374 覚悟と責任の取り方
ルミナさんが自称魔王とそっくりな魔族を倒したことを戦乙女聖騎士隊の皆と同じように称賛したかったが、その前に聖域結界内を漂っている自称魔王とそっくりな魔族の血飛沫から放出されている瘴気を浄化させることにした。
俺が聖域結界を張ったのも徐々に瘴気が空間を汚染しているのが分かったからだ。もしこれが迷宮内であれば気がつくのが遅れていたかもしれない。
まぁ瘴気が漂っている環境化での戦闘で、どれだけの影響があるのかは未知数だけど……。
俺が浄化波を発動すると、魔族の身体が少しだけ動いたが、そのまま青白く燃え上がり灰になって消えていった。
そこでようやくルミナさんは身体から力を抜いたのが分かった。
圧勝に見えても、一度負けた相手と時を置かずに再戦したようなものだし、勇気を振り絞るような思いだったのかもしれない。
俺が聖域結界を解除すると、戦乙女聖騎士隊の皆がルミナさんへと駆け寄っていく……が、ここから少し予想外なことが起こる。
「さて、緊急事態だったとはいえ、警備は疎か報告のために誰一人として残らず職務放棄した理由を聞こう」
教皇様の強化魔法により輝きと圧が増した状態のルミナさんがそう訊ねると、近づこうとした戦乙女聖騎士隊の皆は見えない壁に阻まれてしまったようにその場で立ち止まる。
するとルーシィーさんが意を決した顔で前に出ようとした。しかしそれよりも先にベアリーチェさんが説明を始める。
「ルミナ隊長、どんな理由があろうと職務放棄してしまった事実は変わりません。申し訳ありませんでした。教皇様、ルシエル様も申し訳ありませんでした」
「「「申し訳ありませんでした」」」
ベアリーチェさんに続き、流れるように戦乙女聖騎士隊は謝罪を口にした。
「それで職務放棄した理由を聞こう」
「はっ。隊長達が見えない空間へと入られた後、多数の翼竜がネルダールを襲撃し、ネルダールが揺れました。そこでネルダールが襲撃されているアナウンスがあり、隊長達が戻るまでの時間稼ぎが自分達の最優先するべきことだと判断しました」
翼竜の襲撃でネルダールが揺れるとは思えないから、あの魔族が翼竜を率いていたのかもしれないな。
それを考えれば結果オーライではあるけれど、オルフォードさんのアナウンスに応じての加勢してくれて良かったな。
「教皇様の警護よりも優先するべきだったと?」
そのルミナさんの問いにベアリーチェさんは言葉を詰まらせる。
「……戦乙女聖騎士隊の戦力よりも、隊長やルシエル様だけの方が戦力は上です。そこでもし仮にお二人が同じ立場であった場合、どうするのかを考えて行動しました」
まさかの飛び火だった……が、自覚があるだけに苦笑いするしかなかった。ルミナさんも返答が予想外だったのか、額に手を当てはしたが、口元が緩み微笑んでしまっている。
「はぁ~それでも書き置きぐらいは残しておいてほしかった。皆の姿が見えなかったから不安で堪らなかった」
「「「ルミナ隊長」」」
こういう弱いところを見せられるのもルミナさんが慕われている理由なんだろうな。
そして今度こそ戦乙女聖騎士隊の皆がルミナさんに抱き着こうとしたが、それをルミナさんが手で制してこちらを向いた。
「教皇様、お聞きの通り、今回の職務放棄は私の指導不足と普段の行動から隊員達が判断したことです。責任の全ては私にあり、罰も全て受け入れる所存です」
すると戦乙女聖騎士隊の皆は必死にルミナさんを擁護し責任は自分達にあると訴え始めたが、今回の沙汰をどうするか既に決めていたらしく、教皇様は戦乙女聖騎士隊の罰を告げる。
「如何なる時も職務放棄をすることは許されることではないのじゃ。よって戦乙女聖騎士隊を妾の警護から外し、本来であれば戦乙女聖騎士隊は解散じゃ」
「…………」
俺は驚いて教皇様に問おうとするが、まだ終わっていないのか、視線で制された。
「しかし今回は襲撃によってネルダールが落ちる危険もあったこと、襲撃者を戦乙女聖騎士隊が食い止めたことを考慮し、挽回の機会として戦乙女聖騎士隊はネルダールを守護する新たな命を与えるのじゃ」
