385 暗黒大陸
長い間、放置して申し訳ありませんでした。
……あれ? 俺達は時空龍に飲み込まれたはずだよな? いつの間にか聖龍幻化は解かれているし、時空龍の胎の中にいるはずなのに……。
俺は瞬きする間もなく見慣れない場所に立っていたことにまず驚き、次に視界を覆う瘴気の濃さに驚き、最後に崖を削って作られたと思われる黒紫色に発光する不気味な城を見て理解させられる。
ここは時空龍の胎の中でもなければ、公国ブランジュでもないのだと……。
俺と同じように師匠達も周囲を確認したのか、ここが公国ブランジュではないことを悟り、少し混乱しているみたいだけど、言葉を交わすこともなく直ぐに周囲を警戒し始めた。
その姿を見て、誰一人欠けることなく無事であることが分かり、まずは安堵した。
そこで俺は視線を上げ、空中でこちらを見下ろし、この場所へと連れてきた存在である時空龍へと声をかけることにした。
「ここは既にアストラル界ではない……そういう認識でいいですか?」
『その認識でいいよ。邪神がまさか暗黒大陸にいるとは思っていなかったから、間違えて連れて来ちゃったんだ』
「連れて来ちゃったって……。ここがレインスター卿の封印した暗黒大陸だと?」
空は赤黒いし、太陽は朧気で、大地は干からびており、瘴気満ちている。
とてもここは人が生活する場所ではないことは直ぐに理解したが、まさか暗黒大陸だったとは……。
『そうだよ。想像以上に邪神は力を失っているみたいだから、少しでも力を蓄えようと暗黒大陸に転移していたんだろうね』
「力を取り戻すって、そんな必要が……あっ」
時空龍の言葉に自称魔王を倒した時に入手した魔石のことを思い出した。
あの魔石が邪神の失われた力を取り戻すために必要なのだとしたら、きっとあれでも万全ではなかったのだろう。
つくづく異次元な存在なのだとため息を吐きたくなる。
もしあの魔石が渡っていたら、そのことを想像するだけで気分が悪くなりそうだが、まずはそれを回避できたことを喜ぶべきだろうな。
さて、問題はここからだ。
主神クライヤは先程、この場所が暗黒大陸だと告げた。
そのことから魔物や魔族がうじゃうじゃといるイメージがあったのにどこにも見当たらないし、その気配すらなかった。
それどころか俺達が先程まで戦っていた魔族達の姿も見当たらず、俺はそのことを訊ねることにした。
「俺達が戦っていたあの魔族達はどうなりましたか?」
浄化して魂だけは救おうと思っていたのに、その姿がどこにも見当たらなかったのだ。
『それなんだけど、あの魔族達は暗黒大陸へと入った途端、姿が消えてしまったんだよね。だから警戒はしていたけど、何も起こらないんだよね』
主神クライヤなら全てを見通すことが出来ると思ったんだけど、そこまで万能ではないのか……。
もしくは同じ神である邪神の隠蔽する力が優れており、直ぐには分からないのかもしれないな。
あと考えられるとしたら、周辺に魔物や魔族がいないことと何か関係しているのかもしれないということだけだが、これはただの想像でしかない。
結局、あの黒紫色に発光している不気味な城へ行かなければ何も分からないというのが正しいのだろう……。
「本当ならあの不気味な城には行かず、元いた場所に戻りたかったのですが……」
『元の大陸に転移させることは出来るよ』
主神クライヤの甘言に乗ってしまいたくなるけど、それだと邪神が力を蓄える時間を与えると同義なのだから乗ることは出来ない。
そのことがとても悲しい。それに……。
「時空龍として現界しているのにも限界があるでしょう。俺達と一緒に戦ってくれるのですか?」
『残念ながら、あまり現界していられないだろうね。だから消えてしまう前にあっちの大陸へと転移させてあげることも出来るけど?』
俺は主神クライヤの言葉を聞き、師匠達に視線を向けると、師匠は笑みを浮かべ、ライオネルは目を瞑って微笑み、教皇様とルミナさんは首を振ってから頷いた。
