395 怒りの咆哮
レインスター卿の斬撃は邪神を覆っている膜を切り裂く程の威力だった。それでもどうやら邪神へのダメージを与えることは出来なかったみたいで、その身体に傷を確認することはできない。
邪神はその迫ってくるレインスター卿を迎撃するために再度翼を広げたので、先程と同じの羽の攻撃で迎撃してくるのかと思ったのだが、その考えは甘かった。
今度はその羽の攻撃に加え広げた両手に赤黒い魔力が集まっていくと、それぞれの手に魔法陣が構築され、そこから紫電の槍が出現し発射された。
レインスター卿は邪神への接近を停止し、全ての攻撃に対処するべく黄金の剣へ魔力を込めて薙ぎ払った――それが邪神の狙いだと看破していても。
羽の攻撃と紫電の槍をレインスター卿は見事消滅させることに成功したのだが、いつの間にか邪神の翼に魔法陣が出現しており、そこから伸びた赤黒い魔力を帯びた鎖が四肢に巻き付き身体の自由を奪われてしまったのだ。
「すまない、ルシエル君。こうなることは分かっていたんだが、皆を守るためには仕方なかったんだ」
レインスター卿は謝罪の言葉を述べたが、俺がその立場でも同じ選択をしていたはずだから気にしていなかった。それよりも現状をどうすれば打開できるのか模索する。
しかし邪神は攻撃の手を緩めることなく赤黒い魔力を帯びた鎖へ、さらに強力な赤黒い魔力と黒紫の魔力を流し込み、鎖を伝った魔力が俺の身体を蝕もうとする。
レインスター卿は邪神の鎖が巻き付く寸前に四肢へ魔力の膜のような結界を張ったようだが、邪神の魔力が流されると敢え無く壊されてしまい鎖が四肢を締め付けた。
《いつの時代も英雄と讃えられる者達は親しき弱者を守ろうとする。それが己の身を滅ぼすと分かっていたとしても……。フン、実に下らん。何も切り捨てる覚悟なく目的を果たせると夢を見るのだから》
邪神は勝ちを確信したのか、実にくだらない時間を過ごしたと言わんばかりだった。
「夢を見るから希望を抱き、困難が待ち受けていようと立ち向かうことが出来る」
レインスター卿は邪神にそう告げ、身体から黄金の魔力が立ち昇ったかと思えば、四肢に巻きついていた鎖が溶けるように消えていく。
《馬鹿な! 余の呪いと魔人化を防いだだと!?》
呪いと魔人化するための魔力だったとは、手駒にするつもりでいたのか?
「確かに綺麗事なのかもしれない。でもだからこそ人は挑戦し、目的を果たすことで得られる達成感を求めるんだ」
レインスター卿は鎖から脱出すると即座に邪神の後方へ転移した。
邪神は思っていたよりも巨躯で、半魔神よりも二回りほどは確実に大きかったが、レインスター卿はそれに怯むこともなく十字に剣を振い、邪神を覆っていた膜を切り裂いた。
そしてその膜の中へ突入して振り向こうとしていた邪神の身体へ剣を振り下ろした――が、邪神に剣が触れる瞬間に赤黒い魔力の壁が出現させ剣の行く手を阻んだ。
「はぁぁぁぁああああああ!!」
レインスター卿はその邪神の抵抗があると分かっていたかのように気合の声を上げ、その魔力の壁ごと邪神を斬り伏せることに成功した。
そのあまりの威力に邪神は吹き飛んでいき、下にいる皆がこれ以上巻き込まれて狙われないようにするための攻撃でもあったのではないかと思った。
それにしても邪神の呪いや魔族化をレインスター卿が無効化してくれて本当に良かった。
「それは違うよ。私であれば魔族化を阻止するために影響を受けた四肢を斬り落として回復魔法を選択した。だけどルシエル君の場合、非常に強い耐性のおかげで邪神の呪いまで無効化したみたいだね」
物体Xがここで役に立ってくれるなんて豪運先生のお導きなのだろう。
「それと大事なことを言い忘れていたんだけど、邪神は多頭竜と同じで斬っても時間が経つと再生する能力がある。多頭竜の場合は首の付け根を焼けば再生しないように、邪神は光か聖属性の混じった魔力を込めた直接攻撃を与えることで再生能力を失うんだ」
それってかなり重要な情報じゃないですか!! もし魔法攻撃や飛ぶ斬撃でダメージを与えても意味がないってことですよね?
「いや、意味はあるよ。ダメージを与えることは出来るから。ただ時間の経過で回復してしまうから、回復するまでに再生能力を失わせる直接攻撃を与える必要があるのは間違いないけどね」
邪神が変身した時、一部が龍の姿をしていたのはそういうことだったのか……厄介にも程がある。
それにしてもレインスター卿は何でもないように装っているけど、あの鎖を溶かす前に受けたダメージを癒すため、常時回復魔法をずっと発動させていたころを考えると余裕なんて全然ないことが分かる。
それでもレインスター卿は邪神を討伐するため、邪神へ攻撃を仕掛ける。
全てがスローモーションに感じる世界でレインスター卿は魔法を放ち、邪神の意識を魔法へ向けさせた瞬間、レインスター卿は邪神の背後に出現し斬ったかと思えば、今度は邪神の真上に出現し球体の崩壊した膜を気にすることなく目にも止まらぬ斬撃で邪神を斬ってみせた。
邪神はレインスター卿の攻撃によってかなりの深手を負い、その身体から紫色の血を流したが、急激に黒く染まったところで邪神はレインスター卿へその血を飛ばした。
レインスター卿は転移によって何とか攻撃を躱したが、その血が暗黒大陸の大地に到達したところで黒い炎の火柱が幾つも上がった。
その光景を見て邪神は血液まで災害を引き起こす手段なのだと知り怖くなった。
《人族が強くなることは分かっていた。だが、ここまで急激に強くなれるはずがない。貴様、どうやってそこまで強くなった》
邪神はまだレインスター卿だと気がついていなかったようだ。
「自分の全てを賭けて世界を救うことを選択したからだ。だからこうして私は私の心の中で燻っていた邪神を消滅させるという誓いを成し遂げられなかった機会を再び得ることが出来たのだ」
その言葉を聞いた瞬間、邪神は驚愕のあまり何度か口を閉口させ、言葉を紡ぐことが出来なかった。
《まさか貴様はレインスターなのか! それなら英霊召喚などという禁忌魔法を発動したのだな!!!》
英霊召喚が禁忌魔法に分類されているとは思わなかったけど、それよりも邪神からとても強い怒りを感じた。
「そもそも神々は世界に干渉することを許されていない。それを破り平和になるはずだった世界を歪めたことを私は決して許さない」
レインスター卿からは邪神の怒り以上に秘めた怒りを感じる。俺はただ見守ることしか出来ない。
《そうか。貴様がレインスターならその強さも納得できる。クライヤ、結局これが力を貸した余へ仕打ちであり、転生者を転生させた理由か!!!》
邪神は咆哮を上げるように言葉を吐き出しのだが、それは世界が振動していると錯覚するほどひりつくものだった。
いや、それは決して錯覚ではなかったのかもしれない。空間に裂け目が入ると、そこから創造神クライヤの依り代である時空龍が現れたのだから。
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