402 制御できない力
レインスター卿の展開していた結界を瘴気の渦となって破壊し、暗黒大陸を脱出した魔族や魔物がどうなってしまうのか少しだけ気になっていた。
瘴気のまま世界を漂い続けて魔族や魔物を強化するのか、それとも新たな魔族や魔物として再構築され人類の敵として出現してくるのか、俺に考えられたのはその二択だけだった。
それ以外の思考は全て目の前にいた邪神を倒すために割いていたから、それ以上のことを考える余裕はなかった。
瘴気となった魔族と魔物ことをようやく考えられるようになったのは、暗黒大陸からこちらの大陸へと転移する間際だった。
だから暗黒大陸のように視界が瘴気で染まり、強化された魔物が各地で集団暴走する最悪の事態を想像し覚悟を決めてから聖都へ転移したのだ。
だけど幸いなことに聖都は拍子抜けしてしまいそうなぐらい、何の変化も感じることがなかった。
各地へ転移してみると、魔物と一緒に魔族の姿を視界に捉えるようになった。しかし魔族だけでなく、魔物の数と強さが思った程ではないと感じ始めた。
もしかするとレインスター卿の結界を破壊することで力を使い果たしたのではないか? そんな考えまで浮かんだ程だ。
その考えを覆したのがイエニスの迷宮近くに出現していた魔族達と魔物の群れ、そして未開の森から溢れ出た瘴気によって強化された魔物の集団暴走と、その魔物に紛れ込んでいた数多くの魔族達の姿だった。
紛れもない危機に直面した俺の頭を過ったのは、どこまで瘴気の渦が維持されていたかということと、瘴気の渦が目指した場所はどこかということだった。
「それで結局、瘴気の渦は邪神の影響で居心地の良さそうなブランジュ公国を目的地にしたみたいですね」
「ああ。瘴気をまき散らす魔族や魔物がこれだけいるのだから間違いないだろう……」
ブランジュ公国の城前に転移してきた俺達を待っていたのは町中を埋め尽くすほどの魔物の群れと、赤黒い空から町並みを破壊する攻撃を放って楽しんでいる魔族や魔物達だった。
パッと見ただけでもサイクロプスや竜、ケルベロスにグリフォンみたいなメジャーな魔物が瘴気によって強化されたり、変異したりしている。
他にも天災として認識されているワールド・デッド・デストロイヤーみたいな魔物まで雑魚のように何体もいるし、ヴァンパイアやソロモンの悪魔を連想させる高位魔族らしき姿も散見される。
それにしてもこの異常な数は暗黒大陸の魔族や魔物だけではなく、元々ブランジュ公国周辺にいた魔物達を含めても多い気がする。
もしかすると迷宮から魔物が溢れたり、この瘴気が新たな魔物を生み出したりしているのかもしれない。
そんな魔族や魔物の巣窟となってしまった故郷を見たルミナさんが、力なく返答したのは仕方ないことだろう。
俺はその思いをはかり知ることは出来ないから、せめて少しでも早くブランジュ公国の再興が叶うように願いを込め浄化波を発動した。
これまで通り浄化波に呑まれた魔族や魔物達が至る所で青白い炎と姿を変えていくが、どうやら邪神の影響が残っているらしく、浄化されることのなく青白い炎を振り払った魔族や魔物達が思っている以上に多かった。
浄化波を受けたことで魔族や魔物達が俺達の存在に気がつき、襲い掛かろうと次々と動き出す――が、一番先に動いたのはルミナさんだった。
町を破壊して楽しんでいた飛行型の魔族や魔物へ向かって飛翔していくと、飛ぶ斬撃で先制攻撃を放った。
その攻撃を対処しようとした一体の魔族との距離を魔法で作り出す空気の壁を蹴ることで一気に縮め、踏み台として蹴り飛ばすことで方向転換し、新たな魔族や魔物を標的にして飛ぶ斬撃を放つ。
そして同じように標的を踏み台にして方向転換し襲い掛かることを繰り返していく。
ルミナさんの凄いところは状況に応じて瞬時に最適な行動判断ができるところだ。
常にどの方向へ動けば敵の攻撃の的にならず、自身の攻撃を継続することが出来るのか考えている。
もし踏み台とする魔族や魔物が予想していない動きをみせた場合でも、空気の壁を蹴ることで対処し止まることがない。
普通なら集団相手にあの立ち回り方は有効な部分もあるだろうけど、一瞬の迷いが致命傷になりかねない危険な戦い方であり、デメリットの方が大きい。
だけどそのデメリットをルミナさんの判断力と技術力で消してしまっているのだから、本当に凄いと思う……力押しとなってしまう俺と違って……。
