405 世界首脳会合
世界首脳会合は聖シュルール教会の会議室で行われることになった。
当然のように各国から他国へ赴くのは時期が悪く、何よりも危険だと反対意見が上がった。
しかしそうなることを見越していた教皇様が俺に了承を得てから、俺が伝説の転移魔法の使い手だと公にし、参加者の安全を保障することを約束することで反対意見を封殺してみせた。
ただそこから日程が中々決まらなかったのは、各国で様々な思惑が蠢いた結果だろう。
それでもこうして世界首脳会合を開催することが出来て本当に良かったと思う。
出席者の顔ぶれはが俺の見知った者達ばかりというのには作為を感じるけど……。
さて、この世界首脳会合の目的は大きく分けて二つあった。
一つ目が次代の世界を担う者達の顔合わせ、二つ目がブランジュ公国の今後と賠償面についてだ。
そういう意味では俺の見知った顔ぶれが揃ってくれて良かったと思う。
イルマシア帝国からはアルベルト殿下……ではなく、皇帝とメルフィナ皇后、グラディス将軍が参加。
ルーブルク王国からは王の名代としてルノア第三王女と、そのルノア第三王女を降嫁することを許されることになったウィズダム伯爵。
迷宮都市国家グランドルからは冒険者グランドマスターと例の予言者である転生者。
ドワーフ王国からは次代の王アレスレイ。
イエニスからは何故か白狼の血脈のバザンさん達と、ドルスターさん、そして俺が要望してジョルドさんが出席。
聖シュルール共和国の代表として教皇様、俺、そしてグランハルトさんが出席し、空中国家都市ネルダールからは俺に全て一任するというオルフォードさんの書状から受け取っている。
最後にブランジュ公国の代表として参加したのはルミナリア・アークス・フランシスクとしての立場を選択したルミナさんだった。
他にもブランジュ公国からは精霊石を研究していたエリナス・メインリッヒ元伯爵令嬢、バクレイ元子爵家からナディアとリディアが参加している。
実は三ヵ月という各国が調整するために要した期間を最大限利用し、ルミナさん達はブランジュ公国で政変を起こしたのだ。
ちなみに政変を起こしたと言っても内戦などはなく、実に平和的な話し合いで政変となったのだ。
その理由はごっそりと消えたブランジュ公国の権力者達に富が集中していたこと。
魔族と魔物の襲撃により、どの貴族も余裕がなかったことが上げられるだろう。
他にもブランジュ公都に廃墟同然で、人が一人もいない場所を統治したと思う貴族がいなかったことも大きい。
ルミナさんは俺にルシエル商会の支援を頼むと、ブランジュ公国の貴族を一同に集め、今回の顛末を全て伝えて責任を追及した。
そこで貴族達はカミヤ卿に近かったハインリッヒ伯爵家やバクレイ子爵家を槍玉に上げ、非難を集中させようとしたのだが、ルミナさんはそれを由しとはしなかった。
どの貴族も大公達権力者に従うしかない状態であったこと、バクレイ子爵家とハインリッヒ伯爵家の令嬢が優秀で目をつけられ、やむを得なかったのだと告げた。
無論バクレイ子爵家、ハインリッヒ伯爵家にお咎めがなかったのかといえば当然あった。それもお取り潰しという貴族にとって最大の罰が下された。
まずハインリッヒ伯爵家からの反発はなかった。その理由はハインリッヒ伯爵及び次期当主は既にこの世にはおらず、エリナスがその罰を受け入れたからだ。
バクレイ子爵家に関しては同じく当主がこの世から去り、次期当主の任命を許可する者達がいなくなってしまったため、当主が決まっていなかった。
そのため家出をしていたナディアが当主になると長男と次男の前で宣言し、それを長男と次男は快く? 受けいれたことで、こちらもお取り潰しが決まった。
次にブランジュ公国の統治者のいなくなった広大な土地を、誰が統治するのかという話に移った。
公国民は支援を続けるルミナさんと何故か俺に統治を望み、元々フランシスク伯爵家の令嬢だったルミナさんならその資格があったのだが、それをフランシスク家が望まなかった。
だからルミナさん個人として新たな家を興し、そこに何故か俺も監査役として名を刻まれそうになった。
しかし貴族達も支援を受けている手前そこまで強く反発はしないものの、みすみす利益を逃したくないという感情がありありと出ていた。
その貴族達へ対し、ルミナさんはブランジュ公国の全領土を分割し、公国民に統治者を選択させる案を告げた。
貴族として善政を敷いているのなら再任されるのだから、領土が広がり誰も文句は言わないはずだと告げたのだ。
こうなってくると貴族達は自分の領土を失う恐れを抱き、ルミナさんの案を却下するが、そもそも代案もなく他国への賠償を誰が代表するのかも中々決まらない。
そこでルミナさんは貴族の領地を安堵し、区画を分けるための大幅に譲歩する形で転封を提案、そして新たに国を興して全ての賠償を請け負うと宣言したのだ。
これに中々いい案が出なかった貴族達は内心飛びつきたかったのだろうが、さらなる好条件を引き出そうと粘り、ルシエル商会からの支援の継続と領土侵攻しないという条件で了承すると告げた。
最終的にルシエル商会からの支援は食料だけに限り半年間無償で継続し、領土侵攻をしないことを条件に建国する運びとなったのだ。
ルミナさんは得ることになった領土を分割し、各領土へ信頼できる執政官を配置し、集団自治区として統治していくことを決め、たった三ヵ月でヴァリキリー連邦共和国を設立してしまったのだ。
そのヴァルキリー連邦共和国の代表者としてルミナさんの謝罪から世界首脳会合は始まった。