「「「はっ」」」
「それと隊長であるルミナには邪神と最前線で戦ってもらうこととする」
「はっ」
ルミナさん以外では邪神とは戦えないと判断し、役割を分けたことを命令として伝えたことは戦乙女聖騎士隊の皆にも分かっただろうな。
「うむ。皆の働きに期待するのじゃ」
「「「はっ」」」
こうして教皇様の裁きは終わった。
ここでずっと気になっていたことをそろそろと聞こうと思う。
「ずっとネルダールの上空を飛んでいる龍だけど、もしかするとナディアなのか?」
最初に見た時は魔物かとも思ったけど、姿は転生龍の人サイズだし、敵意はなくネルダールの周辺を警戒しているように飛行しているのだ。
そうなると選択肢は限られる。
「そうだと思いますわ。リーダー格の翼竜を皮切りに、次々と翼竜をブレスで撃ちし落としてネルダールを守ってくれていましたもの」
エリザベスさんは目を輝かせながら話てくれた。
しかしそれが事実であれば魔力は枯渇しないのだろうか? 転生龍達が何か秘術でも与えたとか、連絡はもっと密に取っておくべきだったな。
「ルシエル、あの者は魔通玉で連絡がとれないのか?」
「試してみます」
魔通玉を通りし念話で問いかけてみる……が、届いている感じもしないし、応答もない。
「あの状態だと念話することが出来ない、もしくは魔通玉を装着していないのかもしれません」
「それならば妾が念話をしてみよう【精霊達よ 妾の魔力を糧とし、意思を交わす原糸を結べ マジックコール】」
すると教皇様の魔法で念話が出来るようになったのか、人サイズの龍がこちらを向いてゆっくりと近づいてきて止まった。
それから教皇様は何度か相槌を打ち、何かを告げて魔法を終え、俺達へと向き直り、ナディアとの会話を告げる。
「あの龍はナディアであった。龍化はまだ不安定であったが、各地に魔法陣が出現した時に龍神がネルダールの襲撃を予言したらしく、それがきっかけで龍化が安定したらしい」
リディアのことを想い、それを力にしたんだな。
「魔力が枯渇すると人の姿に戻るのでは?」
「どうやらナディアは契約していた古竜の魔力をそのまま引き出せるらしい。それに転生龍達からも加護を通して魔力が送られているらしい。だから枯渇することはないとのことじゃ」
それだと魔力を無尽蔵に使えるということか。
「なるほど。ナディアは邪神との戦いに?」
「いや、邪神に攻撃を与えるブレスの速度や敏捷性はなく、連携も出来ないから大人しくネルダールを守るとのことじゃ」
なるほど。転移される可能性もあるし、ブレスの威力はあるとは思うけど、避けられたらこちらが窮地に陥る可能性があるんだな。
「なるほど。それならナディアにはネルダールを守ってもらい、俺達はとりあえずネルダールを襲撃してくるブランジュ公国へ転移しましょう」
「うむ。そうじゃな」
まだ各地の魔法陣に配置した仲間からの連絡もないし、とりあえずネルダールを襲撃してくるブランジュ公国で師匠達と合流しよう。
「追跡者の目はどうしますか?」
「光を追いかけることで悪戯に魔力を消費するよりも、めぼしい位置に転移してから使った方がいいと思うのじゃ」
「分かりました」
邪神とは万全を期しても足りないかもしれないから、せめて万全で挑みたい。
教皇様は戦乙女聖騎士隊へと身体を向けた。
「戦乙女聖騎士隊はネルダールを頼むのじゃ」
「「「はっ」」」
「ルミナ、妾に力を貸してもらうのじゃ」
「身命を賭して完遂します」
「ルシエル、皆の命はお主に託すのじゃ」
「平和な世界で穏やかに暮らす夢のため、全力を尽くすことをここに誓います」
「くくっ、それでこそルシエルじゃ」
皆も笑ってくれたけど、これが俺の本音だしな。
また皆と笑えるように全てを賭けてやる。
「では転移します」
教皇様は俺の右手、ルミナさんは俺の左手と手を繋ぎ、ブランジュ公国で戦闘していた場所へ思い描いて転移した。
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