390 殻を破り絶望を知る
ルミナは教皇の下へ駆け寄り、教皇への声をかけた。
「教皇様、ご無事ですか?」
「……ルミナも無事で良かったのじゃ」
教皇はそう口にするが、ルミナには視線を向けず、空に浮かぶ魔法陣を絶望した表情で見上げたまま微動だにしない。
(ここまで心を折られてしまっているとは……)
ルミナは教皇がこれ以上は戦えず、支援魔法も期待することが出来ない可能性を考え、装備を確認することにした。
(幸い剣は罅もなく、折れても曲がってもいない。ただ教皇様の支援なく私だけでどこまで戦えるか)
そうルミナが思考した時だった。
何の前触れもなくルシエルがいる方向から体勢が崩される程の突風をルミナは浴び、ルミナはルシエルへ視線を移す。
するとルシエルを中心に青白く輝く魔法陣が出現しており、その周囲を黄金に輝く魔力の奔流がこの世界と隔絶させるようにルシエルの姿を隠した。
(暖かい……。この身を全て委ねたくなる魔力だ。だけどルシエル君は大丈夫なのか?)
いくら数多の試練を乗り越え人類最高クラスになったルシエルとはいえ、人の身でこれだけの魔力を何のリスクもなく扱えるとはルミナには思えなかった。
ただルシエルが言葉通り全てを賭けたのだと悟り、ルミナは自分が託されたことだけは全うしようと決意したところで、邪神の魔法陣から四つの瘴気の固まりが落下してくることに気がついた。
「教皇様、敵襲です」
そう告げたが教皇からの返答はなく、ルミナは教皇の力を借りないと飛翔すら出来ない自分の力不足を悔やんだ。
そこへ落下してきた瘴気の固まりが徐々に変化し始め、ルミナはやるせなさを感じずにはいられなかった。
何せニ体は自称魔王を名乗り自分と戦った魔族と酷似していたからだ。
きっと残りの二体も自称魔王を名乗った魔族と同等の力を持つ強敵なのだろう。
ルミナは一度だけ深呼吸をしてから決断した。
「教皇様、申し訳ありません。私は御身よりも最後まで全てを賭けて戦うことを選択したルシエル君を優先します。生きることに足掻けないのであれば既に死んでいること同義。邪神に殺さるのをただ待っていればいい。私は最後までルシエル君とともに戦う」
ルミナは教皇に視線を向けることなくそう言い放つと、落下してくる魔族達へ攻撃を開始する。
「ハッアアアアア!!」
ルミナの目的はルシエルのための時間稼ぎのみ。
ここで力尽きても構わないと風属性魔法【アクセルブースト】で加速。
光属性魔法【ディバインバースト】で自分の剣を疑似聖剣へ換装。
スキル【限界突破】で限界を超え、スキル【真実の愛】でルシエルが負うダメージの半分を自身へと肩代して、万が一にも備え、ルミナは四体の魔族へ飛ぶ斬撃を放ち続ける。
しかし、少なからずダメージを負わせているにもかかわらず、魔族達はルミナを無視してルシエルがいるはずの黄金の魔力へ尋常ではない魔法で攻撃を浴びせ、突撃して黄金の魔力を崩壊させようとする。
ルミナは自分の攻撃が魔族に対して脅威になっていないことを悔しく思いながらも攻撃の手は緩めない。
その時だった。ルミナにあの何でも出来そうな全能感が戻ってきた。
ルミナが振り返ると教皇が戦う姿勢で世界樹の杖を魔族達へ向けていた。
「ルミナ、悪かったのじゃ。ずっと邪神を恐れて暮らしてきたから絶望に立ち向かう勇気を忘れていたのじゃ」
「教皇様」
ルミナは教皇が自ら立ち上がってくれたことに感謝した。
「妾は妾に出来ることを最善で尽くすだけじゃ【【数多の精霊達よ 妾の魔力の下へ集い糧とし 邪悪な存在と穢れを取り払う希望の光となれ ホーリーメテオ】】」
「【万物の宿す生命の始まりを司る栄光の光の御手よ 我が願いは正義の執行 しかしこの身一つでは足りず 我が魔力を糧とすることで我が分身を生み出し正義の執行を願う プリズムファントム】」
