392 死闘の果てに……
ブロドは自分の攻撃をアシストしたライオネルに鋭い声を上げる。
「距離を取れ!」
ライオネルはその声が耳に届くよりも先に大盾を構えながら後方へと飛んでいた。
その理由は地面へ突っ伏したままの漆黒の騎士から、怒気と殺気が膨れ上がったのを感じたからだ。
もっとも強引に倒すこともライオネルの頭を過ったが、ブロドが攻撃を打ち込んだ時にしかめっ面を浮かべたような気がした。
それは斬ることが出来ないだけではなく、そこまで手応えがなかったのではないか、一瞬でそこまで考えることが出来たのはライオネルの経験、それとも好敵手であるブロドのことを把握していたからなのだろう。
そしてその判断は間違っていなかった。
突っ伏したままの漆黒の騎士から闘気のような瘴気の揺らめきを感じると、瘴気の膜が漆黒の騎士を覆うように出現した。
その直後、赤黒い雷のような魔力が漆黒の騎士から放出され、クリスタルの壁や地面を抉り削った。
ブロドは【瞬動】で回避し、ライオネルは大盾に魔力を流し込んだおかげで吹き飛ぶだけで済んだ。
「くっくっく、はっはっは。なるほど。これが絶対的強者である魔族に対抗するため生み出された戦闘技術か、実に面白い」
漆黒の騎士は久しく感じることがなかった心の昂りを感じていた。
魔族は絶対的強者であると育てられ、実際に漆黒の騎士は幼い頃から高い戦闘能力をその身に宿し災害級の魔物を一人で狩っていた。
ある時、弱い魔族と魔物が暗黒大陸の外へ出ていくのを見た漆黒の騎士は、青白い壁の外に出られることを知った。
そして壁の外には何があるのか見たくなり壁に触れた瞬間、光輝く黄金の魔力に吹き飛ばされてしまう。
どうして自分は外に出られないか疑問に思った漆黒の騎士は、知り合いの魔族達に暗黒大陸から出る方法を訊ねて回った。
すると暗黒大陸から出られるのは追放される弱者だけだと教えられたが、何かを隠しているような印象を受けた。
それから暫くしてある程度まで成長した漆黒の騎士は自分を世話してきた魔族に再度訊ねてみた。
そこで漆黒の騎士は衝撃的な事実を耳にすることになった。
元々暗黒大陸は魔族が統治していた大陸で、別の大陸には違う種族が暮らしていること。
他種族は魔族よりも数は多いが弱く、働くだけの知恵はあるので奴隷にするために攫ってきていたこと。
邪神に誑かされた前魔王が全ての種族を従属させるため進軍を始めたが、人類がそれに対抗するための組織を結成し、魔族を打ち破るほどの強さで逆侵攻したこと。
このままでは魔族が滅ぼされてしまうからと邪神によって強化された前魔王達だったが、人族の勇者がそれを一人で倒してしまったこと。
邪神の言とは違い、勇者は魔族が消滅するまでは望まず、暗黒大陸に閉じ込められていること。
その勇者と邪神が相打ちになったこと。
最後に自分が今は空白位である魔王の嫡子であることだった。
漆黒の騎士は絶対的強者のはずの魔族が一人の勇者という存在に負けたことが許せず、何度も暗黒大陸から出ようとしたが結界を破壊することは叶わなかった。
いつしか勇者だけでなく、人類が絶対的強者である魔族達をどう打ち破ったのか興味を持った。しかし結局は暗黒大陸から出ることが出来ないため、ただ強くなることだけに執着していくようになった。
そこへ約三百年ぶりに邪神が出現し、漆黒の騎士は邪神の甘言には乗らず斬り伏せた。
しかし邪神はそのまま逆再生したように不適な笑みを浮かべ、暗黒大陸の結界を破壊すると口にした。
その条件が魔族や魔物を邪神の手駒にすることだった。
漆黒の騎士が心を許した魔族は既にこの世におらず、孤高の存在となっていたために了承した。
漆黒の騎士は結界が破壊された後のことを思案する中、邪神が空間転移の魔法陣で魔族や魔物を次々と侵攻させていった。
その状況を見た漆黒の騎士は思った。
