403 ブランジュ公国の行く末
合流したルミナさんは俺の新たな魔法? に驚いていたみたいだけど、追及するようなことはなかった。
「ルシエル君のおかげで希望を持てそうだよ。急げば救える命があるかもしれない」
「救える命……そうですね。まだ公都以外には魔族と魔物の脅威が残っていますし、怪我で苦しむ人達を救うために急ぎましょう」
たぶん町の一部を破壊してしまった俺の罪悪感を拭おうとしてくれたんだろう。その優しさが人々を救うという意識を強めてくれた。
「ブランジュ公国に存在する町や村の場所へ転移することは可能?」
確か地図に載っていたブランジュ公国の領土面積はイエニスの半分ぐらいだったはず。
本来であれば各国と同様に結界の魔道具を配っておきたかったし、直ぐに転移できるように現地へ赴いておきたかった。
そのため直接転移することは難しいと思っていたけど、ここでもレインスター卿のおかげで索敵範囲内であれば転移することが出来るようになっていた。
ただ転移先に障害物があると怖いので、空中への転移した方がいいだろう。
俺はこのことをルミナさんへ説明した。
「またルシエル君に無茶をさせてしまうな……」
「ルミナさんに頼られるのは嬉しいですけどね」
「もう揶揄わないでくれ。だけど少しは元気が戻ってきたみたいで良かった」
申し訳なさそうな顔よりも、笑ったり喜んだりしている顔でいたほしいと思った。
「ルミナさんのおかげですよ」
「本当に……。ところでいつまで空は白く光ったままなのだ?」
「本当にいつまで何でしょうね? 赤黒い空が正常に戻るまでかな」
俺はルミナさんの問いに答えを持ち合わせていなかった。
「正常に戻るといいな。赤黒い空よりもマシではあるもの、雲が多い白い空と違い、どうも落ち着かない」
レインスター卿に導かれた白の世界を経験しているからか、俺はそこまで気にしていなかったけど、普通は凄い違和感があるのかもしれないな。
「きっとブランジュを全て回り終わる頃には収まっていると思います」
「そうだといいな……。ルシエル君、行こう」
「はい」
そして俺達は索敵範囲で一番近い人が集まっている場所へと転移した。
上空から見下ろしたそこは簡易的な防壁しかない小さな町みたいだった。
しかしそれでも正に戦地であり、崩壊し瓦礫の山と化した建物の数々、傷ついた人々の姿があった。
エリアエクストラヒールを発動し、瀕死状態の怪我人でもこれで何とか持ちこたえてくれるだろう。
次に安全を確保するために町全体を聖域結界で覆ったところで、猛烈な違和感を覚えた。
「おかしい。魔族や魔物の姿が見当たらない」
ルミナさんのその言葉にハッとした俺は、魔族や魔物を索敵してみると少なからず魔族や魔物は存在していた。
ただ町を襲撃していた魔族や魔物は人がいない場所へ退避しているみたいだ。
「魔族や魔物はいますが、町からは離れていっていますね」
「それもあの空が関係しているのかな?」
「どうでしょう……。ただ人命を優先させるのだとしたら、幸運なことだと思います」
「確かに今は魔族や魔物よりも怪我人の回復と、結界で人々の安全と心の安寧を与えることを優先しよう」
「はい」
そんな話をしていたら、下から俺達を見上げて歓声が上がった。
俺はルミナさんと顔を見合わせ、軽く手を振ってから、新たな人々が集まる場所へ転移した。
それからも同じようにブランジュ公国各地を巡り、エリアエクストラヒールと聖域結界を発動していく。
中にはまだ戦っている魔族や魔物もいたのだけど、浄化波を発動すると青白い炎となって魔石も残さずに消えていった。
その中でも特に印象的だったのはルミナさんの生家であるフランシスク伯爵家、お姉さんが嫁いだというメインリッヒ伯爵家の領地だった。
それはルミナさんと関係しているとかではなく、他の地域よりも酷く荒れている気がしたからだ。
たぶん邪神の意志ではなく、両家と政争していたカミヤ卿が得た力を振ったからだろう。
領地は荒れ果て、領民も数多く傷つき、死者も出てしまったようだ。それでも自らの屋敷を解放して退避させ、一丸となって戦ったからこそ被害を最小限に止めることが出来たのだろう。
ルミナさんに両親やお姉さんと挨拶しましょうと伝えると、まだ早いと怒られてしまった。
確かに挨拶よりも、まずは各地の安全確保を優先するべきだと納得し、それからも人々が集まっている場所へ転移していく。
そしておおよそ全域を巡ったところで急に空が暗くなった。
どうやら聖龍は役目を終えたらしい。
それにしても、もう夜なのか? という感覚だった。ただよくよく考えてみれば一日中戦い続けていたので、随分と長い一日を過ごしたのだとも思えた。
「一気に暗闇が訪れたから少し怖かったが、これだけきれいな星空なら怖がる必要はないだろう」
「はい。人々が不安がらずに済む綺麗な夜で良かったです」
「ルシエル君らしいな」
それから少しの間、俺とルミナさんは星空を眺めていると、徐にルミナさんが口を開いた。
「ルシエル君が転生者というのは本当なのか?」
ルミナさんの問いに俺は隠さずに答えることにした。
「はい。あまり転生者だと知られず、平穏に生きていくつもりでした」
「それはルシエル君の言動を見ていれば分かる。それにしてもそれが無知だった真相とは……」
「すみません。あの日に転生したもので、普通に不審者でしたね」
俺は昔のことを思い出して苦笑いを浮かべた。
「それで年齢はいくつだったのだ?」
「三十前後に転生し、八年この世界で暮らしているので精神年齢はアラフォーのはず……。ただ肉体年齢に引っ張られているので、もう少し若いかもしれませんね」
「そうか……うん、そうかそうか」
ルミナさんが喜んでいるのは笑顔だから分かるが、そこまで喜ばれる理由が分からなかった。
ただルミナさんの質問はそれだけで終わってしまった。
「これからブランジュ公国は自国の復興だけでなく、他国に対して賠償が必要になるだろう」
「復興は分かりますが、賠償ですか?」
「ああ。世界を危険に晒した責任は免れないだろう」
確かにルミナさんの言いたいことは分かるが、別に戦争を宣言したわけではない。
一部の権力者が暴走し、魔族化させられた兵が各国へ放たれたことは間違いなく大問題だ。
しかしそれでも皆が頑張ってくれたおかげで各国に目立った被害なく、結局のところ超常の存在であった邪神が引き起こした天災ということで落ち着くだろう。
「各国の要人から詰問されることはあるでしょうが、公国の賠償は軽微なものでしょう。俺としてはそれよりも国のトップがごっそり消えたことにより内戦が心配です」
「内戦か……。本来であれば他国から干渉など受け入れることはないだろうが……」
俺の顔を見てルミナさんは考え込んでしまった。
とりあえず公国の逼迫した状況を脱することは出来た。あとは教皇様に報告後、皆と合流して各地の状況を確認して、再度皆と一緒に今後のことを話し合った方がいいだろうな。
俺がするべきことは魔族を暗黒大陸へ転移させるか浄化すること、あとは要人達の話し合いの場を設けることぐらいだな。
全てが終わったら、美味しいもの食べに各地を巡るのも面白そうだ。 この世界のこと調べるための冒険にも出発したいしな。
「ルミナさん、聖都へ戻り教皇様へ報告しましょう」
「ああ」
真剣な表情を崩さず、ルミナさんはずっと考えごとをしていた。
その様子をみて邪魔しないように俺はルミナさんと連れて聖シュルール教会へと転移した。
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