教皇の不可視の魔法は魔族にとって放っておくいことが出来ない威力、そして教皇により強化されたルミナの幻影を生み出すプリズムファイントムは本来とは違い実体化した幻影が四体出来上がり四体の魔族へ飛翔して接近する。
すると魔族達はついにルミナと教皇を潰すことを選択し魔法や特殊攻撃を繰り出すが、ルミナと教皇は時間を稼ぐための行動を意識しているため戦線から離脱するようなダメージを負うことはない。
(この魔族達だけなら妾とルミナだけでも十分じゃな)
そう教皇が確信した時だった。
「!? ぐっぅうううううっっっ」
ルミナがその場で蹲り、プリズムファントムで実体化した幻影も全て解除され消えてしまった。
「ルミナ、どうしたのじゃ!?」
しかしルミナは身体を痙攣させ、ついには意識を失ったように見えた。
「くっ、妾は世界を救い伝説となった父様と世界選んだ母様の子じゃ。簡単に勝てるとは思わぬことじゃ」
そう自らを奮起させて放った言葉を魔族達が挑発と捉えたかは分からないが、全ての攻撃が教皇フルーナに浴びせられる。
瘴気を纏った魔弾、瘴気を帯びた鎖、全てを切り裂きそうな鋭い飛ぶ斬撃、それらを回避するため教皇フルーナは精霊魔法を駆使して飛翔して躱す。
そこへ待ち構えたように物理攻撃を教皇フルーナの二倍はある巨躯が接近し、四本の腕で攻撃した。
だが、ここでもレインスターが愛娘のために作った結界の魔道具が発動し、危機が一転し機会が到来した。
「【この星に住まう数多の精霊達よ 森羅万象を司る精霊達よ 邪悪に穢れた咎や罪を祓う羽根となり楽園へと導け |楽園へと誘う聖なる羽根】」
至近距離から青白く輝く光の数多の光の羽根が世界樹の杖から放出されたが、魔族は痛みを感じることもなく教皇フルーナを攻撃しようとする。
フルーナに攻撃が届くことはなく、徐々に自分の身体が縮んでいくことを知り生まれて初めての恐怖を覚える。
「大丈夫じゃ。怖がる必要はないのじゃ」
教皇フルーナがそう告げると魔族は大人しくなり、意識を手放し消滅した。
フルーナはほっと一息吐きたかったが、まだ戦闘は終わっていない。
魔族達はフルーナの理解することが出来ない攻撃に恐怖を覚え、熾烈な遠距離攻撃を次々と繰り広げる。
その攻撃をある程度は躱し、避けきることが出来ないものはレインスター卿の魔道具が守ってくれる安心感から、フルーナはホーリーメテオを放ちながらホーリーインビテイションヘブンを放つタイミングを窺い続けた。
ルシエルが前線へと復活してくれるまでにフルーナは時間を稼ぐだけでもいいという精神的なアドバンテージがあった。
そしてついに魔族達はフルーナを倒せないことに業を煮やしたのか、三体が三方向から同時に接近戦を仕掛けてきたところでホーリーインビテイションヘブンの範囲に三体同時に入ってきてくれた。
フルーナはしっかりとホーリーインビテイションヘブン発動し、魔族達を羽根が?み込んだ――その瞬間、フルーナの視界は意味も分からぬ速度で回転しながら地面へと迫り叩きつけられた。
そしてフルーナの耳に魔道具の割れる音が耳に届き、遅れて全身に傷みが奔った。
「な、なにが……あった……ああっ」
視線が定まらずともフルーナは何に叩きつけられたのかを理解するまでに時間は掛からなかった。
そこには絶望を体現した邪神だと思われる存在があった。
頭には真紅の角が生え、天使と相反する悪魔のような六対の漆黒の羽根を纏い、身体の半分は龍となり、時空龍と同じぐらいまで巨大化していた。
しかし何よりもフルーナが恐れたのは、世界を破壊することが出来てしまいそうな瘴気が混ざったその魔力だった。
人類が相手にしていい相手ではなかった。
フルーナは絶望と恐怖のあまり涙が出ていることさえも気がつかず、倒しきることが出来なかった三体の魔族が襲いかかってくる姿も視界に移すことなく、ただ邪神を見つめたまま終わりの時を迎える。
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