ああ、これが英雄譚に出てくるような志を持った人達なのだろうな。
俺はふとそう思い、本当に誰も死なせたくない、いや、再び聖属性魔法を失うことになったとしても、絶対に死なせないと時空龍を見て誓った。
「邪神が俺達の世界に生涯関わらないでいてくれるのであれば、このまま帰りたいのが本心ですね。それが無理なことも分かっているので、本当はもっと力になって欲しかったのですが……。再び召喚することは出来ないですね?」
『アストラル界だったから召喚に応じることも出来たけど、さすがにこの世界で再召喚は不可能だろうね……』
やはり創造神の依り代とはいえ、人の身で神を召喚するのは無茶だったか……。まぁアストラル界でそれを試すことができたのは本当に運がよかったのだろう。豪運先生達に感謝だな。
「ところで、アストラル界に召喚した際、邪神がいたのなら封印、もしくは消滅させることは出来たのでしょうか?」
『もちろん……と、言いたいところだけど、この依り代で召喚されても動きを封じたり、逃げられないようにしたりするだけで、たぶん精一杯だっただろうね』
はぁ~理不尽だよな。創造神が依り代とはいえ、倒せない相手と戦わなければいけないのだから。
「……せめて邪神の弱点とか、倒すための助言はありませんか?」
『邪神でも彼は神だから、消滅することはないんだ。ただその神であるが故に制限もまたあるんだ』
薄々は想像していたけど、やはり人の身では消滅させられないのか。
「触れるだけでアンデッド化させる存在の制限とは?」
『邪神の身体もまた依り代であり、魔力と瘴気を失い続ければ現界することが困難になるのさ』
「しかし、それでは直ぐに復活してしまうのでは?」
『そこまでやってくれたら、あとは任せてくれていい。世界の異物を取り除くのはこちらの領分だからね』
創造神クライヤの言葉は信じたいけど、その領分を侵されたから邪神がレインスター卿の時代と俺達の時代に現界したのだ。
やはり念のためを考えておかなければならないようだ。
「分かりました。俺達はこれから邪神を倒しに行きます」
『ルシエル君とその仲間達、世界の命運を頼んだよ」
とても軽い言葉だったが、声に威厳があるからなのか、託された気がした。
「アストラル界から脱出させていただき、ありがとうございました」
『うん。あ、それと依り代が消えるまでは向こうの大陸に戻れるから、無理だと思ったら退却するんだよ』
「そうならないように頑張ります。ですが、万が一の場合は頼らせていただきます」
『任された』
時空龍はそう告げると空中で八の字を描き、空へと昇っていった。
俺は皆へと視線を向けた。
「聞いていたと思いますが、どうやらここが暗黒大陸です。激戦が予想されますが、ウォーミングアップは出来ましたよね?」
「ああ、ようやく身体が温まってきたところだ。ここからは俺が敵を蹴散らしていく」
「旋風よ、仕方ないから雑魚は任せる。私は邪神までルシエル様と教皇様の盾となることにしよう」
「まぁその方がいいだろうな。聖騎士の嬢ちゃんはどうする?」
「教皇様とルシエル君の守護を戦鬼殿が引き受けるのであれば、私も露払いすることにします」
「教皇様、準備はいいですか?」
「うむ。父様と母様が守った世界を今度は妾が、妾達が守るのじゃ」
どうやら煽って焚きつける必要などないぐらいモチベーションは高く、冷静で役割分担も各々で判断することができる。
これは頑張らないと俺が足手纏いになってしまう状況だな。その分、安心感があった。
「それじゃあ、行きましょう」
「おおっ!」「はっ!」「ええ」「うむ」
それから俺達は師匠を先頭に黒紫色に発光している城へと走り出すのだった。
お読みいただきありがとうございます。
何とか執筆することができるようになりましたので、無理をせずに再開していきます。