380 召喚の代償
赤黒い光に視界を奪われたが、身体への影響はなさそうだった。
どうやら先程の赤黒い光は攻撃ではなかったらしい。
直ぐに皆の安否を確認しようと振り返るが、視界が黒紫の瘴気で覆われて皆を確認することができず、止むを得ず俺を中心に広がっていくイメージで浄化波を発動させた。
すると遮られていた視界が少しだけ見えるようになり、皆も無事なようでこちらへ近づいてきてくれた。
「ルシエル、ここは何だか嫌な感じがするぞ」
「ルシエル様、戦闘に支障が出る可能性があるので、視界の確保を優先してください」
師匠とライオネルが揃って警戒を強めているのを感じ、俺は助言に従って聖域結界を反転発動し、増幅して浄化波を発動し、視界の確保を図った。
すると視界は晴れてきたのだが、状況の変化に困惑することになった。
「ここは……どこだ?」
先程まで俺達が戦っていた玉座の間とは酷似しているものの、戦闘が行われていた形跡がまるで何事もなかったかのように消えており、また煌びやかな装飾の施された部屋に玉座は存在していなかった。
「ルシエル君、カミヤ卿がいなくなっている」
ルミナさんの言葉通り男の姿はなかったが、メインリッヒ卿の姿を見つけて安堵した。
これでメインリッヒ卿の姿までなかったら、俺が躊躇したせいで危険に晒してしまうところだった。
「あの者だけでなく、あの扉の先に邪神がいるはずじゃ」
しかし俺がルミナさんの問いに答える前に教皇様が魔法で打ち抜いた鏡があった場所に出現した扉を見ながら答えた。
俺は再び閉じられていても瘴気が漏れ出ている扉を見て進むことを決意し、そして告げる。
「まぁ俺達がやることは変わりません。平和で穏やかな世界の実現のため、その最大の障害を取り除くこと。それだけです」
「確かにな。あの邪神のせいで弟子には負けるし、ガルバとグルガーには笑われるし、散々な目にあってきたが、さっさとこの面倒事を終わらせて、楽しい時間を取り戻さないとな」
師匠の言葉には何やら不穏な意味が込められている気がしたけど、きっと師匠なりの鼓舞なのだろう。
「確かに邪神のせいで横槍が入り、己の闘争本能に制限をかけたまま過ごさなくてはいけなくなったが、何よりも未来ある者達が笑って過ごせる世界を守らねばならん」
ライオネルは優先してきた俺ではなく、一人の男として守るべき家族が頭に浮かんだのだろう。それにしても闘争本能を未だに抑えているとは、ライオネル全開が怖く感じた……。
「時がどれだけ流れようと、生まれ育った故郷の思い出が消えることはない。だからこそ今回はブランジュ公国の貴族として生まれたその責任を果たそう」
ルミナさんは変わり果ててしまったブランジュ公国を見てからずっと、静かな怒りのような感情が伝わってきていたが、誰よりも腹を括っているのだろう。
「父様がくれた平和の時間を、今度は妾が、妾達で守ってみせるのじゃ」
教皇様からも強い意志を感じた。
俺は皆のことを頼もしく思いつつ、メインリッヒ卿を隠者の棺へ運び、扉を開く前に聖域結界を張り、俺が魔力結晶球で魔力を回復するのを待ってから、師匠とライオネルが扉を開いた……のだが、そこは俺にとって見覚えのある場所だった。
「師匠、ライオネル、扉を開く際に魔力を吸われる感覚はありましたか?」
「ないな」
「同じく感じませんでした」
「実はこの空間なのですが、転生龍達が封じられていた封印の扉の先と酷似しているのです。特にこの階段を下りていくところも、聖龍が封印されていた場所と変わらないです」
すると師匠とライオネルは警戒するどころか、さっきまでの真剣な表情とは打って変わり、獰猛な笑みを浮かべた。
きっと全力で戦える相手がようやく出てきたと思っているのだろう。
それにしても瘴気は薄っすら見えるものの、あれだけ扉から溢れ出ていたのが錯覚だったかのようだ。
師匠とライオネルは警戒をしながらも、先程とは違い軽い足取りで階段を下りていくので、俺、教皇様、ルミナさんもその後ろからついていく。
そして階段を下りていくと右手側に階段先を見下ろせる場所があり、そこから師匠とライオネルが様子を窺うとつまらなそうな顔で告げる。
