388 崩壊と混沌の始まり
師匠達が消えた場所には魔力の痕跡などもなく、通過することが出来てしまった。
俺はあの二人が揃っていれば何があっても大丈夫だと自分に言い聞かせ、紫黒の球体へ接近していく。
「あれは瘴気が出来た繭みたいなものじゃな。あの中で邪神が身体を癒しているのであれば妾が永遠の眠りにつかせるのじゃ」
教皇様は世界樹の杖を紫黒の球体へと構えたのだが、そこへルミナさんから声がかかる。
「教皇様、万が一に備えあの付与魔法をお願いしてもよろしいでしょうか」
ルミナさんには既に俺の聖域鎧と教皇様の付与がされている。しかし師匠とライオネルがいなくなってしまい念には念を入れたいのかもしれない。
教皇様もルミナさんの気持ちを汲み、詠唱を始めた。
「【数多の精霊達よ 妾の魔力の下へ集い糧とし 邪悪な存在と穢れを退ける力を付与せよ ホーリーアトリビュートグラント】」
教皇様の付与魔法を受けてもルミナさんの外見に変化はなかったが、気持ちの余裕は生まれたのか、教皇様を守るように一歩先へ出て構えた。
そして俺も念のために聖域結界を発動し、それを見て教皇様は微笑みながら詠唱を開始した。
「【数多の精霊達よ 妾の魔力の下へ集い糧とし 邪悪な存在と穢れを取り払う世界樹を救う光となれ ホーリーメテオ】」
世界樹の前で教皇様の放った時は無色の波動だったが、紫黒の球体とぶつかったと思われる瞬間にまず空気が振動し城全体が激しく揺れたような感覚に陥る。
紫黒の球体からは赤黒い魔力が迸り、教皇様の魔法をぶつかり合っているのが分かる。
「次じゃ【この星に住まう数多の精霊達よ 勇者の導き手たる森羅万象を司る精霊達よ 穢し邪悪なる存在に裁きの鉄槌を下せ オーダージャッジメント】」
世界樹の杖の先端から膨大なエネルギーの含んだ光の玉が出現したが、ネルダールの時とは違い膨らみながら数えきれない程の光弾が紫黒の玉へぶつけられただけでなく、城まで破壊していく。
そしてついに紫黒の球体に罅が入ると窓ガラスのように割れ、球体の中で丸まって寝ているような邪神の姿が見えたが、教皇様の魔法はそのまま継続され数多の光弾が邪神へと降り注ぐ。
このまま決着して欲しいと心の底から思っていたが、そんなに甘くないことを俺達は知っていた。
だからだろうか、光弾の中から突如現れた赤黒い魔弾が聖域結界を破壊せん威力でぶつかっても焦ることはなかった。
ただ教皇様の強力な魔法では邪神を倒すまでには至らないことが分かった。
光弾が原因で視界を遮ることになると判断したのか、教皇様は光弾を止める球体が砂のように崩れたと思えば邪神を中心に渦が出来上がり、俺達はその場から後退する。
何が起こってもいいように邪神を注視していると渦が徐々に小さくなっていき、片手を上げた邪神の掌に収まった。
あれをこちらに放たれたら聖域結界が崩壊する可能性が高い。考えろ。何があっても考え続けろ。
「《いきなり無防備な余に攻撃とはつくづく人類というのは身勝手なことよ》」
見た目などの変化はあまりないが、それほど時間が経っていないはずなのに邪神はブランジュ公国で戦った時よりも存在感が増している。
「それはこっちの台詞じゃ。この世界を混沌に陥れた元凶が何を言う」
既に教皇様は邪神を恐れていないのか、震えることなく舌戦を始めた。
「《この世界を全て自分のものにしたいという欲望が余を召喚したのだ。余はそれを手伝ったに過ぎぬ》」
「それならば召喚した者達が既におらぬこの世に留まる必要などないじゃろ」
「《神である余が予測不可能な人類と魔族で遊戯をするのに我慢する必要があるのか?》」
「其方など主神クライヤ様に見つかるのを恐れ、他の神に挑むことなく弱者を嬲るしか取り柄のない下種じゃ」
「《くっくっく、余に向かって下種とは愉悦。それならばジョブやレベル、スキルなどを設け競い争わせる世界を創造したクライヤは余とどこが違うのだ?》」
「主神クライヤ様は……人類が努力し競い合い切磋琢磨することを促しているのじゃ。優れたジョブを得ても努力しなければレベル差で負け、レベルが高くともスキルを磨かなければ負けるように出来ているのじゃ」
