376 メリットとデメリットの判断
「凄まじいのじゃ」
教皇様の驚いた表情と言葉が物語る通り、こちらへ瘴気を帯びた斬撃を放った隊長格の騎士とその周りにいる騎士達は、師匠とライオネルの烈火の如き猛攻に為す術もなく次々と沈められていく。
どうやら俺は完全に師匠とライオネルの本当の実力を誤って認識していたらしい。
師匠は回転しながら騎士達へと突っ込んでいき、その技量を最大限活かして流れるように連撃を繰り出すと、隙が出来る前に離脱する。
その離脱の仕方は天井や壁を蹴って方向を変えたり、時には攻撃した騎士をも踏み台にしたりと様々で、間合いが遠くければ斬撃を飛ばす。
ライオネルは大盾を構えて攻撃を受け、炎を纏う大剣を振う。
師匠と比べると単純な戦い方に思えるが、攻撃してきた相手が吹き飛び、大剣から斬撃と炎の塊が飛んでいき、着弾すると爆発を起こすという凶悪さがある。
ただ凄まじく感じるのは自分以外が全て敵だと思っているかのように、互いへ配慮することなく攻撃を放っていることだろう。
直接ではなく間接的な攻撃なのだから、避けられない方が悪いのだと本気で思っていそうだ。
あれこそがあの二人にとっての信頼関係の形なのだろうな。決して羨ましくないけれど……。
それにしても状況を知らない人がこの光景を見たら、城へと押し入った賊が派手に騎士団を相手に暴れ回っているようにしか見えないな。
そんなこと考えていると二人が騎士団を壊滅させたみたいなので、俺達は魔法を解除して師匠とライオネルの下へと歩み寄った。
「思っていたよりも遅かったな。その分、得たものもあったようだが……」
師匠の視線が俺の後ろにいる教皇様とルミナさんへ向いた。
「まずはご無事で何よりです」
師匠とライオネルは合流を喜んでくれたが、壊滅させた騎士団を警戒したままだった。
その様子から騎士団に何かあるのだろうか? そう思い視線を向けてみれば、大量の瘴気が騎士達へと流れているのが分かった。
「もしかして倒しても復活する感じですか?」
「もしかしなくても復活するぞ。しかも復活すると微妙に強化されているぞ」
師匠、少し嬉しそうな顔をするのは止めてください。
「あの流れ込んでいく瘴気の源流である大穴が存在しているのです」
特殊な加護がない二人が認識することが出来る程の瘴気の源流、そして追跡者の目が導く光はライオネルが告げたその源流に邪神がいるのだと示していた。
もしかすると迷宮化しているのかもしれないな。
ただその大穴を調べるためにも先にしなくてはいけないことがあった。
「既に貴方達は人である意識などないだろうし、邪神に操られているだけかもしれない。それでも国を守護する崇高な意志を宿す気高き騎士達だったのだと憶えておきます」
俺はそう告げてから騎士達がこれ以上は苦しまないように聖域結界を張り、騎士達と瘴気と遮断してから浄化波を放った。
そして青白い炎に抱かれ消えていく騎士達に新たな誓いを立てた。
そんな俺を誰かが後ろから優しく抱きしめた。
「ルシエル君、ありがとう」
どうやらルミナさんだったようだけど、俺は何よりもその言葉に少しだけ救われた気がした。
もしかすると魔力が色で視えるルミナさんにも騎士達の状態が分ったのかもしれない……。
「ルシエル君、救うことが出来なかったのじゃな?」
教皇様が話し出したところでルミナさんが俺から離れた。
俺は騎士達を浄化したことを説明する。
「はい、教皇様。外にいた騎士達や兵士達とは違い、魂が欠落し、まるで瘴気で再構成された動く屍でした。あれでは救うことなど……」
まだ試練の迷宮に出現する瘴気と怨念から生まれて意志を宿す死霊騎士を人へ戻す方が確率は高いぐらいだろう。
「どうやら陰湿なところは昔と全く変わっておらんようじゃな」
まぁ人を遊戯の道具か何かだと思っているのは間違いないだろうからな。
それにしても教皇様を師匠とライオネルが凝視している気がする。
「ルシエル、いま教皇様と言ったのか?」
師匠のその言葉で、二人がルミナさんとの面識はあったけど、教皇様との面識がなかったのだと理解した。
「えっ、あ、はい。こちらが聖シュルール共和国と教会本部の頂点である教皇様です」