「ルシエル、団体さんがいるぞ」
「中々怪しげな黒いローブを纏っている集団です」
なるほど、理解した。
それではここからは俺が引き継ぐことにした。
その見下ろせる場所を師匠とライオネルから譲ってもらい、俺はまず様子を窺ってみる。
そこには報告通り黒いローブについているフードを目深に被り、何やら円になって中心へ向けて詠唱をしている様子が見えた。
ただその中心には人族だけなく、多種多様な種族が集められており、激しく抵抗しているが、結界が張られていて出られないらしい。
「ここから魔法で助けます」
胸糞悪い光景に奇襲を仕掛けることを宣言して龍の魔力を使った龍剣を放とうとした。
「ルシエル、よく見ろ。あれは幻影だ」
しかし俺の行動を師匠の言葉で制し、師匠はそのまま階段を下りていく。
俺はもう一度下の様子を確かめてみると、黒のローブを纏っていた者達や、あの抵抗している者達は、あの男が使っていた幻影と似た薄くなっているのが分かる。
こんなものを見せてどういうつもりなんだ。
そう思いつつ、師匠達の後を追い、あの黒ローブの集団がいる場所まで下りた時だった。
抵抗していた者達を中心にして天井から魔法陣が出現し、黒ローブ達のいる場所まで広がると、黒ローブ達の中からも魔法陣の外へと逃げようとする者達が続出した。
しかし魔法陣はその逃げようとした者達からも平等に魔力を吸い取り動けなくした後、生命まで吸収していき、そして最後には全てを吸収していき、その場には赤黒い光を放つ怪しい魔法陣だけが残った。
「あの魔法陣……上空にあったものと似ていませんか?」
「魔法陣なんて大抵は似ているものじゃないのか?」
「属性が同じなら同じように見えますね」
師匠とライオネルはあまり魔法陣に詳しくないため、ここにバザックがいたら良かったけど、それはそれで揉める原因だったかな。
「基本的に魔法陣は色で属性、文字で魔力消費と事象干渉、大きさで威力を表すのじゃ」
なるほど、分かりやすい。魔法陣が大きくなれば威力だけでなく、文字数も増やせるから事象干渉も細かく設定できるということだな。
さすがに魔法関連にも詳しいな、教皇様。それなら……。
「教皇様、あの魔法陣は読み解けますか?」
「空間……召喚……隷属…………あとは調べてみないことには無理じゃ」
いや、魔法陣を読み解くって普通は無理です。きっとルミナさんも含め、俺達の気持ちは一致しているだろう。
俺以外は誰も教皇様と顔を合わせようとしないからな。
そう思っていると、奥の方に見えていた扉が開き、集団が入ってきたのだが、この集団も幻影であることが分かる。
どこかの兵隊のようだが、誰もいないことに困惑している様子だった。
その時、天井の魔法陣が再び赤黒い光を出して輝くと、兵隊達も同じように魔力から何から吸収していき、魔法陣から赤黒い稲妻が落ちた頃、再び扉の奥から誰かがやってきた。
そのタイミングで魔法陣が回転し始め、魔法陣の中心から落雷が落ちたと同時に邪神という絶望が降臨したのだった。
ただ今までの幻影とは違い、圧倒的な存在感に気を抜けば委縮して動けなくなりそうだった。
「前に会った時よりも……」
「ああ、圧倒的に強そうだな」
「レインスター卿が倒したのがこの邪神なのであれば、確かに人類が弱くなったと感じるのも無理はなさそうです」
邪神と対峙したことがある俺達はまだ普通に会話をすることも可能だが、教皇様から少し怯えを感じるし、ルミナさんからは教皇様だけは何としても守ろうとする意識が感じられる。
奥からやってきた男は圧倒的な存在である邪神の姿を見て腰を抜かし震えていたが、邪神といくつかのやり取りをした後で邪神から瘴気を与えられ、邪神はその姿を消した。
一瞬、目が合った気がしたが、神なのだから時空を越えてこちらを見通していたとしても不思議ではないと思えた。
それから瘴気を与えられた男は魔族のような姿になったが、どうやら人族の姿に戻れるらしく、はしゃぐように奥の扉から出て行った。
魔法陣は既に役目を終えたのか、輝くどころか邪神の出現により崩壊していて跡形も無くなっていた。
