384 時空龍の
主神クライヤの依り代である時空龍はその姿を見せると、周囲の状況を確認するかのように塒を巻きながら空へと舞い上がっていく。
突如として顕現した時空龍のその存在感に、邪神が召喚した魔族達だけでなく、師匠達もその場を動けなくなってしまっていた。
これなら時空龍の召喚を事前に師匠達へ伝えておけばと良かったと思いつつ、別の意味で動けなくなってしまった俺自身については想定が甘かったのだと猛省していた。
『まさか自力で召喚されるとは思ってもみなかったよ。まぁその代償は支払っているようだけど……』
「…………」
頭に主神クライヤの声が響き、空に浮かぶ時空龍を見つめる。
ぶっつけ本番で時空龍を召喚することには成功したものの、どうやら消費魔力が足りず、それを補うために生命力まで消費してしまったらしく、呼吸さえままならない状態になってしまっていたのだ。
俺は魔力結晶球と高級ポーションを魔法袋から取り出し、まずは何よりも回復に努めることを優先させることにした。
ただ魔族達は時空龍が攻撃することもなく、俺の頭上で旋回していることと、その時空龍を召喚した俺が動けずにいることを察したのか、この隙をついて襲撃することを判断したようで、五体の魔族が一斉に動き出した。
その魔族達に対応するべく、師匠とライオネルが魔族へと攻撃を仕掛けて応戦し、教皇様とルミナさんが援護に回ることにしたらしい。
師匠は聖域結界の中から飛び出すと、自分の二倍ありそうな五体の魔族達とは正面から打ち合わず、隙間を縫うように斬り込んでいく。
当然そこまでのダメージは与えられないが、魔族達の敵対心を煽り、攻撃を自分へと集中させる作戦だったのだろう。
そこへライオネルが強力な追撃を加え、距離がある魔族へは飛ぶ斬撃で牽制していく。
二対五ではあるものの、明らかに師匠とライオネルが着実にダメージも与えているように思えた。
しかし魔族達は攻撃されて負傷したにも関わらず、全く怯むことなく師匠とライオネルに襲い掛かったのだ。
これには師匠とライオネルも想定外だったのか、渋い顔になりながらも何とか攻撃を避けたり、防御したりして対応するが、五体の魔族は攻撃を緩めない。
ただそこへ教皇様の精霊魔法とルミナさんの飛ぶ斬撃の援護が入ると、魔族達は無理に攻撃を続けることなく後方へと下がった。
どちらも決め手に欠けるというよりは、まだ様子見のような状況だ。
もちろん結果的にそうなっているだけで、師匠達の方が一方的にダメージを与えているのは間違いない。
しかしそれで有利になるのかと問われればそうとは言いきれない。
何故なら魔族達は痛覚が存在していない可能性が高く、さらに師匠達の攻撃を受けて出来たはずの傷が消えていることから自然治癒の回復量が非常に高いからだ。
まぁ師匠達が本気であれば既に決着はついているだろうけど……。
それにしても魔族達がいきなり出現した時空龍に対しては一切攻撃するような素振りがないのが意外だったな。
的だけでいえば一番大きいのだから、狙われるだろうと思っていたんだけど……。
俺の視線を感じたのか、時空龍からの念話が頭に響く。
『無理するからそうなるんだよ。それよりも邪神の姿が見えないようだけど?』
まぁ時空龍も召喚された場所に邪神の姿がないことに驚いただろうな。邪神と戦うために召喚されたと思っただろうし。
「先程まで、ここに邪神がいました。あの魔族となってしまった者達が置き土産です」
なんとか喋ることができるまで回復したところで、俺は時空龍に声をかけた。
『なるほど……。それでは彼奴等は時間稼ぎかな。それにしてもルシエル君、何故アストラル界にいるの?』
「アストラル界? ブランジュ公国の城の中に邪神の位置を示す大穴があって、そこを進んだ先がここへと続いていただけなのですが……」
『このアストラル界は少し特殊で空間で、龍の谷の門を潜った世界や精霊界みたいに普通は現世と交わることがない空間なのだ。だからこの空間にいる限り、あそこの魔族へと堕ちた人族は何度でも甦るけど……』
要は不死身だということだろう。でもそれは生きていると言えるのだろうか? それこそあの魔族達は邪神の力を授かったアンデッドみたいな存在にしか思えない。
……邪神が時間稼ぎというだけのことはありそうだな。
そんなことを考えた直後、再び魔族に動きがあり、今度は魔法攻撃が始まった。
師匠とルミナさんは飛ぶ斬撃、ライオネルは炎の大剣で炎の玉を放つが、魔族は魔法攻撃に長けているらしく、徐々に激しくなっていく攻撃を三人だけで防ぐのは難しくなっていく。
ただそこで教皇様が詠唱を終え、精霊魔法を行使した瞬間、一気に形勢が逆転する。
その精霊魔法はあの光の羽根が空から舞い落ちてくるもので、面倒くさそうに振ってきた羽根を払おうとした魔族の手が青白い炎に包まれた。
しかし羽根は一枚や二枚ではなく、無数に空から舞い落ちるため、五体の魔族は青白い炎に包まれた。
教皇様は手加減が苦手だったようで、これで決着がつくと時空龍を召喚した意味が……そう考えた時だった。
青白い炎に包まれたまま魔族から魔法が俺へと放たれおり、誰も反応することが出来なかったのだが、何とか聖域結界によって消滅してくれた。
まさかいくら痛覚がないとはいえ、あの炎に包まれたまま攻撃をしてくるとは思ってもみなかった。