すると師匠とライオネルは膝を突こうとするが、教皇様はそれを直ぐに止める。
「妾に臣下の礼は不要じゃ。それよりも二人に妾の魔法を施してもいいだろうか?」
「それはどういった魔法なのでしょうか?」
「ルミナには既に施してあるが、邪神に対抗するための強化魔法じゃ」
教皇様の言葉を聞き、二人は直ぐに頷くと思っていた。
「それなら今はルシエルの魔法だけで十分です」
「同じく今はその魔法を受ける気はありません」
しかし二人は同意することなく断ってしまった。
これには提案した教皇様も予想外だったのだろう。
「邪神の力でアンデッド化することも、瘴気による弱体化もせんのじゃぞ!」
少しだけ大きな声を出してメリット告げた。
「申し訳ありませんが、ルシエルが受けていない魔法を受ける気はありません」
見た目で発動しているかどうか判断したのだろうな。
「我らにも武人としての矜持があるのです。既にルシエル様の魔法によって瘴気による弱体化がないことは分かっております」
「アンデッド化に関しても、何も出来ずに触れられるだけでアンデッド化してしまうという失態を犯した……あの時とは違うのだと証明したいのです」
師匠とライオネルには意地というよりも信念みたいなものを感じた。
「誰に証明するのじゃ。ルシエルか? それとも邪神にか? 人類の存亡を賭ける戦いなのじゃぞ?」
「そもそも我らが負けたら滅亡してしまうのであれば、そもそも人類に未来などはないでしょう。それと誰に証明するのかですが、それは己自身であり、また今回は戦いに参加することが出来なかった人類に、でしょうな」
師匠は俺を見てそう告げた言葉に、俺だけが責任を負う必要はないと言われた気がした。
「ルシエル様は全てを失いながらも死に物狂いの努力で力を取り戻し、身近な人達だけを救えればと口にしながら、人々の希望の光となるべく邪神へと挑もうとされている」
「だからそのルシエルを助けるために、邪神と戦う力を付与したいのじゃ」
「教皇様、ルシエル様は特別な加護を得てきましたが、我らからすれば普通の青年が死に物狂いで努力した結果なのです。だから我らも努力すれば邪神に抗えるのだと証明したいのです」
ライオネルの言葉に少しだけ泣きそうになった。
そして二人の意志は固く、覆すには俺が説得する他にはないのだと感じた。
「ルシエル、この二人を説得するのじゃ」
すると直ぐに教皇様からお鉢が回ってきた。
「師匠、ライオネル、俺のことを心考えてくれてありがとうございます。強化魔法を今は受けないけど、邪神と対峙して手に負えないと判断したら受けるということでいいですよね?」
「そうだな。それに当然ただ意地を張っているだけでもない。それだけの強化魔法だ。術者にリスクがないとは思えない」
「強化魔法ということですが、それだけの強化ならば発動するための消費魔力は多いでしょうし、継続的に魔力を消費しているのではないですか?」
さすが冒険者ギルドマスターと元帝国将軍だな。色々な角度から考えての合理的な判断だったらしい。
ちなみに軽くルミナさんがショックを受けていたが、自称魔王と戦うための強化だったのだから落ち込む必要はないだろう。
「察しが良すぎるのも考えものじゃ……」
「たぶん教皇様がルシエルへ強化魔法を発動していない理由は称号による恩恵で強化の効果が薄いからなのでしょう。そう考えれば辻褄が合うからです。だからこそ邪神とも対峙していないし、その予兆もない時に強化を受けることはありえないということで納得していただけないでしょうか」
「妾の負けじゃ。それにしてもルシエルの師匠殿や従者殿もルシエルに似て頑固なのじゃ」
「二人から影響を受けたのだと思います。さて、そろそろ追跡者の目の光を追っていきましょう。その先に邪神がいるはずです」
「そうじゃな。それでは師匠殿と従者殿、よろしく頼むのじゃ」
「「はっ」」
こうして俺達は五人で光を追ってライオネルが言っていた瘴気の源流である大穴へと足を踏み入れた。
お読みいただきありがとうございます。
昨日、校閲してコピペしないで消してしまい文書が消えてしまい、また少し展開が変わってしまいました。休むこともありますが、今後ともよろしくお願いいたします。