375 味方だからこそ
ブランジュ公国の城の前にあった広場へと転移した俺達が目にしたのは、城へと続く景観が師匠とライオネルが瘴気を纏った騎士団と戦闘した結果、その余波を受け石畳は抉られ、壁には罅が入り、荒廃の様相を呈していた。
特に戦闘が行われた広場を見れば、ちらほら剣や鎧などの武具だったと思われるものが炭化して無造作に落ちており、その戦闘の激しさを物語っているようだった。
「この城は本当にブランジュ公国民が美しさを誇っていたあの白帝城……なのか」
ルミナさんがショックを受けているのは何となく分かる。
ブランジュ公国の出身だし、もしかするとこの城だって見たことがあったのかもしれない。
その記憶とのギャップの差が大きいほど、そのショックも大きいのだろう。
それにしても師匠とライオネルの姿が見えないところから判断すると、これをやったのは二人で間違いないだろう。
そうなると二人は謀略の迷宮での模擬戦やレベル上げの時には本気で戦っていなかったのだと導き出される。
ただそうなるとあの二人が本気を出さないといけないぐらい強敵だったということだ。
これは二人との合流を急いだ方がいいな。
「ここで瘴気を纏った騎士団が待ち伏せしていたのですが、その時に見た騎士の数よりだいぶ少ない気がします。師匠とライオネルは城へと逃げ込み、自分達の戦いやすい環境で戦うことを選択し、騎士達は二人を追っていったと考えます」
自分で喋りながらあの二人が逃げたのではなく、二人の猛攻に騎士団が逃げ出し、それを追っていったのではないか? そんな考えが浮かんだ。
まぁ状況からあの二人が城へと入っていったのは間違いないし、気にすることでもないだろう。
「ルシエル、二人を追うのは良いのじゃが、その前にあの魔法陣はどうするのじゃ?」
「聖域結界が張ってありますし、魔族が召喚されてきても問題ないでしょう」
「じゃが、あの結界を維持するには魔力が……一体どうなっておるのじゃ?」
既に聖域結界は俺の制御を離れているが、それでも結界が解除されないことが不思議なのだろう。
ただその問いに答えるのは少し先になりそうだ。
広場へと転移してきた俺達のことを察知したのだろう。
瘴気を纏った騎士、アンデッド化してしまった兵士、そして中途半端に魔族化してしまっている戦闘職ではない者達が城から出てきたからだ。
「あの聖域結界は特殊なので、維持については心配いりません。それよりもあの瘴気を纏う騎士達は強化されているので、手加減は出来ないかもしれません」
俺はそれを証明しようと浄化波を騎士達限定で発動してみせた。
すると騎士達が前に出て盾を構え、浄化波を防ごうと立ち塞がった……が、完全には防げなかったようで、盾を持った腕や盾でカバー出来なかった箇所から青白い炎が上がった。
どうやら師匠やライオネルと一緒に戦った騎士達とは実力が違ったらしい。
こうなってくると強引に突破した方が被害は少なくて済むな。
「ルシエル君、瘴気を纏った騎士達とアンデッド兵士達は浄化するのも仕方ないとは思う。だが……」
「奇遇ですね。俺もそう思っていました。だから強行突破することにします。教皇様もそれでいいでしょうか?」
「うむ。元に戻せるかもは分からんが、全てが終わった時に救える可能性は少しでも残しておいた方が良いじゃろう」
教皇様の許可も出たところで、俺は魔法袋から魔道具の追跡者の目を取り出し、魔力を流し込み、対峙しただけで絶望を撒き散らしたあの邪神の額に刺されと願いを込めて弦を引き放った。
すると追跡者の目から光が放たれると、光は騎士や兵士達をすり抜けて城の中へと進んでいった。
「どうやら城の中にいるみたいですね。この光を追いかけて飛行していきますから、お二人は攻撃に備えつつ空中姿勢の制御に集中していてくたさい」
「うむ」「了解した」
「【聖龍よ 穢れを祓う光となり我らに纏え】【風龍よ 空を自在に飛翔する翼となれ】では行きます」
俺が発動した聖龍が俺達を飲み込み結界のような球体となり、風龍が俺達を包む球体から風の翼が出現した。
この球体は俺の意思で動くため、軽く浮かび上げてから騎士達の頭の上を通って、追跡者の目が導く光を追っていく。
当然だが、騎士達は俺達をすんなり素通りさせてくれることはなく、それぞれ攻撃を放ってきたり、球体に飛びついてきたりする者までいた。
しかしそれらの攻撃が球体に触れると、静電気に触れたような音ともに弾かれ、飛びついてきた者は反射されたように吹き飛んでいく。
「ルシエル君、ありがとう。凄まじい結界魔法だが、これならば被害は最少限で済むだろう」
この光景を見ながら感嘆するような言葉をルミナさんはくれるが、人々を救うことよりも邪神を倒すことを優先した結果、傷つけないことが出来る精一杯になってしまっただけだ。
だから俺は曖昧に笑うしかなかった。
「ルシエル、あまり抱え込まぬことじゃ」
どうやら教皇様にはお見通しだったらしい。
「もし邪神を倒しても元に戻せなければ、その責を私も一緒に背負わせてもらう」
しかし感嘆の言葉をくれたルミナさんも既にそれはお見通しだったのだろう。
こうして味方でいてくれる二人や仲間達に報いるためにも、迷うことなく自分が信じた道を進もうと思う。
「邪神は強いと思いますが、退かせることが出来たレインスター卿の話を聞いて希望が持てました。今回は俺が邪神をこの世界から退かせてみせます」
だからせめて信じてくれる味方の前では、最後の時まで精一杯強がってみせようと思う。
それにしても城の中は瘴気が充満しているな。人影はないし、急に魔物や魔族が出てきてもおかしくはなさそうだ。
光は一筋に伸びていて迷うことがないのも救いだ。
そう思っていると光が伸びている先から、尋常ではない瘴気を帯びた斬撃が凄まじい速度で迫ってきた。
躱すことは出来ると思ったが、二撃目があるかもしれないと考え、素早く幻想剣を抜きながら聖属性魔力を込めた斬撃を放った。
次の瞬間、瘴気を帯びた斬撃と俺が放った斬撃が衝突し、一瞬だけ拮抗してみせたが、瘴気を帯びた斬撃を止めることは叶わず、こちらの球体へと衝突した――。
まぁ負けることは分かっていたし、瘴気を帯びた斬撃の威力が落ちれば球体に当たったとしても問題ないと判断した通り、無傷で済んだ。
ただ想定した二度目の斬撃が飛んでくることはなく、斬撃が放たれたと思われる場所に目を凝らして見れば、この時を待ちわびていたと言わんばかりに炎と風が躍動する姿があった。
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