381 舌戦と魔法陣の仕掛け
人の姿から瘴気によって角が生え、髪が伸び、肌色も黒紫となり、身体に赤い魔力の線が入ったことで男が強化されているのは直ぐに分かった。
しかしそれよりも、まずは次々と魔法陣から出現してくる魔族や魔物を食い止めることが優先だと判断し、俺は聖域結界を張った後で指示を出す。
「あの魔法陣からどれだけの魔物や魔族が出現するか分かりません。耐久戦になることを考え、まずは状況が分かるまで結界内から攻撃しましょう」
そして俺の指示通り、師匠とルミナさんからは飛ぶ斬撃が放たれ、ライオネルからは炎の弾が発射され、教皇様はネルダールで披露したあの光の羽根が舞い落ちる精霊魔法を魔族や魔物達へと発動した。
俺も浄化波を発動して相手の出方を窺うことにしたのだが、想像していた以上に出現する魔物は多いのだが、とても弱く感じた。
しかしどうやらそれがあの男の思惑たったのだと直ぐに思い知らされることになった。
通常、魔物はその生命活動を終えると死体となってその場に残る。しかし迷宮の魔物は小さな粒子となって消えていく。
そしてあの魔法陣から出現した魔物や魔族達も迷宮と同じく粒子となるのだが、どうやら迷宮とは違いその粒子が魔法陣の中心にある黒紫色の光を帯びた小さな球体に吸い込まれていくらしい。
「ルシエル、追跡者の目から伸びる光があの球体を示しておるのじゃ」
教皇様の言葉通り球体へ追跡者の目の光が伸びており、邪神があの球体の中にいる可能性が高いことが分かる。
そうなるとこの耐久作戦は邪神が復活するのを早め、余計な時間まで与えてしまっているのだろう。
俺でも気がついたことなど、皆も気がついているだろう。それならば俺が今やらなければいけないことを必死に考えるしかない。
魔族化した男、魔法陣、球体、優先順位の高いところから攻略しなければならない。
「魔物や魔族は無視して、俺は邪神がいると思われる球体と魔法陣を対応します。教皇様は魔法陣の解析をお願いします。ルミナさんは教皇様の護衛、師匠とライオネルは前哨戦としてあの男と魔族や魔物の相手をお願いします」
「確かにそれが無難かもしれないな。そうなると魔族や魔物をあまり倒さない方がいいのか?」
師匠は駄目だと判断した上で聞いてくれたのだと思うが、あの粒子については解決できると俺は判断した。
「どれだけ暴れても問題ありません。仮にあの球体が粒子を吸収して邪神が出現するのだとしても、どのみち俺達は邪神と戦うためにブランジュへとやってきたのですから」
「それもそうだな。それじゃあ雑魚の相手は任せろ」
「なるべく早く片付けてきます」
そう告げて師匠とライオネルは聖域結界か飛び出していき、次々と魔物と魔族を屠っていく。
どうやら相当手加減をしてストレスが溜まっていたらしい。放っておいたら二人だけ全て倒してしまいそうな勢いだ。
「あの者達ならそう後れを取ることもないじゃろう」
「はい。それで魔法陣の解析なのですが……」
「たぶん出来るとは思うのじゃが、ここからでは些か距離もあって、地面に描かれている魔法陣を読み取るのは難しいのじゃ」
確かに空を飛ばないと限り、ここからでは地面の魔法陣の解析は厳しいか。ただ空を飛ぶには飛翔する魔物と魔族が多くて危険だ。
そうなると近づいていくしかないが、俺は師匠とライオネルの猛攻を見てもあの男が未だに余裕な雰囲気を保っていることが気になっていた。
それでも戦闘だけ見ればこちらが優位は覆されることはないだろう。
「師匠とライオネルが露払いをしてくれていますから、俺達も先へと進みましょう」
「分かったのじゃ」
邪神と対峙した時は少し不安に思ったけど、既に教皇様は立ち直っていた。
もしかすると戦う理由が見つかったのかもしれないな。
「ルシエル君、結界が教皇様を守るのであれば、私も戦闘に加わることもできるが……」
「いえ、ルミナさんには体力を温存しておいてほしいのです。この結界に罅を入れる敵がいた以上、また現れる可能性があります。その時の切り札になってください」
「そういうことなら」
ルミナさんはその手で故郷を守りたいのだろう。それでも何かあるか分からないため、せめて邪神が出てくるまでは教皇様を守ってもらいたいというのが俺の本音だ。
「それじゃあ近づいていきましょう」
「うむ」「承知した」
俺は男へと向かい浄化波を発動していき、その射線上にいる魔物や魔族が青白い炎に焼かれて燃えていく。
そして聖域結界から出ると上空を含めて全方位から魔物の襲撃があるが、数が多くても翼竜やキマイラなど謀略の迷宮で戦っていた魔物達の下位互換で弱く、倒せば消えてしまうために梃子摺ることもない。
何より魔法陣から出現する魔族や魔物達よりも師匠とライオネルが倒す数の方が明らかに多いので、こちらまで抜けてくる魔族や魔物の数はそこまで多くない。