(あれだけの数の魔族や魔物を侵攻させたら他種族が滅んでしまうではないか……まぁそれならばそれでいい。魔王を倒した勇者みたいな強者以外に興味はない)
弱者を嬲ることに喜びを感じ、無慈悲で冷徹、残虐な思想が根付く魔族の中にあって、強者に飢えた漆黒の騎士は自らが異質であることに気がつかない。
だからなのかもしれない。邪神が怪我を負って城へ逃げ込んきた時には歓喜していた。邪神を退けるだけの強者がいることに、そして戦うことになるだろうと……。
だが、邪神は漆黒の騎士の思いなど全く歯牙にもかけず、もしもの時を考え、身勝手にも漆黒の騎士へ力を与えてから眠りに就いた。
前魔王の嫡子であり、既に暗黒大陸最強の漆黒の騎士は魔人から半魔神へと進化してしまった。
これではもう戦いを楽しむことは出来ないと悟った漆黒の騎士は、邪神への嫌がらせのために侵入者を素通りさせてしまうことを考えた。
だが、侵入者の中に己の威圧を浴びながらも進んでくる者が二人もいた。
もしかすると楽しめるかもしれない。その淡い期待を抱き侵入者達に条件を出しブロドとライオネルは漆黒の騎士の望み通りこの空間へとやってきた。
そしておよそ一世紀と少しぶりに漆黒の騎士は攻撃を受け地面に伏すことになった。
(これを待っていた……待っていたが、邪神の奴のせいでこれ以上楽しめないのが残念でならん)
漆黒の騎士の身体の至るところに赤黒く輝く紋様が出現し、瘴気と魔力が帯電した膜を形成するが、過剰なエネルギーは雷のように迸って弾ける。
「我が名は魔族最強アヴァロスト・ダークネス・ノーブルアルダード。我を久方ぶりに楽しませた誇りを胸に抱き永遠の眠りに就け」
漆黒の騎士アヴァロストはそう告げ、持っていた漆黒の剣に瘴気と魔力を込めて振った。
すると今までは身体を真っ二つにするような鋭い刃だったのだが、今度は全てを呑み込んで消し去ってしまうような巨大なエネルギーの塊だった。
ブロドは何とか躱すが、ライオネルは回避することが出来ず、大盾に魔力を込めて何とかしのごうとした。
しかし、その威力をいなすことも弾くことも出来ず、反対側のクリスタルの壁まで押されていくと、クリスタルの壁へ触れた瞬間爆発とともにクリスタルの壁が崩落してその姿は消えた。
ブロドは何とか躱してはいるものの、このままでは詰んでしまうのが明白だったため、死中に活を求め思考し続けたが、時間稼ぎの方法しか思いつかなかったために直ぐにそれを実行に移した。
「まさか最後に逃げるとは興醒めしたぞ」
旋風斬撃を応用し、空気の壁を蹴りながら空に浮かぶ数多の巨大な石を目指すが、アヴァロストはその前に倒すことを選択した。
そこから空に向けてブロドを狙った連撃が放たれ、その中の一つがブロドを捉え、空に浮かぶ石ごと破壊したことでブロドの姿は消滅した。
「強者が現れないものか」
漆黒の騎士アヴァロストは強者の虚しさを口にし、邪神へ憎悪を募らせた。
そのアヴァロストを倒すため、人の枠から逸脱することを選択した二人は同時に同じスキルを発動させた。
【限界突破】で己の限界を超え、【刹那の煌めき】寿命を削ることで身体能力を向上させ、【生命変換】により身体能力をさらに高め【狂化】により標的を倒すまで全ての感情を捨て去る。
ブロドやライオネルのような一流の武人でも、必ず脳は身体が壊れる限界でリミッターを発動させるのだが、【狂化】によりそのリミッターは外れた。
その結果、ブロドは空に浮かんだ石を蹴って、自らの出す速度で身体に裂傷を負ってしまう程の速度に到達。
戦闘態勢を解いていたとはいえ、アヴァロストの三本の左腕に剣を振り下ろし切り裂きくことに成功した。
そのまま地面へ着地したまでは良かったが、あまりの速度だったからなのか、固いはずの地面が陥没してしまい攻撃速度が落ちてしまう。
それでもブロドは身体を回転させながら右の首筋を狙って攻撃を仕掛けた。