ルミナさんが飛翔していった後ろ姿を眺めていたら、俺にも魔族や魔物達が襲い掛かってきた。
やはり集団というのはそれだけで脅威に感じてしまう圧力があった。
俺は幻想剣を魔法袋から取り出して魔力を込め、牽制するために剣を振り下ろし飛ぶ斬撃を放った。
すると魔力の影響か、それとも称号やジョブの影響なのかは定かではないが、放った直後はいつもより小さめな二メートルにも満たない飛ぶ斬撃だった。
それなのに射線上にいた魔族や魔物を切り裂いたと思えば徐々に巨大化していき、最終的には全長二十メートル以上はあるワールド・デッド・デストロイヤーを真っ二つしてしまう程の巨大な刃となったところで消えでくれた。
浄化波で青白い炎となる魔族、魔物は建物や木々に引火することはない。しかし今回の飛ぶ斬撃は俺にとっても優しいものではなく、消えるまでに石畳を削り、建物を幾つも破壊してしまったのだ。
その威力に驚き混乱したのは俺だけでなく、攻撃しようとしていた魔族や魔物が動きを止め、判断の早い魔族には逃げだそうとするものまでいた。
ちなみに怖くてルミナさんの方を見る勇気はなかった。
さすがにこれ以上は飛ぶ斬撃を町中では放つことは出来ないので、次はもう少し安全な攻撃を選択しようと思い、再び幻想剣へ魔力を込める。
「【聖龍よ、瘴気により歪められ穢れてしまった世界を、その清浄なる光で呑み込み、悪しき呪縛から解き放て 聖龍乱撃】」
聖龍剣の四連撃である聖龍乱撃で小さな聖龍が四方へ放たれた。
俺を攻撃するために近くまできていた魔物や魔族へ喰らいつく……ことなく、素通りしたように見えたが、突如として青白い炎が上がった。
そして浄化波では倒せなかった魔族や魔物が苦しみの咆哮を上げる。そして四体の小さな聖龍は徐々に大きくなり攻撃範囲を拡大していくが、俺にそれを止める術はない。
そしてそれはワールド・デッド・デストロイヤーに絡みつき、消滅させるまで続いた。そしてそれが役目だったかのように四体の小さな聖龍もまた消えていった。
今回は幸い町並みを破壊することはなかったけど、小さな聖龍を放ってからは制御することが出来ないことを思い出し、それならば制御できる攻撃にすればいいという結論に至った。
俺は幻想剣を幻想杖に換装して光の精霊と聖龍の力を借りることにした。
「【聖なる治癒の御手よ、親愛なる光の精霊よ 清浄なる浄化を司る聖龍よ 常闇へと堕ちた穢れた魂を救済し、邪気を祓……う希望の光となって世界を照らせ 聖浄日輪】」
んなっ!? 俺は光の精霊の力で強化した聖龍の力を解放しようとした。そのはずだったのに詠唱している途中で頭に文言が浮かびそのまま唱えてしまった。
想像が固まっていないままの状態で、新たな魔法を口にしてしまったので不発になってしまう。
そう思っていたのに幻想杖が俺から莫大な魔力が引き出すと、幻想杖の先端が輝き、聖龍が出現し天へと昇っていく。
どうなるのか見守ることしか出来ない。
その聖龍は回転しながら輪になっていくと、直視することが出来ない太陽みたいな強烈な光を放った。
その光はただの光ではなく、魔族や魔物の身体から瘴気を排出させ、その瘴気を吸い込むように聖龍は徐々に大きくなりながら光量を増していく。
すると戦おうと攻撃してくる魔族や魔物だけではなく、逃げる魔族や魔物達の動きが鈍化する。
それでいて別段苦しむ様子もない不思議な魔法だった。
空を見上げれば魔族や魔物が距離を取り始めているのが見え、ルミナさんは一度攻撃を止め俺に視線を向けてきた。
だけど残念ながら俺も自分の放ったはずの魔法が分からなかった。
そしてまるで審判を下すように聖龍から数多の光が全ての魔族と魔物へ降り注ぎ、大地を青白い炎で染め上げた。
俺は教皇様が放っていたオーダージャッジメントを思い出したが、聖浄日輪はまだ終わっていなかった。
大地を染め上げた青白い炎が聖龍へ流れていき、輪になっている聖龍の中心を通って空に打ち上げられ、赤黒い空を白く染めていく。
その光景を眺めていたら、いつの間にかこの場に残っているのは俺とルミナさんだけとなっていた。
一体俺に何が起こっているのか、たぶんそれを考えだすと動けなくなるだろう。
だから考えるのはルミナさんと一緒にブランジュ公国から魔族と魔物の脅威を全て取り払ってからにしよう。
そう決め、空か下りてくるルミナさんを出迎えた。
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