393 伝説の一端
ルミナさんと教皇様、師匠とライオネルの戦闘を俺はただ視ていることしか出来なかった。
俺は英霊召喚を発動して意識を失ったと思ったら、全てが真っ白な空間の中でレインスター卿と対面して立っていたのだ。
英霊召喚を発動する際、もしかすると英霊……要は魂だけの召喚になってしまうことを危惧し、それならば俺の身体にレインスター卿の魂を憑依させればいいと判断して詠唱を変えた。
この判断は正しかったのだと、目の前にいるレインスター卿から褒められた。
そしてレインスター卿はルミナさんと教皇様、師匠とライオネルの状況を二つのホログラムウインドウで映し出した。
「どの世界でも覚悟を決めた女性は本当に強く輝くね。フルーナも自分の殻を破るところが見られてお父さんは嬉しいよ」
ルミナさんが奮戦したことで教皇様が立ち上がり、四体の魔族を追い詰める活躍を見せた。
「その人の本性は死に際に見えるというけれど、勝てないと分かっていても諦めることなく相打ちに持ち込んだ。その姿こそ英雄にふさわしい」
師匠とライオネルは相手が半魔神化した魔族だとしても諦めることなく戦い抜いた。
「ルシエル君、君がどれだけ努力してきたのかは各地に残した空間の精神体から記憶をリンクしたので分かっているつもりだよ」
「ありがとうございます」
「だからこそ本来であればもっと自ら足掻いて欲しかったという気持ちがある。そうすれば君の成長にもっと繋がったはずだから」
確かにレインスター卿の考えは俺の成長だけを考えれば正しいのだろう。ホログラムウインドウに映る皆の姿を見てそう思えた。
それでも俺は皆に死んでほしくないという気持ちが何よりも強かったのだ。
「そもそも世界を救うみたいな大役、俺には分不相応ですから」
「それでも君は邪神と戦うことを選択しただろう? 少なくとも邪神がこの世を滅ぼすまでは生きる残ることが出来たはずだ」
確かに邪神と戦う選択をしなければ、そういう未来が待っていたかもしれない。
それなら何故なのか……。別に英雄願望はないし、命を懸けて戦うなんて真っ平ごめんだ。
それでも何故戦うのか理由があるとすれば――。
「俺が転生し行動したことで、これまで色々な人達と関わってきました。良いことばかりではなかったけど、思い出すのは楽しかったことや嬉しかったことなんですよ」
「だから戦うと?」
「ははっ。俺と関わったことで巻き込んでしまった人達がいて、中には人生を変えてしまった人達もいるでしょう。邪神が出現したのは俺のせいではありませんが、俺を信じて一緒に戦ってくれる人達の住む世界を守りたいと思ったんです。それが俺の転生者として力を得た責任だと思うから」
「はぁ~なるほど。言いたいことは色々あるけど、まずは邪神を倒すことが出来なかった私も責任を取ることにしよう」
レインスター卿がそう告げると視界が変わる。
どうやら一瞬で現実世界に戻ってきたのだとは思うが、俺は身体を動かすことが出来ない。
そして世界が静止しているかのように静かだ。
「ルシエル君、少し身体を借りるよ」
その声が俺から発せられたことを理解し、レインスター卿が俺の身体に憑依しているのだと悟った。
レインスター卿は静止した世界で壺に刺した短剣を右手に握ると、短剣は黄金色に発光して煌びやかに輝く長剣となった。
その長剣を軽く振ったと思えば、今度は左手を何もない空間へ伸ばし純粋な魔力が放出された。
すると何もない空間に亀裂が入り、師匠とライオネル、それに二人と死闘を繰り広げた魔族の姿が現れた。
「本当はルシエル君に回復してもらった方がいいけど、彼らは回復魔法で治すことが出来ないからね」
すると左手から時計の魔法陣が出現し、針が逆回転すると怪我が消えていく。
たぶん時空間属性魔法だと思うが、今まで見たことがないので正確には分からない。
俺が考えている間にレインスター卿は魔族まで治してしまった。
「さて、そろそろ時を動かすよ。ルシエル君はしっかり見て学んでね」
その瞬間、音が戻ってきた。
レインスター卿は師匠達に声をかけず、近くで倒れていたルミナさんにも同じように時計の魔法陣を発動してから、お姫様抱っこで持ち上げ、教皇様の下へ歩いていく。
その教皇様は金色の斬撃で目の前まで迫っていた三体の魔族が消滅したことにも気がつかないまま空を見上げ震えている。
そんな教皇様の隣にルミナさんを降ろすと「ていっ」と口にして教皇様の頭にチョップした。
「うぐっ、何をするのじゃ」
「やれやれ。フルーナはいつまで経っても子供だね。そんなにあれが怖かったかい」
「ルシエル、何じゃその言い……方……」
教皇様の目が一瞬光ると、目を大きく見開いた。
「やぁ、フルーナ。ユーシルに似て可愛く成長してくれて嬉しいよ」
「父……様? 本当に父様?」
「うん。ルシエル君のおかげで少しだけ現世に戻ってくることが出来たんだ」
「見た目がルシエルだから変な感じじゃ。父様――っ!?」
教皇様は抱き着こうとしたが、レインスター卿は飛び込んできた教皇様を華麗に躱した。
「父様?」
「僕もフルーナを抱きしめたい。抱きしめたいが身体はルシエル君のものだから抱き着かせたくない」
忘れていたけどレインスター卿が親バカであることを忘れていた。
「あっはっは。それでこそ父様じゃ」
教皇様は先程まで絶望していたのが嘘だったかのように復活した。
「それよりもフルーナ、いくら邪神が相手だとはいえ、あの状態の邪神ならフルーナだけで倒せるはずだけど?」
「む、無理じゃ。父様は邪神がどれだけ強いか知っておろう」
「むっ、過保護に育て過ぎたかな。それならばルシエル君と一緒に見ていなさい」
レインスター卿は長剣に魔力を注いでいるのか、長剣が黄金色に輝き出した瞬間、たぶん十字に剣を振ったのだろう。
空に浮かび警戒していた邪神の身体を十字に切り裂いたのだ。
微かに見えたのは十字の斬撃が徐々に大きくなっていき、邪神に到達した時にはあの巨体を切り裂くぐらいになっていたことぐらいだろう。
「まぁこれぐらいなら現段階の君たちでも出来るはずなんだ。それが出来ていないのは闘気や魔力をスキルに依存して工夫が足りない。身体の鍛え方が足りないからだ」
いやいやいや。この人、絶対におかしい。
「理不尽じゃ」
教皇様に激しく同意したい。
いくら伝承や伝説が残っていても少しぐらい誇張されているはずなのに、邪神を一撃、十字の斬撃だから二撃かもしれないが、一度の攻撃だけで邪神を倒してしまうなんて存在自体がチート過ぎる。
「ルシエル君の身体を使って出来たことだからルシエル君でも出来るはずだよ。それと邪神の最終形態は今からだよ」
それを見上げれば四分割された邪神がそれぞれ瘴気の渦となり、一つの渦へとまとまっていく。
「前回は世界樹を斬ることを躊躇って逃げられた。今度は何があろうと絶対に逃がさない」
俺はレインスター卿のその小さな呟きを聞き、レインスター卿の心に少しだけ触れた気がした。
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