391 好敵手は最大の……
少し時は遡り、ブロドとライオネルはルシエル達を先へ進めるため、自分達よりも別次元の存在だと認識しながらも六本腕の魔族の後を追った。
部屋の中央まで進んだ直後、二人は別の空間へ移動させられたことを直ぐに理解させられた。
常闇のような空に浮かぶ数多の巨大な石の固まり、一定の距離を囲い逃げ道を塞ぐのは青白い輝きを自ら放つクリスタルの壁だ。
地面は暗黒大陸の大地みたいに固いが、これなら足を取られることもないだろう。
二人は瞬時に戦闘環境を把握し、純粋に戦うための場所だと認識し、六本の腕の漆黒の騎士へと視線を向けた。
漆黒の騎士は二人の戦闘態勢が整うのを待っていたかのように六本の腕を伸ばすと、それぞれの手に瘴気を纏った漆黒の剣が出現して握った。
ブロドとライオネルは視線を合わせると会話することもなく、その場でブロドが風の魔力を込めた斬撃を放ち、ライオネルも炎の大剣から巨大な炎弾を放った。
漆黒の騎士はその場を動くことなく握られていた剣を瞬時に漆黒の盾へ換装させ、六枚の盾で一面の壁が出来るように構えた。
そこへ斬撃と炎弾が到達したのが、漆黒の騎士の盾が紫色に怪しく輝くと音もなく消えてしまった。
二人は何故ルシエルの魔法が消えてしまったのか理解し、どうやら隙を突く以外は接近戦で倒すしか選択肢がないのだと悟る。
どうやらここが死地で間違いないことを二人は悟り、最後になるかもしれない会話を始める。
「有難いことにルシエルと教皇の支援魔法は発動したままだ」
「無理が出来るのは支援魔法が切れるまで、そう言いたいのだな?」
「ああ。それまでに弱点は……なさそうだが、突破口は探しておきたい」
「そうか。旋風、何か奥の手は残っているか?」
「お前こそどうなんだ、戦鬼」
「ある。レベルが初期化されたことが幸いしたな」
「なるほど。お前も新たなスキルを得たんだな」
どんなスキルを取得したのかお互い口にすることはせず、長い間ずっと好敵手だった相手のことを考える。
「壁が簡単にやられてくれるなよ」
「それはこちらの台詞だ。私の負担を軽減するために必死で動き捕まるなよ」
「寝言は寝て言え。その間に倒しておいてやる」
「それならあれを倒した方が上だと認めるのはどうだ?」
「面白い勝負だな」
「決まりだな。どうやら相手もそろそろ待ち疲れたみたいだし、そろそろ死合おうか」
「「死ぬなよ(死んでくれるなよ)」」
二人は最後に言葉を被らせ、互いに飽きれたように笑い、漆黒の騎士へと駆け出した。
速度のあるブロドが先行し、既に漆黒の騎士には漆黒の剣が握られているが、ブロドを追い越していく小さな炎弾が漆黒の騎士へ迫る。
漆黒の騎士は剣を盾へ換装することをせず、剣を無造作に振うと紫色の斬撃が飛翔し、ライオネルの放った炎弾を呑み込みブロドとライオネルへ迫る。
ブロドはその斬撃を最小限の動きで躱し、ライオネル魔力を込めた大盾の端へわざと掠らせることで威力を測った。
そして巨躯である漆黒の騎士の攻撃範囲にブロドが入った瞬間、漆黒の騎士は左足を少しだけ前に出し右手三本から角度とタイミングを変えた威力のある攻撃が繰り出されるが、ブロドはそこからさらに加速して漆黒の騎士の左手側へ駆け抜け攻撃を躱すことを選択。
半身になった漆黒の騎士は左手の剣でブロドを貫こうとするが、体勢が不十分のためブロドは見切れると判断、そこへライオネルが生み出した巨大な炎弾がブロドを援護が入った。
だが、そんな小細工は通じないとばかりに左手はブロドへの攻撃を維持し、ライオネルの炎弾は先程よりも明らかに強くなった斬撃を放って空中で炎弾を爆発させた。
ブロドへの攻撃は左手三本を巧みに使った時間差のある突きだったが、これがブロドにとっては幸いした。
上下から放たれた突きをブロドは右へ飛びながら、迫りくる漆黒の剣へ自らの剣を叩きつけ、そこで生まれた反発を利用して漆黒の騎士の攻撃範囲から離脱することに成功したのだが、ブロドの表情は曇る。
「ちっ」
舌打ちをして手にしていた剣を投げ捨て、新しい剣を魔法袋から取り出した。