「まずブランジュ公国に生まれた貴族だった者として、各地を混乱に陥れたこと深くお詫び申し上げる」
頭を下げるルミナさんへ誰も口を開かないのは、ルミナさんを責める意味がないことを知っているからだ。
「今回の件は決して許されるべきことではない。そのため賠償責任があるのは分かっております。ただブランジュ公国は大半の権力者が消えてしまったために賠償能力は皆無。そのため私が代表となり、ヴァルキリー連邦共和国を設立いたしました」
「ちょっと待ってくださいませ。建国されたのですか? それは聖シュルール共和国の属国ということなのでしょうか?」
既に建国されていたことにルノア王女は驚きの声を上げたが、ウィズダム卿は冷静にルミナさんの言葉の意味を探っている。
帝国は……メルフィナと皇后とグラディス将軍に任せよう。眠そうにしているドワーフ王国のアレスレイは廃嫡されないように頑張れ。
ルノア王女の質問に答えたのは教皇様だった。
「ルノア王女。聖シュルール共和国は支配することも支配されることも望まないのじゃ。だから国境はあるが出入り自由の国なのじゃ」
「しかしルミナリア様は戦乙女聖騎士隊を率いているのでしょう?」
それでも納得がいかないのか、ルミナさんのことを見て告げた。
「ルミナは邪神を倒すために尽力し功績を上げた。その功績を称え、望みを叶えることにした。それが聖騎士の役目からの解放と戦乙女聖騎士隊だったのじゃ」
「なっ、それでは戦乙女聖騎士隊はどうなったのですか?」
「戦乙女聖騎士隊としては消滅したのじゃ」
「そんな~」
ルノア王女は悲しみのあまりウィズダム卿の胸へ頭を埋めてしまった。
そして賠償問題は再開し、隣接するグランドルとイエニスの要求は……。
「賠償もなにもグランドルは冒険者が集まっているだけだからね~。どうしても賠償したいのなら冒険者が通行料を減らしてくれたらいいさ」
「イエニスはいつブランジュ公国から侵攻されてもいいように纏まった国だ。だから侵攻してこないというならそれでいい。イエニスは被害がなかったからな。あ、直ぐには無理だろうが、人族至上主義をどうにかしてくれ」
グランドマスターもバザンさんも賠償要求としてはかなり小さな要求だった。
「感謝いたします。人族至上主義に関しても目を光らせることをお約束いたします」
ルミナさんはそう告げ、頭を下げた。
「賠償……それって帝国はどれ程もらえるのだ」
そこへ空気を読まないアルベルト殿下の声が耳に届く。
その直後、アルベルト殿下の頭をメルフィナ皇后が叩き、帝国の見解を述べる。
「帝国も此度のことで各国に謝罪しなければならない立場です。既にルシエル商会を通し支援を頂いておりますので、帝国に賠償は必要ありません」
そう告げた。アルベルト殿下にグラディス将軍が小声で必死に説明しているところを見ると帝国の行く末は二人に掛かっていると言っても過言ではないだろう。
「ドワーフ王国からの要求は一つ。ブランジュ公国にいるドワーフ族の奴隷を解放し、ドワーフ王国へ送ることだ」
以外というのは失礼かもしれないが、アレスレイの要求はドワーフ王国の要求として最善なことに思えるものだった。
「出来る限り尽力することを誓います」
奴隷は資産という考えはあるものの、奴隷を解放するためにルミナさんが尽力するのなら俺も手伝おう。
そして各国の要求を聞きながら思案していたウィズダム卿は、賠償の要求の前に俺へ視線を向けた。
どうやら俺に確認したことがあるらしい。
「ルシエル様はヴァルキリー連邦にどこまで関わっているのでしょうか?」
「どこまでとは?」
「ルシエル様は聖シュルール共和国の賢者であり、イエニスにもルシエル商会の会頭として強い影響力を持っておられます。それではヴァルキリー連邦には?」
何か関わりがあるとまずいのだろうか? そう思いつつも別にやましいことがあるわけでもないので答えることにした。
「現在行っているのは出没する魔族の対応と食料支援ぐらいです。だから特別他国以上に何かしていることはありませんよ」
「なるほど。それならばルーブルク王国はヴァルキリー連邦が安定した暁には、ルミナリア様の代表者解任を要求いたします」
「なっ!? なぜそんなことを?」
ルミナさんだけでなく、この場にいる全員が驚く要求だった。
「ルシエル様とルミナリア様が近しい関係だからです。ルミナリア様からの要求があれば、ルシエル様は力を貸すことを厭わないのでは」
「ええ」
「そうなると各国のバランスが大きく崩れてしまうのです。それだけの影響力がルシエル様にあり、ルシエル様を求める声が多いのです」
大した人間ではないと言いたかったけど、様々な称号がそれを邪魔する。
そしてウィズダム卿の要求が決して自国のためだけではないことを俺もルミナさんも理解した。
「ヴァルキリー連邦が早く安定するように力を尽くすことを約束します」
「ええ。一時的な賠償金などよりも、それが我がルーブルク王国にとって有益だと信じています。それとヴァルキリー連邦には関係ありませんが、ルシエル様には今後も我が国への援助をお願いいたします」
ウィズダム卿の狙いは俺の援助を求めるためだったのかもしれないな。俺はその願いを了承し、魔族や魔物の対策についての話し合いへと進んでいった。
こうして和やかな雰囲気のまま世界首脳会合は終了した。
その翌日、俺は教皇様を連れ、空中国家都市ネルダールを訪れた。
お読みいただきありがとうございました。