396 世界の秩序と均衡
創造神クヤイヤの依り代である時空龍が現界したことに、俺はもちろんレインスター卿も驚いてはいた。
ただレインスター卿は最初から創造神クライヤと邪神に何らかの繋がりがあるのではないかと疑っていたらしく、そのことに対しての驚きは伝わってこなかった。
俺は単純に時空龍が別れの間際に告げた『邪神の身体もまた依り代であり、魔力と瘴気を失い続ければ現界することが困難になる』の言葉通り邪神を追い詰めることが出来た。
だから邪神を世界の異物として取り除く条件が揃ったのではないかと期待して……いたかったんだけどなぁ。
邪神は忌々し気に時空龍を睨みつけ、まるでレインスター卿のことを忘れてしまったように身体を時空龍の方へ向けてしまった。
レインスター卿もその邪神を攻撃することなく、時空龍へ視線を向けた。
『よくここまで邪神を追い詰めてくれたルシエル、そしてレインスター。そして長き呪縛からようやく君を解放してあげられるよ、邪神……。いや、我が友であり秩序と均衡を司っていた神テミトポサスよ』
《呪縛からの解放? 我が友だと? ふざけるな!! 世界の均衡を保つため混沌を望み、この世界へ余を誘ったのはクライヤ、貴様ではないか! その余を排除するためによもや転生者を使って英霊召喚などという禁忌を許容するなど決して許せん》
邪神は憤怒の表情で全ての魔力を注いだかのような巨大な魔法陣を紡ぐと、轟雷という表現が正しい赤黒い雷を時空龍へ落とした。
時空龍はその攻撃をそのまま受け入れ、身体をボロボロにしながらも邪神……いや、秩序と均衡を司っていた神テミトポサスへ言葉をかける。
『君が秩序と均衡を司る神だった頃のように、禁忌に対して嫌悪し怒る気持ちが残っていることがとても嬉しいよ。だけど君はあまりに途方もない時間をその依り代で過ごしたことで邪神の意識が定着してしまい、依り代は瘴気で侵され、秩序と均衡を司っていた神テミトポサスとしてではなく、邪神として存在することに固執してしまった』
《全ての元凶は貴様であろうクライヤ!》
再び赤黒い雷が時空龍を襲い、時空龍が消滅してしまってもおかしくない状況だが、俺はもちろん俺の身体を操っているレインスター卿も事の成り行きを見守ることしか出来ない。
『確かにこの世界に混沌を望んだのは僕だ。人類は醜い争いばかりで発展することのなかった世界。だから秩序と均衡を司っていた君に相談し、人類の敵として人の邪念や怨念によって魔物や魔族が出現するようにした。そのおかげで人類は団結し、飛躍的な発展を遂げたよね』
クライヤは思い出を懐かしむようにテミトポサス語りかける。
『だけど人類が魔物や魔族を倒せるようになると、また争いを始めるようになった。だから魔物や魔族を総べる魔王を出現させることで人類の敵として君臨させた。そして人類には魔王と対になる存在として勇者が出現させ、世界の均衡が崩れないようにしたね。だけど……』
だけど……? ここでブランジュ公国の勇者が誕生したんじゃないのか?
『その時の魔王が強過ぎて、勇者を簡単に下してしまった。原因を調べてみれば魔物や魔族を生み出したことで世界に瘴気が溜まってしまっていたからだ。僕たちはそれを改善するために瘴気を吸ってくれる世界樹、そして精霊や龍達に力を与えることでようやく均衡を保ったんだよね』
ここまではとても親しい関係だったことが分かる。それにしても世界に干渉できないというのは勇者や魔王を直接選んだり、強さを変えたりすることは出来ないけど、勇者や魔王が出現するようになるみたいな大枠の設定することが出来たんだな。
だけど神テミトポサスが創造神クヤイヤと何が違うと怒ったのは、この世界を一緒に構築してきたからだ。
『僕たちは人類が一定の刺激を与えることで成長し発展していくことが分かった。だけど直接の干渉は出来ない。だから依り代で現界することにした』
たぶんここから二人が袂を分かつ原因になるのだろう。それにしてもこの話は俺とレインスター卿に対しての説明にも思えてきた。
『最初に現界した時は楽しかったな。人や魔族に扮してこの世界を満喫することが出来たんだから。でも、現界はするべきではなかったよ。秩序と均衡を司る君が人や魔族の暮らしを知り平気でいられるわけがなかったんだから』
《笑わせるな。貴様は人が魔族を奴隷にし、魔族が人を奴隷とし、人は弱者も奴隷にすることを知っていて余に見せたのだ。この世界が善と悪の均衡を保つ方法を考えさせるためにな!》
ここでさらに赤黒い雷が時空龍を襲うが、その威力が少し落ちたような気がする。
『ただ一緒に考えてほしかったのさ。この世界を一緒に成長させてきた君と。でも、後悔している。まさか君が魔物や魔族を強化させ人類を追い込むことを考え、人が対抗するために勇者召喚などという禁忌に手を染め、そのことが君を邪神へ堕としてしまうきっかけになるなんて……』
《語るに落ちたな。それならば余が勇者召喚を潰し勇者の代わりを演じた後、なぜ転生者を何度もこの世界へ誘ったのだ》
『それは先程も言ったよ。君が邪神を演じているうちに依り代である邪神へ意識を引っ張られ、天界に戻ることを忘れてしまったからだよ。だから君のその依り代を壊し君を正気に戻せる存在を求めたんだ』
テミトポサスが邪神の役割を終えさせることだけがクライヤの目的なんだな。
そしてテミトポサスは邪神となっても秩序と均衡の神であった記憶があるからこそ、クライヤと遊戯に興じると口にしていたのかもしれない。
《それが世界の秩序と均衡を破壊する可能性を秘めていたレインスターだとでも言うのか》
神から世界の均衡を破壊するバランスブレイカーな存在と認識されているのは改めて考えると凄いな……。
それにしてもレインスター卿……俺は貴方を尊敬します。
『レインスターは悪に染まらない善の心を持ってこの世界に生まれた。でも彼が強くなったのは彼だったからだよ。それまでに君の依り代を壊す勇者や転生者が何人もいた。でも結局は君のところまで辿り着いたのはレインスターだけだったんだから」
《そこまで余を滅ぼしたかったのか》
『違う!! 僕は三百年前にレインスターが勇者となった時、君が邪神として討たれることでその役割を終えることで正気を取り戻し、一緒に天界へ戻ることが望みだったんだ……。それがまさか世界樹を盾にして混沌を振りまき、瘴気となってまで邪神の役割に固執するなんて……』
《余はこの世界の均衡を保つため、全てを混沌で塗り潰すまで消滅などしない》
「どうでもいい話は終わったね。神なら神として世界を見守り、この世界のことはこの世界で生きる者達に任せて天へ還れ【天裂月花】」
レインスター卿は創造神クライヤと秩序と均衡の神テミトポサスの依り代である時空龍と邪神が攻撃範囲に入るように邪神の後ろへと回り込み、邪神もろとも時空龍を巻き込む巨大な黄金の一撃を振り下ろした。
お読みいただきありがとうございました。
幾つものifストーリーが出来上がるくらい難産でした。