葉に滂沱の涙を流した。


「ど、どうしたのかな? カレンさん? カレンさん?」


「い、いや、何でも無い、そ、そうだね、あんたらを世話している間はあたしは、その、なんだ、ま、ママと言えなくない事も無い様な気が、しないでもないかね」


 カレンが照れ隠しにあちこちをボリボリと掻き散らしながら、ボソボソと煮え切らない言葉を口の中で呟いていると、ムサシが膝の上で立ち上がり、カレンの良く鍛えられた太い首に手を回して抱き付いた。


「ありがとう! カレンママ!」


「か、カレ……マ……」


 ムサシはカレンの膝の上から身軽に飛び降りて、恥ずかしそうに笑い、パタパタと部屋を出て行った。


「お兄ちゃんを手伝って来るよ! カレンママ!」


 残されたカレンは、顔を真っ赤に染め上げてぐるりと白眼を剥き、鼻から大量の血を吹き出した後に、その場で地響きと共に床に倒れ伏した。


「ぐ……ほぁ……」

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