アヴァロストはその首への攻撃を察知していたのではなく、ただ右手上腕に握っていた剣を何となく振って邪念を払おうとしたことで運良く首筋を守った。
そして運悪く漆黒の剣へと全力で振った剣は根本近くで剣が折れてしまう。
そこでアヴァロストはブロドがまだ生きていたことに驚いたが、攻撃を防いだ刹那に理性を失った瞳を見て興味をなくし、瘴気の混ざる赤黒い魔力を身体から放出させて、今度こそ消滅させようとした。
しかし、理性を宿さない憤怒した鬼のような顔をした人族が、アヴァロストの喉へ剣を突き刺そうと突き出してきていることに気づく。
この人族もまだ死んでいなかったのか。
アヴァロストは不思議に思いながらも人族がまだ壊れていなかったことに歓喜し、正面から打ち破ることにした。
(左の上腕と中腕は矮小な者に切り裂かれ直ぐには動かせない。下腕は動くがこの者達には見切られるだろう。それならば)
アヴァロストはその場で回転するように無事な右腕三本で漆黒の剣をライオネルに振るう。
結果としてライオネルより長いリーチを活かすことでライオネルの突きが届く前に攻撃することに成功したが、アヴァロストはライオネルやブロドのことを分かっていなかった。
ライオネルは大盾に魔力を流し頭と胴の攻撃だけ防ぎ、両足を犠牲にすることでアヴァロストの首へ剣を突き刺すことを優先した。
ただアヴァロストが回転していた分、首を少し裂いただけになってしまった――その時だった。
ブロドがそのライオネルの剣を両手の掌で受け止め、力の限りアヴァロストの首を落とすために自らの両手を切り裂かきながら全ての力を込め、ついにアヴァロストの首を落とした。
ブロドはその勢いを止めることが出来ず、何度も回転してから止まった。
そこで二人の【狂化】が解け、全身の痛みで意識が飛びそうになる。
しかし負けず嫌いの二人は痛みを我慢し、互いに声をかける。
「俺の勝ちだな」
「私の攻撃に便乗したのだから、私の勝ちだ」
「この負けず嫌いな奴だ」
「どの口が言っている」
二人は決して口にすることはないが、互いに命を預けた相手が好敵手で良かったと思っている。
そして自分達の命が尽きていくのを感じる。
「ルシエルとの……約束は守りたかったん……だが……な」
「師匠のくせにルシエル様……を分かって……いないな」
ブロドはライオネルの言い方がかなり引っかかった。
しかしそこに驚きの声が混ざる。
「人族とは斯くも魔族と考えが違うものなのか」
「「!?」」
「何を驚いている。首を落とされたからと魔神に片足を突っ込んだ我が直ぐに死ぬわけがなかろう」
「普通は……それで終わる……んだよ」
「一つ聞く……死ぬことは……死ぬのだな」
「うむ。邪神のせいで心ゆくまでは楽しめなかったが、戦い自体には満足した。惜しむらくはこのような戦いを味わいたかったがな」
アヴァロストの言葉を聞き、ブロドとライオネルは同族なのだと理解した。
「死ぬ前に我を殺した人族の名前を聞きたい」
「ブロド……だ」
「ライオネル……邪神を倒す……ルシエル様の従者だ」
「……俺が師匠だ」
アヴァロストにはここでも競い合う二人の関係を少しだけ羨ましく思えた。
「ブロドとライオネル……覚えたぞ。そろそろ時間切れのようだ」
その言葉を聞き、アヴァロストが死ぬのだと判断したが、そうではなかった。
「ほら、浮いていた石が落下してきただろう? この空間を維持していた魔力が切れたのだ」
「そういうことは……先に言え!」
「最後まで……諦め……ることは……ない」
アヴァロストはこの諦めない心が絶対的強者の自分を倒したのだと理解し、この二人と死ぬのならば悪くないと思えた。
そして空に浮かんでいた数多の巨大な石の塊がブロド達へ降り注いだ。
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