これなら師匠とライオネルは直ぐに変身した男まで辿り着き、俺達も魔法陣を解析できるぐらい近づけるだろうと思っていた。
しかしそこまで甘くないらしい――。
「強い、強いな。羨ましい限りだ。これでは勝てないかもしれないな」
男は声高々にそう言い放った直後、赤黒い光を放つ魔法陣が二つ、上空に出現した。
それはブラッドが初めて何かを召喚しようとした時の魔法陣と酷似していた。
俺は迷うことなく聖域円環を発動し、魔法陣を打ち消したのだが、魔法陣から巨大な何かが出現しようとしていたのか、今までの魔物や魔族とは桁違いの粒子が球体へと吸い込まれていった。
しかしあの二つの魔法陣が消されるとは思っていなかったのだろう。男は激しく怒り、俺へ憎悪の感情をそのままぶつけるかのような魔力弾を何発も打ち込んできた。
その瘴気の混じった魔力弾はかなりの魔力が込められており、威力も凶悪であることが予想された。
しかし男の意識が俺に集中するのであれば、それだけ皆が動きやすくなると判断し、その魔力弾を避けることはせず、幻想剣に魔力を込めて斬り捨てることにした。
「馬鹿め、剣で斬れるわけな……な、何故だ、何故爆発しないのだ」
斬った時に爆発しないのは聖属性と光属性の魔力を込めているためだ。
基本四属性の火、水、土、風の場合はぶつかり合うと衝突で衝撃が発生するのだが、光や闇は反発して離れる性質があるのだ。
そのことを知らないということは、自分の力を把握していないのか、もしくは反対属性の資質持つ相手と戦ったことがないのだろう。
「俺達は邪神と戦うだけの準備してきている。その邪神の力を借りないと何もできない者に負ける通りはない」
「貴様、たかだか攻撃を塞いでみせたからと図に乗りおったな」
男は怒りに任せて魔力弾を次々と放ってくるが、顔を中心に狙っているのが分かっているため対処も難しくない。
「それはこちらの台詞だ。邪神の力を取り込んだその身体は既に人族のものではない。人族至上主義が聞いて呆れるよ」
「だから無知だと言うのだ。これは神の力をこの身に宿すことが許される代行者だけが許された進化である」
「その俺達に勝てない程度の力を得るのに、どれだけの犠牲になったのか……」
「ふん、領民など普段は役にも立たないのだから、私の力になれたことを喜ぶべきだ」
「だから助けてくれる仲間や友人、家族がいないのだ」
俺がその挑発的な言葉を告げたところで、師匠とライオネルは魔族と魔物を蹴散らして、魔法陣の前に辿り着き、隙をついて男へと斬りかかった。
「なっ……馬鹿……な」
あっさりと師匠とライオネルが男を斬ってしまい、こちらも戸惑ってしまいそうになるが、球体から男へ瘴気が瞬く前に流れ込み、男の身体が逆再生したように元へと戻っていく。
契約者だからなのか、どうしても守りたい存在なのだろうか? とりあえず男に聖域結界を張り、球体と男を遮断してみるが、男が聖域結界の内部から魔力弾と連続で放つと、聖域結界に罅が入り、そして崩壊してしまう。
どうやら瘴気によって男は大幅に強化されてしまったらしい。
「素晴らしいだろ。これが私の力だ。さぁ平伏せ、そうすればこれからの世界の主となる私の駒として使って……ガハァ」
それにしてもいくら強化されたとしても、自分を斬った相手よりも俺に意識が集中したままなのは問題だろう。
男の後ろへと抜けていた師匠とライオネルが再び後ろから男を斬り捨てたのだった。
そして俺も聖域結界を張り、球体から流れ込む瘴気を塞き止めた。
そんな俺を師匠とライオネルが護衛するような立ち位置に布陣する。
「ルシエル、まだ油断するなよ」
「元より警戒しているので大丈夫です。それにしてもかなり強化されているみたいですが……」
「斬った感じはそこまで強化されている感じはしませんでした」
「たぶん瘴気を取り込むためだろうな」
どうやら聖域結界がうまく機能してくれているらしく、球体からの瘴気を吸収することができないからか、男は斬られたままだ。
それにしても既に血の色が紫色になって本当に人族ではなくなってしまった印象だ。
どんな状態であれ、更生する可能性があるのなら断罪は避けたいところだけど、もはや俺には救うことは出来そうにない。
それにこの男ばかりを気にしているわけにはいかない。
魔法陣からは未だに魔物や魔族が出現してきており、球体も徐々に大きくなっているのが確認できるのだから。
俺は男に聖域円環を発動し、浄化させようとした時だった。
「ルシエル、あの魔法陣の内容が分かったのじゃ。トドメを刺すのはまずいのじゃ」
そんな焦った教皇様の声がかけられたのは――。
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