教皇様はじゃんけんや三竦みを例に挙げたが、俺はその考えが正しいとは思えなかった。
確かに成人の儀で授かるジョブは自分の努力ではどうにもならない問題だ。そしてジョブで優劣が判断されてしまうことが歴史的にはこの世界に浸透してしまっている。
これを主神であるクライヤが創造した遊戯だと邪神が判断したのかもしれない。
ただジョブは努力変えることは出来る。
出来るのだが、問題としてジョブを変更することが出来る者は限られており、その情報は一般的には秘匿されている。
そのため成人の儀でジョブを授かり、投げやりになってしまう者も少なくない。
《詭弁だな。今まで一番その恩恵を享受してきたレインスターの娘らしい》
「教皇様」
純粋過ぎる教皇様がこれ以上邪神との舌戦で気力を失うことを避けるために、俺は魔力結晶球を教皇様へ軽く投げ渡した。
「ルシエル……」
教皇様は何とも言えない表情をしていたが、俺は邪神に声をかける。
「確かに主神クライヤは人々が競い合うように世界を創造したのだとしよう。だが、授かったジョブを努力で変えることが出来ることを知ったレインスター卿が、誰でもその恩恵を享受できるように構築することを知ったからレインスター卿を潰すことにしたのだろ?」
「《何を根拠にそう考えた?》」
邪神は面白そうに問うてきた。
「もし混沌とした世界を望むのなら、人類だけが努力次第で誰でも優れたジョブに変更することが出来てしまうと手持ちの駒で遊戯に参戦しても負けるのが明白だから、バランスブレイカーだったレインスター卿を排除したのだろう」
「《くっくっく、さすが転生者はこの世界とは違う思考を持ち合わせているな》」
邪神の言葉を聞いて教皇様とルミナさんが俺を見たのが分かったが、俺は邪神に集中する。
「最後に聞きたいことがある。なぜ今になって再び世界を混沌に陥れようと動き出したんだ」
「《余が自ら動き出したのではない。欲望を叶えようと余の力を欲した者達がいた。余は暇つぶしに遊戯に興じてみることにしただけだ。そのおかげで少しは楽しめているが……そろそろ飽きてきた》」
邪神がそう言った直後、両手を上に伸ばすと瘴気の渦がどんどん巨大化していき天井へ到達、しかし渦は止まることなく天井を呑み込み屋根が消えたところで邪神の魔力が高まる。
「《さぁ人類対魔族、魔物の覇権を賭けた遊戯の開幕だ。はぁあああああ》」
邪神は瘴気の渦をレインスター卿の結界を破ろうとしていた魔族や魔物達が束となった瘴気の渦にぶつけた。するとレインスター卿が暗黒大陸を封印していた結界がやすやすと破壊されてしまった。
「《これで魔物は強化され、迷宮からは魔族や魔物が次々と生まれ集団暴走を起こし、世界を混沌へと誘うだろう。貴様達がその未来を見ることはないだろうが、「唸れ、セイクリッドスパイラル」なっ!?》」
ルミナさんは存在感を消したまま、ずっと機会を窺っていたのだろう。邪神が喋っている隙を見逃すことなく剣技で見事に胸を貫いた。
直ぐに俺も追撃のため浄化波を放ちながら、幻想剣に魔力を込め連撃を繰り出す。
「【【聖龍剣】【炎龍剣】【土龍剣】【雷龍剣】【水龍剣】【風龍剣】【闇龍剣】【光龍剣】【毒龍剣】【時空龍】集え【龍祭】】」
龍達の魔力を込め龍剣を振り、全ての龍が競うように邪神とルミナさんへと向かっていくが、龍剣を察知したルミナさんが後方へ飛び、小さな聖龍の進路と重なってしまう。
しかし小さな聖龍はルミナさんの身体をすり抜け、他の龍剣と同じように邪神暴れ出し、そこへ教皇様が二度目のオーダージャッジメントを発動した。
邪神は龍と数多の光弾を浴び膝を突き、龍剣と光弾に吞み込まれたのだが、嫌な予感がした俺は聖域結界を重ねて展開し、魔法袋から魔力結晶球を取り出し魔力を回復したところで赤黒い光が俺の視界を染めつくした
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