88 ルシエルの地下内政プラン
イエニスに着いた俺達は治癒士ギルドへと帰還した。
帰還する途中、ケフィン達をドルスターさんのところへと向かわせ、お互いの進捗状況の確認と情報共有することにした。
「戻りました。何か変わったことはありましたか?」
ジョルドさんは首を横に振りながら、進捗確認をしてから側にライオネルを残して他の者へは自由にするよう声を掛けた。
ヤルボ隊は地下四階に向かい、ドランとポーラ、リシアンは地下三階に向かう。
ケティとミルフィーネとクレシアは食堂に向かった。
俺とライオネル、ハニール殿達は地下一階に移動した。
「ここが地下です。ここと同じようにしていこうと考えています」
ハニールさんを含めた従者達はあまりのインパクトから口を開けたまま固まっていた。
「私も初めて見たときは驚きましたよ。まさか地下に空があるんですから」
「……信じられない。それに空気も綺麗だし、木々が増えたら森にいるのと遜色なくなる気がします」
従者の人たちも頷いてくれていた。
「この治癒士ギルドは帰りの道中でも説明させていただきましたが、私の住居となります。ですから何人たりとも邪魔をすることは出来なくなる予定です」
「本当に凄い。でも販売するときはどうするのですか?」
「それについては既に認可を受けています。向こうはどう思っているのか分かりませんがね…」
俺は笑いながら、まずはこの計画を徐々に進めることにした。
「それで植物に詳しい熊獣人の方々にもこの計画に入って頂こうかと思っているんですが、ハッチ族のことを良く知らないので問題が無ければと考えていました」
きっと誘えばハチミツ好きな熊獣人達はこの計画に乗るだろう。
だがハッチ族の方が今や計画に欠かせない必要な人材となってしまったので、そこの線引きが難しかったのだ。
「問題ありませんよ。ですが、この面積ではあまりにも狭いのでは?」
「ええ。現在既に工事を進めていますが、深さはここの地下三階層に合わせ、スラム街全域を擬似空間として花畑や果物がなる木を植える予定です」
俺の頭ではそれしか思いつかなかったのだ。
植物図鑑を調べたのだが、てん菜やサトウキビといった植物は存在していなかった。
イリマシア帝国やルーブルク王国の二国のみが砂糖を輸出しているが、その製法や何から作られている等の情報は完全にシャットアウトされていた。
現在イエニスでは香辛料や薬草などを育てている。
それがダメだとは言わないし、続けて欲しいとも思っている。
新しい事業を計画した時に思ったのは弱者救済だ。
無論この機会をタダで与えることはしなかった。
そう誓約を掛けた。
喋ろうとしたり、何かに書いたり、何らかの伝達手段で聞き出そうとしたり、不正を行った強制的に気絶する。
また話そうとしたものは物体Xが飲みたくなるように指定した。
脅された場合も同様に気絶するが、物体Xを飲みたくはならない。
「地下の果実園と花畑を作って私達がハチミツを作るのですね。なるほど利益の分散については後々考えるとして面白いことになりそうですね」
俺はハニール殿に大きな興味を持ってもらえたとそう確信した。
相槌を打ちながら決裁権は女王にあるだろうが、今回の担当者であるハニール殿にテストクロージングを打つことにした。
「それでハニール殿だったら、いつぐらいから動けますかね?」
「そうですね。最初はテスト段階ですし、ここで少し持ち込んだ花の種を播種させていただいてもよろしいですか?」
ハニール殿は思った以上の乗り気の様だ。
これがうまくいけば、細かい調整だけだな。
「ええ。植物と慣れ親しんでいるエルフや土に詳しいドワーフもいますから管理は任せてください」
実際に不安が無いわけじゃない。今回は精霊というイレギュラーな存在がいることや奴隷契約の解除をすることが出来ると学んだからだ。
ここで働いてもらう場合も少し強い誓約をしないといけないと感じていた。
エルフの彼女達はこの街に置いていく予定だ。
一度畑が始まれば彼女達も必要なくなるだろうし、俺が旅に出る頃には奴隷から解放して治癒士ギルドで雇っても良いと教皇様に言われている。
その判断は三人に任せるつもりだ。
「……そう言えば何故あの森の民…エルフ達は賢者様の奴隷に?」
