表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
408/417

398 泣くのは今じゃない


 レインスターと邪神の戦いはあまりに衝撃的で現実離れしていた。


 邪神が翼を広げた瞬間、死神の気配と絶望が迫ってくるのをブロド達は確かに感じた。

 しかし、そう感じたのがまるで幻覚だったかのように一瞬で消え去った。

 気がつけば上空で激しい爆発音が大気を震わせ、先まで側にいたはずのレインスターの姿は遥か上空にあった。


「はっはっはぁ~あ……糞ッ! さっきまで強くなったと満足していた自分に腹が立つぜ」

 まずは口を開いたのは呆れたように半笑いしようしたけど、悔しさを滲ませたブロド。


「旋風、レインスター卿はあれでもリミッターをかけているはずだ」

 ライオネルもまた、どうすればあの領域へ到達することが出来るのか悔しさを滲ませる。


「だからだよ。ルシエルの身体であれだけ戦えているのなら、俺達もあれぐらいは強くなれるということだろうが!」

 一武人としてレインスターの動きを少しでも見逃さないように、ブロドとライオネルは空を食い入るように見上げていた。


 二人と少し離れた場所で半魔神アヴァロストもまた武人として、そしてレインスター卿と敵対することを選ばなかった自らの英断を称賛しながら、神話のような戦いに目を向けていた。


(まさか人類があそこまで強くなる可能性を秘めていようとは……。まぁ人族は我らの十分の一にも満たない儚い時間しか生きられぬ。このまま邪神を倒せば約束通り其方達が生きている間はこの暗黒大陸を統治しよう)

  

 その武人二人と半魔神がレインスターと邪神の戦いに魅せられている中、教皇は父であるレインスターを信じ、ルミナはルシエルの身だけを案じていた。

「あの邪神と戦えるのは父様だけじゃ。ルシエルはそのことに気がついておったのじゃな」

「それは違います。ルシエル君は最悪な状況を想定し備えていただけです」

 少し興奮気味な教皇に対し、ルシエルの思いや覚悟を知っているルミナは、様々な感情が入り混じり泣きそうになるのを必死で堪えていた――その時だった。

 

 邪神が再び翼を広げたことで、まだここが死地であることを全員が思い出した。

 ただレインスターはその攻撃をまたもや封じてくれたが、引き換えに邪神に捕らえられてしまう。

 そこで自分達が足手纏いになっていることをハッキリと自覚させられた。


 それでも自分達は何をすることも出来ないままレインスターと邪神の戦いを見つめるただの傍観者にしかなれないのだ。

 その事実が皆の口を重くさせ、ただレインスターが邪神に勝ってくれることを祈るしかなかった。

 

 あまりに無力だったが、だからこそ祈りが通じたのかもしれない。

 レインスターは黄金の魔力を放出させ、その絶体絶命の状況を乗り越え、邪神を自分達の視界の外へ吹き飛ばした。


 ただそれを喜べる者は一人もいなかった。何故なら視界の外へ吹き飛ばさなければならないほど、レインスターには余裕がないことを悟ったからだ。


 その中で一人だけそれでも行動しようとする者がいた。

「教皇様、切れてしまった付与魔法を再度お願いします」

「ルミナ、まさか追いかけるというのではあるまいな? 既に妾達では足手纏いなるのじゃぞ」

「レインスター卿が邪神を倒すことは疑っておりません。しかしレインスター卿が宿っているのはルシエル君の身体なのです。邪神を倒してレインスター卿が消えたらルシエル君はどうなるのです!」

 その叱責にも似たルミナの言葉に全員がハッとした。そしてそれは半魔神アヴァロストも例外ではなかった。ルシエルがその命を散らせば約束が反故になる可能性が高かったからだ。


