397 本分
レインスター卿の天をも裂く一撃は、まるで前世のSFアニメに出てくる戦艦から放たれる荷電粒子砲を連想させた。
ただレインスター卿は金色の魔力を剣に纏わせていたので、正確には荷電粒子砲で時空龍と邪神を薙ぎ払ったというのが正しいのかもしれない……。
あれを他人の身体で、しかも一人で実行することが出来るからこそ世界の秩序と均衡を司る神にバランスブレイカーだと認識され、存在を危惧されていたのだろう。
それにしてもレインスター卿は躊躇することなく時空龍まで巻き込んだな。
いくら依り代でも邪神をこの世界から解き放つために出現したのだから、俺にとってはまさかの展開だった。
「ルシエル君はどうだったか知らないけど、僕は会社帰りに創造神のミスで殺され、いきなりこの世に転生させられたんだ。いくら友を救いたかったとはいえ、殺される方は堪ったものじゃない」
レインスター卿はさっきまで転生したのは創造神のミスだと思っていたのに、実は友を救うためだったと知ったのか。
確かにそれならレインスター卿の気持ちが分かる。前世ではここまで濃い人生を送ってはいなかった。それでも前世が恋しくなる時がある。
俺の場合は不慮の事故で死亡してから転生させてもらったので感謝しかないが、レインスター卿の場合はこの世界に転生して伝説の偉人となるぐらい濃い人生を全うした……とはいえ、許すことなど出来ないだろう。
それこそ天寿を全うした魂を転生させれば良かったのだ。
そんなことを考えていたら視界がブレ、先程よりも上空へ移動したところに身体の至るところが裂けた邪神の姿があった。
《余は……世界に秩序と均衡を……その時まで……》
神テミトポサスのものなのかレインスター卿と同じ黄金に輝く魔力、その黄金に輝く魔力をひび割れた黒紫の瘴気が覆っている。
既に邪神としての依り代は満身創痍のはずなのに、少しでも誤れば全ての失ってしまうような感覚に身体が震えてしまう。
「邪神が神としての本来の力を覚醒させるなんてさすがに予想外だった」
いや、あのレインスター卿が実際に身体を震えさせていたのだ。
「それでクライヤ、依り代を失ったこの神はいつになったら天へ還るのさ」
『レインスター、よくも僕の依り代を壊してくれたな』
時空龍の姿は見えないが創造神クライヤの声が頭に響く。
「今まで隠し事をしていた報いだ。そんなことより依り代を破壊しているのにまだこの世に留まっている。どういうこと?」
『そんなことよりって、僕は創造神なのに……。確かに依り代があそこまで破壊されればテミトポサスは正気を取り戻すはずだった。だけど秩序と均衡を司る神だからこそ世界を破壊する可能性のあるレインスター、君の存在がテミトポサスをこの世界に留まらせたんだよ』
「そんな気はしていたけど、この場面でルシエル君とバトンタッチするのは流石に酷だと思う」
俺はレインスター卿の意見に激しく同意していた。レインスター卿が震えてしまう相手に俺が勝てるとは思えなかったのだ。
『それでもレインスターが英霊としてこの世界に留まっている限り、テミトポサスはこの世界で邪神の役割に固執するだろう』
だけど今まで戦っていた依り代とは違い、立ち向かおうと意識するだけで世界から拒絶され、存在を否定されていく感じがして戦う気持ちになれない。
これが本来の神の力であり本質なのだろう。
「クライヤ、確認したことがある」
『何かな?』
「狙いは私であり、ルシエル君の身体ではないな?」
『そうだね。いまのテミトポサスがレインスターの魂と魔力のどちらに反応しているのかは分からないけど、ルシエル君への執着はないね』
レインスター卿に何か秘策があるのかもしれない。
「それならルシエル君があの瘴気を祓うことは出来るかな?」
『英霊の君がルシエル君の身体から抜け出た場合の反動などを考慮すると、成功確率は高いとは言えない。それでもレインスター、君がその身体に留まりテミトポサスと戦うよりはかなり現実的な確率だよ』
「ルシエル君、聞いていたね。ここからは君の戦いだ」
そんなことを言われても、俺が神の依り代ではなく神を倒すなんて不可能です。
「ルシエル君、戦いとは言ってもこれは君がこの世界でしてきた人を救う本分だ。君がするべきことは神に纏わりつく瘴気を祓うことであり、神殺しではない」
レインスター卿の言いたいことは分かる。そして瘴気を祓うという言葉で身体に感じていた脱力感が消えた。それでも超越した存在と相対することは恐怖でしかない。