「誘導されているのは間違いないですね。誰が何のために? という疑問はありますが、追うしかありません」
「だな。邪神があの段階からどれだけ強くなるのか、楽しくなってきた」
「アンデッド化されないのであれば面白くなりそうです」
師匠とライオネルは発言することで己を奮い立たせたのだろうが、二人がいつも通りでいてくれるだけで心強い。
「ルシエル、そちらの二人もじゃ。あの邪神と戦うことに恐怖は感じないのじゃな? どうすれば克服することができるのじゃ」
やはり教皇様は怯えてしまっていた。まぁ実際に邪神を見たら恐れを抱いてしまうのも仕方がないことだと思う。
「それは人それぞれだと思います。ただ邪神と戦うは怖いですよ。ただそれよりも二度と経験したくない出来事が支えになっている気がします」
前世の自分の命も含め、あの理不尽に喪失していく感覚をもう二度と経験したくないのだ。
「そもそも戦うということは怖いことなのです。あとはその怖さを上回る理由があれば戦い、その理由がないのであれば戦わぬという選択をした方がいいかと」
師匠は少し突き放した言い方だったけど、これが師匠の優しさであり、納得せざるを得ない言葉だった。
命がどんなに軽い世界であったとしても、本当は命を奪うのも奪われるのも誰もが怖いのだ。
だからこそ自分の心に免罪符を与えるだけの理由が必要なのだ。
「まぁ安心なされよ。教皇様が戦わずとも、ルシエル様と我らだけで世界を救ってみせよう。多少の援護は求めるかもしれませんが……」
ライオネルは茶目っ気たっぷりで語ったが、どうやら三人で倒すというのは本心なのだろう。
「まぁ俺達はレインスター卿とは違い、邪神と一人で戦おうという気はありませんから」
「これでは戦う前から足手纏いなのじゃ」
「教皇様は援護をお願いします。ルミナさんは教皇様の護衛を頼みます」
「本当なら邪神に一矢報いるつもりだったのだが、教皇様の護衛に集中した方がルシエル君達も戦いやすそうだから……頼みます」
「はい。後方は任せます」
俺は邪神から瘴気を受け取った男を追うことを告げ、師匠とライオネルに護衛してもらいながら奥の開いていた扉を潜り抜け、薄暗い廊下を進んで抜けた先は、師匠とライオネルが戦っていた城外の広場へと通じていた。
しかしまだ過去を見せられているらしく、上空に俺が封じている魔法陣は見えず、広場にはアンデッドや魔族の姿もなかった。
その代わりに入りきれない程の人々が広場の中で犇めき合っていた。
「ルミナさん、これだけの民衆が集う行事で何か思い当たることはないですか?」
「残念ながら……。公国で王子が生まれた時でさえ、これだけ集まったとは聞いたことがないよ」
広場に入りきれないぐらいの人を集めた理由が分からないし、あの男の姿も見失っている。
師匠とライオネルの気配察知にも、教皇様の魔力察知でもこれだけ人がいるのだから分からないだろう。
そう思っていると、城の中央から一団が現れ、中央通りを馬に乗って出口へと進んでいく。
どうやら勇者か何かの壮行会として集められたのかもしれない。
「おかしい。勇者一行があんなに邪悪な魔力を持っているなんて」
そうルミナさんが告げたところで、あの勇者一行の中にあの瘴気の男が混ざっていることに気がついた。
しかし何事も起こることなく、勇者一行は公国民に見送られ、広場の外へと出て行き、公国民も勇者一行を追って広場から出て行く。
その様子を警戒したまま俺達はずっと眺めていたのだが、いつの間にか巨大な魔法陣が地面と上空に出現しており、互いの魔法陣の中間地点に黒紫色の光を帯びた小さな球体が見えたのだが、徐々に大きくなっている気がする。
そしてその球体に注目していたら、今度は魔族や魔物が上下の魔法陣から飛び出してきたのだが、どれも過去の出来事や幻影ではなく、今度こそ本当に戦うべき敵と相対したのだと認識した。
その証拠に瘴気を体内に取り込み過ぎて身体が変化というよりも、既に人ではない姿へと変身してしまった男のこちらを挑発する姿があったのだから。
お読みいただきありがとうございます。
力量不足を感じながら書き直ししております。
とにかく頑張ります。