「ある奴隷商が夜逃げして、死に掛けのところを治癒士ギルドが保護したのです。そしたら奴隷の身分のほうが良いと言われてそのまま奴隷にして保護しています。彼女達が奴隷を望むのはただ待遇が良いとか命の恩人だからとか、そういう事だと思いますが、いずれ解放を望めばそうするつもりでいます」
俺はライオネルを見るが彼はいつも微笑むだけだ。
「そうですか。ではエルフの奴隷を何故戦わせなかったのですか?」
ハニール殿は真顔で聞いてくるが、俺はその答えを明確に持っていない。
「……う~ん回答が難しいのですが、彼女は戦闘に邪魔だと判断しました。私は信頼していないものと一緒に戦うことはしたくないのです。そこのライオネルは既に奴隷契約の解除をこちらからは申し出ているぐらい信頼をしていますよ。まぁいつも断わられますがね」
「人族とは奴隷に厳しいと思っていましたが?」
彼の言い方には人族が奴隷に対してどう扱うかの基準が存在しているように思えた。
俺は笑いながら本心を答える。
「基本的に奴隷の扱い方が分からないのですよ。奴隷の手引きなんてありませんし、奴隷に床で食事を食べさせてそれを見て悦に入ることも理解出来ませんからね」
「……なるほど」
「犯罪奴隷は救う気になれませんが、他の奴隷はなりたくてなる者はいないと思っています。縁が会って奴隷にしたなら、絶望した顔よりも頑張る顔にしたいじゃないですか。まぁライオネルにはいつも甘いと言われていますがね」
今からすぐ旅に出るのならライオネルとケティしか連れて行くことはないだろう。
ここに残ってもジョルドさんがいれば何とかなるだろうし、断るなら奴隷契約の解除を強制的に行えば良いと判断している。
もちろん給金も払うがそれ以降は本人達次第なのだ。
「本当に物語の賢者様みたいなことをおっしゃるんですね」
そう言いながらハニール殿は笑った。
一通り地下の説明を終えた俺は彼らをギルドマスターの部屋に招き、計画の日程や播種する花や果物の種、森から持ってくる果樹の選定作業を話し合うのだった。
「ミルフィーネ、あなたはルシエル様とライオネル様を殺そうとしたその自覚はあるの?」
ケティはミルフィーネとクレシアの聴取を始めていた。
「殺すなんてそんな……精霊様がルシエル様の為になるとご啓示くださったのです」
そう言うミルフィーネを冷たい目で見ながら、クレシアに視線を移動させる。
「ヒィ、な、なんでしょう」
「何で嘘だと言わなかったの? それについてはここにいないリシアンも同罪だけど」
クレシアは恐怖のあまりに直ぐに喋り出した。
「ルシエル様の為になると言われたからです」
「精霊に?」
「はい。それにルシエル様なら簡単にこなせるとおっしゃられていました」
「ライオネル様があれだけ傷ついていたのだ。簡単なものか!」
ケティはずっと自分自身に怒っていた。
そしてあの時に自分もハッチ族の集落に向かえば良かったと悔やんでいた。
精霊についての信仰心は猫獣人のケティには薄かったのだ。
ケティはクレシアを注意深く観察しているが、嘘を吐いているようには見えなかった。
そしてミルフィーネがまだ何かを隠していることが、直感的に分かっていた。
「ミルフィーネ、今のお前は奴隷ではないだろ? 何故ルシエル様の奴隷になろうとする? 貴女の実力なら冒険者としても十分食べていけるはず」
ケティの問いにミルフィーネは顔を伏せたまま一言発した。
「……申し上げられません」
ケティは鋭い眼光をミルフィーネに向けたまま、さらに問いかけた。
「それもまた精霊が絡んでいるの?」
「…………申し上げられません」
ケティはミルフィーネが顔を上げた時に覚悟が見えた気がした。
だからケティは釘を刺した。
「家族か? それとも精霊の啓示か? 精霊の啓示の方……か。良かったな。家族が人質に取られているぐらいで、今回のような行動に起していたなら殺すところだった。けど次はない」
ケティはそう告げると食堂から出て行った。
「ケティさんって、あんなに怖い人だったのですか?」
普段は何処か抜けていそうで、親しみやすかったケティとは違った眼光を受けてクレシアは震えていたが、ミルフィーネはそれ以上に震えていた。
ミルフィーネが水の精霊より啓示された内容は、龍神の巫女よりも精霊王の加護を持つ女性とルシエルを巡り会わせる事だった。
他言無用と精霊に言いつけられたミルフィーネは泣きそうになりながらも、精霊王の加護を持つ女性を探すことになるのだった。
お読みいただきありがとうございます。