だけど邪神と戦うことを選択し、全てを一度は賭けたのだから腹を括るしかないだろう。
俺は皆の顔を思い浮かべ、神テミトポサスに纏わりついた瘴気を祓う決意を固めた。
「それでこそフルーナがS級治癒士に据え、ユーシルが賢者の資格を与えたルシエル君だよ」
どうやらレインスター卿はかなり家族愛の強い人らしいことが分かった。
「クライヤ、本当に友を救いたいのなら、ルシエル君が瘴気を祓うまで」
『依り代を壊しておいて無茶ばかり言う』
「それで私を殺したことと、巻き込んだことはチャラにしよう」
ずっと気になっていたんだけど、レインスター卿と創造神クライヤの距離感がバグって友人関係のように思えるけど、まさか……ね。
『君には困ったものだ……。仕方ない。ルシエル君に与えていた加護から力を送ろう』
「ルシエル君、タイミングは君に任せる。私が身体から抜けたら落下してしまうから、直ぐに風魔法などで高度を維持し、神テミトポサスから瘴気を祓うことに集中するんだ」
やることは瘴気を祓うだけだ。俺は神テミトポサスを見つめ瘴気を祓うイメージを固め、レインスター卿へ(行きます‼)そう思念を送った。
その瞬間、浮遊感を覚えて落下しているのだと気がつき、直ぐに風龍の力を借りて高度をそこまで落とさずに済んだ。
そして邪神へ視線を向けると、神テミトポサスを守っていた黒紫の瘴気が先程まで俺のいた場所へ鋭く伸びていたのを見てレインスター卿が何かしたのだと悟った。
さて、既に先程までレインスター卿が俺の身体の主導権を握っていたからか何も感じなかったけど、既に魔力は底を尽きかけているし、身体も動かすのが辛く、俺に出来ることなど既に限られていた。
「【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、我が魔力を糧とし、天使の光翼を、不浄なるものを退ける盾となり、悪しき穢れを払う大いなる聖域を創り給え 聖域結界】」
俺は俺と神テミトポサスを聖域結界の中に入るように魔法を発動し、瘴気が聖域結界の外へ漏れないようにした。
すると瘴気はまるで生き物のように聖域結界を破壊しようと動く。だけど何度破壊を試みても今回の聖域結界が破られることはない。何故なら先程までレインスター卿が魔力を込めて握っていた剣を発動体にしていたからだ。
「【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、神テミトポサスを苦しめる瘴気や穢れを全て呑み込み、世界を救う浄化の波となれ、浄化波】」
浄化波を発動させると瘴気は浄化波から逃げようとする。しかし一度は浄化波を逃げることは出来ても聖域結界に当たると幾つもの波になって乱反射する。
そして邪神としての依り代も浄化波が触れると面白いように消滅していくが、これが神テミトポサスの意思なのか、それとも邪神としての意思なのか、それとも瘴気に何らかの意思があったのか定かではないが、瘴気が最後の足掻きとばかりに針のような形で硬化すると俺へと襲い掛かった。
既に満身創痍だった俺はその瘴気から逃れることなど出来ず、全身を瘴気の針で刺されてしまう。
すると不思議なことに傷みを感じることはなく、何かを色々と囁かれているような気がした。
(世界を総べる権力)や(ハーレム)、(お金)に(永遠の時間)などの提案だったように思える。だけど俺が欲しいと思えるものは一つもなかった。
だから耳障りな囁きが消えてくれることを願い心の中で詠唱する。
【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくは我が身と我が心を侵そうと誑す囁きを消し去り給え。浄化】
気がつくと俺に刺さっていた瘴気は消えていき、頭に創造神クライヤの声が響く。
『本当にレインスターが生きている時はかなり驚くことが多かったけど、君はレインスターとは違った意味で驚くことばかりだよ。ありがとう。そしてお疲れ様』
俺はその言葉を聞き、神テミトポサスを邪神という役割から解放することが出来たのだと悟った。
だからなのかもしれない。先程まで張ってきた気が緩んだのか、身体の感覚がなくなり意識が遠のき始める。
「まだ……やらなければ……いけないことが……あるのに……な……」
その時、皆の顔が頭に浮かび、微笑んだところで意識を手放してしまった。
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