もしかすると青白い炎が魔族を燃やすのと、魔族の回復量は同じぐらいなのかもしれない。
ただ魔法が俺に向けられたことでライオネルが怒ったのか、列火の如き猛攻で大剣を魔族へと叩きつけて吹き飛ばしていく。
これなら時空龍と話せるか。
「何度でも甦るというのなら、魔族から人族へ戻して罪を償わせることも可能なのでしょうか?」
『あれを? 本気?』
「ただの魔族として討伐する……それでは罪に対しての罰が軽すぎると、傲慢かもしれないけど思うのです」
『なるほど。まぁ邪神がまさかアストラル界と繋ぐとは思っていなかったし、これは主神である私の責任でもあるから力を貸そう……と言いたいところだけど』
「難しいと?」
『まず元に戻すも何も、既にあれは死者で、幽鬼みたいなものだよ。このアストラル界だから存在できると考えていい』
幽鬼……既に生者ではなかったのか。それだと時空龍を呼び出した意味が薄れてしまうな。
「それなら浄化して成仏してもらうしかないのか」
『既に輪廻からは大きく外れているし、消滅してもらった方が変な影響もないのだけれど……どうしても魂の救済だけはしたいの?』
そう時空龍に問われると素直に頷くことができない。
「……本来であればその命が尽きるまで罪を償ってほしかった。ただそれが叶わないのであれば消滅させたい気持ちだよ。でも邪神に人生を狂わされたのも事実だから」
性善説を信じている訳じゃないけど、転生は本当にあるのだから、環境が変わることで性格が変わることだってあり得るだろう。
それならば現世で人々を苦しめた分、来世では人々を救う存在になってほしいと自分でも何故だか分からないけどそう思ったんだよな。
『それならそう願いながら浄化するといいよ。まぁ……あ、それとこのアストラル界から準備もなく転移しようとすると次元の狭間を永遠と漂うことになるから良かったよ』
浄化した後について変な間があったけど、浄化した後のことについては神々に委ねるべきだろう。
それよりも次元の狭間に漂うって、時空龍を呼び出していなかったら、全滅していたという最悪な状況だったとは……。
邪神が魔族を召喚していなかったら、邪神を転移で追いかけていたら、次元の狭間を永遠に漂うことになっていたなんて……。
運が良かったのか、それとも邪神がそれではつまらないと感じたのか分からないけど、助かったこともそうだけど、皆を巻き込まなかったことに安堵する。
「それではこの空間から無事に脱出することと、邪神を追いかける手助けを願います」
『それだけでいいのかい? 邪神を討伐するために呼ばれたと思ったのだけれど?』
「それならば邪神と対峙した時に召喚していますよ。仮に邪神を討伐することが出来るぐらい強かったとしても、俺の魔力で召喚しているのですから、時間制限がありますし……」
邪神のように顕現し続けるなんてことは魔力の関係で普通は出来ないのだ。
『それでも邪神を追うということは何か邪神と戦う術があるんだね?』
「あります。でも術があるから戦うのではなく、守りたいと思える人達がいて、守れるかもしれない可能性があるから戦うことにしたのです」
それにたぶんこれが転生させてもらった俺が出来る最大の恩返しだろうから。
『そう……。ちなみにアストラル界にいる限り、あの元人族だった魔族達は浄化することは難しいから、連れていくことになるよ』
師匠達を一瞥して戦力に不足がないと確認してから、俺はある願いを告げることにした。
「それならこの空間を脱出した後に、ブランジュ公国で魔族となってしまった者達を元に戻せませんか?」
『それもいつまで顕現できるか分からないから約束は出来ないな』
「可能な限りで構いません」
『まぁ邪神の相手をしてくれるのだから、時空龍として最大限は協力しよう』
「ありがとうございます。それでは俺は、俺達はどうすればいいですか?」
『抵抗なく飲み込まれてもらえれば、アストラル界から元の世界へと戻そう』
時空龍は実体化しているから飲み込まれるは相当怖いけど、こればかりは仕方ないな。
でも抵抗なくということはあの魔族を抑えないといけないということか。
「それではあの魔族達を一纏めにしますね」
『仲間にも声をかけておいてよ』
「そうします」
俺は時空龍にそう告げ、幻想杖へ魔力を注いでいく。
『何をするつもりだい?』
「出来るだけ被害が出来ないように俺も飲み込みます」
『えっ?』
時空龍の疑問の声が頭に響くのを笑いながら、俺は詠唱を始めた。
「【親愛なる光の精霊よ 聖龍の清浄なる浄化の光をこの身に纏わせ 常闇へと堕ちた魂を救済する光となれ 聖龍幻化】」
詠唱を終えた俺に青白い光の粒子が集まっていくと、俺は聖龍の喉元に浮かび上がっていた。
そして聖龍の光を纏いながら俺は魔族へと飛翔して突っ込んでいくと、ライオネルが吹き飛ばしてくれていたおかげで攻撃もされることなく、聖龍の光に触れた魔族達を次々と飲み込んでいった。
「この空間は現実世界ではないので、今から現実世界へと帰還し、邪神を追います。全員この聖龍の光に触れてください」
すると皆は躊躇することなく、聖龍の光に触れてくれた。
その直後、時空龍の大きく開けた顎が迫ってくるのが見え、そのあまりの迫力に怯みながら、俺達は時空龍に飲み込まれるのだった。
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