「分かったのじゃ。しかし戦いが終わるまで近づくことは許さんのじゃ」

「心得ています」

 近づきたくても近づけないのは理解していた。それでもルシエルに倣い最悪な事態をルミナは想定したのだ。


「俺も行くぜ。弟子を失いたくないからな」

「私も主を失いたくないので、付与魔法をお願います」

 少しばつの悪い顔をしてブロドとライオネルは同行を申し出た。


「仕方ない。妾も行くしかなさそうじゃな【数多の精霊達よ 妾の魔力の下へ集い糧とし 邪悪な存在と穢れを退ける力を付与せよ ホーリーアトリビュートグラント】」

 こうして付与魔法で最低限の準備を終え、教皇の精霊魔法で城からレインスターと邪神が移動したところまで飛んでいくことになった。


「約束がどうなるか見届ける必要がある」

 半魔神アヴァロストはそう告げ、瘴気を帯びた魔力の翼を生成し、一緒に城から飛び立った。


 レインスターと邪神の戦いは激しく、何度も大気を震わせる爆発音が聞こえてきていた。

 しかしその爆発音が急に止んだかと思えば空が割れ、そこから時空龍がその姿を見せた。


 これに一同は驚いたが、レインスターと邪神の正確な位置が分かり、戦いの邪魔にならない限界まで近づくことにした。


 すると邪神は何の前触れもなく時空龍を攻撃するが、レインスターはそれをただ傍観しており、一同に困惑が広がる。

 それから何度か赤黒い稲妻が時空龍を襲うが、レインスターは邪神と時空龍をただ見つめているだけで行動する気配がなかった。

 

 何が起こっているのか理解することが出来なかったが、そのレインスターがようやく動き出したかと思えば、天を切り裂くことが出来そうなぐらい大きくなった黄金の魔法剣で邪神と時空龍を斬ってしまったのだった。


 あまりの出来事にその場で固まってしまった一行だったが、それも束の間、今まで感じたことのない圧し潰されそうな重圧の前に飛行を維持することが出来ず、地面に落とされてしまった。


 救いだったのはレインスターの邪魔にならないように低空で飛行していたことで、怪我を負うことがなかったことだろう。


 重圧はいつまでも消えることなく、呼吸するのをやっと許されているぐらい何も出来ない状態が続く。

 それがいったいどれだけの時間だったのか定かではない。ただ全員がとても長い間、ずっと押さえつけられているように感じていた。

 その瞬間が訪れるまでは……。


 今までは見守ってもらえているような安心感のある壁の中にいたのに、その壁が急に消えたことで先程まで耐えることが出来ていた重圧に圧し潰されていく。


 様々な負の感情が思考を支配し、生きている目的すら忘れそうになって涙が溢れ出る。いつまでも止まぬ絶望に発狂してしまいそうになった。


 それでも全員が何とか耐えることが出来たのは自分が育ててきた、見守ってきた、信頼してきた、そして愛する者の魔力を感じたからだろう。  


 だけどその魔力は今にも消えそうで、それでも諦めず生命まで燃やし尽くすように輝きを放っているように感じた。


 今まで感じていた重圧が綺麗に消え、暗黒大陸を光が照らしたのだが、一同は意識を失い落下してくるルシエルの下へ急ぐ。


 そして誰よりも早くルシエルの下へ飛翔し、慈しむように抱きかかえたのはルミナだった。

 だが、ルミナの顔は直ぐに青ざめ蒼白になっていく。

 何故ならルシエルの身体には無数の穴があき、その全ての穴から出血していたからだ。


 例外はあるものの、血を失い過ぎれば回復魔法が意味をなさないことは常識だった。

 ルミナは直ぐに回復魔法を発動しながら、唯一自分より強力な回復魔法を発動できる教皇の下へ急いだ。


 教皇もルシエルのあまりに酷い状態に驚き、直ぐに精霊魔法でルシエルの回復を促し、傷口を塞ぐことには成功した。

 しかし魔力を枯渇させ、血も失い過ぎたことでルシエルの意識は戻ることなく、脈も微弱でいつ止まってもおかしくなかった。


 邪神によってルシエルが転生者であることを知ってしまったルミナと教皇は、ルシエルが自らの命を賭けて邪神を倒したことで、その使命を果たしたのだと涙を流す。


 ただこの男だけはルシエルが転生者だろうとなかろうと、自分より先に死ぬことを許容することはなかった。

「まさか諦めて泣いているのか? はっ、こいつなら意識さえ戻れば自分で何とかするだろう。だったらやることは死ぬのを待つんじゃなく、意識を少しでも覚醒させることだろう」

 ブロドはそう告げ、ルシエルの意識を回復させる作戦を皆に伝えた。


 その作戦を聞いたルミナと教皇は、信じられない所業だとブロド怒ろうとしたが、ライオネルはブロドの作戦を聞き、既にその準備を終えていた。

「ルシエル様が助かれば後から罵られようと構いません。それにルシエル様がこのような半端なところで終わるとも思いません」


 結局そのライオネルの言葉にルミナと教皇は同意するしかなく、他の案も思いつかなかったために、ブロドの考えたルシエルの意識覚醒作戦は実行された。



お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i622719i622720
― 新着の感想 ―
[良い点] 弾丸x(原始)発動!
[一言] 物体Xだ!?
[良い点] いや、もう皆言ってるわヾ(o´∀`o)ノ 物体Xですね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