ブロドが投げ捨てた剣には罅が入り、あと一合でも打ち合えば折れてしまうことは明白だった。
名工であるグランドとドランが協力して龍の素材を用いて作ってくれた剣ではあるが、使い手に差があればどんな名剣でも駄剣に成り下がってしまう。
ブロドはそれを理解しているからこそ、自分が未熟な剣を振ってしまったことを悔やんだ。
(瘴気を纏った剣を叩くには魔力を流して強化しておくべきだった。攻撃を避けることに意識を持っていかれ過ぎたぜ)
漆黒の騎士はその場に留まったまま動きを見せず、ブロドはライオネルの位置を確認してから再び漆黒の騎士へと仕掛けるふりをしてライオネルと漆黒の騎士を挟む位置へ移動した。
これにより漆黒の騎士の強さは半減したと判断したブロドは再度そこから風の斬撃を放ちながら今度は漆黒の騎士へ接近し、ライオネルもまた炎弾を放ちながら接近し始める。
漆黒の騎士はやはり盾ではなく斬撃でブロド達の攻撃を迎撃するが、腕だけで斬撃を放っているからなのか、そこまでの威力はないことを確認したブロドは斬撃の速度を上げていく。
そしてついにブロドの飛ぶ斬撃が漆黒の騎士へ届いたのだが、漆黒の騎士が纏っている鎧の防御力が高いからなのか、傷つけることまでは叶わなかった。
ただ攻撃をその身に受けたことで漆黒の鎧から瘴気が立ち昇ると、凄まじい勢いで突如としてブロドへ接近して襲い掛かった。
六本の腕を巧みに操ることで流れるような連撃を生み出し、その威力は当たれば一撃でブロドの命を刈ってしまう程に恐ろしいものだ。
「おぉ怖っ! 危なっ! もう少しで当たっちまう……かもな」
そう当たれば恐ろしい結末になってしまうが、ブロドは漆黒の騎士の動きを完全に読み切ることで致命傷を負うことなく戦い続けていた。
これは【超直感】【危険察知】【見切り】【姿勢制御】【舞踊】という珍しくもないありふれたスキルを組み合わせたことによる恩恵を遺憾なく発揮し、回避に専念しているからだ。
ただいくら攻撃を躱されても漆黒の騎士は攻撃の手を緩めることはなく、徐々にブロドの背にクリスタルの壁が迫り始めると、漆黒の騎士の攻撃が激しさを増した。
そしてついにブロドはクリスタルの壁まで追い詰められてしまい、一瞬だけ漆黒の騎士が勝ち誇るような気配がした。
「ああ、追い詰められちまった~」
ブロドのそう口にした直後、六本の剣が逃げ場を失ったブロドに向けて振られた。
その瞬間――。
「なんてな」
漆黒の騎士の後ろから命を刈り取ったはずの声が聞こえてきた直後、両足の太腿と三本の右腕と右の首筋に違和感を覚えながらも振り返ると、そこには汗だくになりながらも挑発するような笑みを浮かべたブロドの姿があった。
そして漆黒の騎士は違和感のあった三本の腕と首を撫で、太腿を確認してからようやく目の前にいる矮小な存在に攻撃を受けたことを認識した。
「攻撃を受けても痛みを感じないのに防御力まで別次元とは恐れ入る……が、弟子が待っているから倒させてもらうぞ【旋風斬撃【息吹】【刃】【凪】【塵】】」
ブロドはここで漆黒の騎士へS級冒険者の時に竜を倒した自分の異名となった連撃を放つ。
歩行術を極意である【瞬動】で瞬間移動したような速さを駆使し、ある一定の空間を飛び跳ねることを維持する呼吸法【息吹】
風魔法で空気の壁を作り、無数の飛ぶ斬撃を飛ばず【刃】天高く舞い上がり敵の認識外へと消える【凪】標的を塵にするために【瞬動】の落下速度を斬り落とす【塵】
ただ倒せた竜とは違い、漆黒の騎士は飛ぶ斬撃をその身に受けても怯まず、天高く舞い上がったブロドを補足したまま落ちてくるブロドを迎撃する構えを取ったのだが、ここで漆黒の騎士に予期せぬことが起こる。
「私を忘れるとはいい度胸だ」
今まで存在を消していたライオネルが地を這うような角度から漆黒の騎士の腹を斬ったのだ。
漆黒の騎士にはライオネルが憤怒した鬼に見えた直後、首と背中に衝撃を受け、地面へと吸い込まれていくのを感じた。
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