閑話10 空から光が降り注ぐ時 2
――ルーブルク王国――
ケティとケフィンはルーブルク王国の西域に出現した巨大な魔法陣へと未だに辿り着けていなかった。
王都を出発して巨大な魔法陣へ向かっている途中で、大地からアンデッドの群れが湧き出すように出現していたからだ。
「ルシエル様が浄化したはずだが、未だにこれ程の怨念が残留していたとは……」
「呪いや怨念が溜まりやすくなっているのよ。それにしても安全な砦から自ら出て戦うなんてアンデッドになりたいのか……」
ケフィンの言葉に砦から出たルーブルク王国軍を見ながら怒りを通り越して呆れたケティが答えた。
二人の目的は巨大な魔法陣から出現する魔族や魔物に対応するためだったが、ここでルーブルク王国軍を見捨ててしまうと、ルーブルク王国軍までもがアンデッドになってしまうことが予想される。
そうなってしまうと結界を張った近隣の村や町に押し寄せ、結界を展開している魔道具がその負荷に耐えられないかもしれない。
自分達にルシエルのような聖属性魔法が使えていればアンデッドを一掃することが出来るのに……そんな気持ちが芽生える。
「ケティ、優先事項は巨大な魔法陣だ」
「何を今さら……」
「しかしここで彼等を見捨てることが最良とは思えない」
ケフィンはこの場に残り、アンデッドの群れを抑えるつもりだった。
「はぁ~最近お人好しなところがルシエル様に似てきた……ニャ」
ケティはケフィンがこの場に一人でも残り、ルーブルク王国軍に加勢するつもりなのだと悟った。
「それは賛辞として受け取ろう」
「仕方ないから付き合う……。でもある程度のアンデッドを退けたら魔法陣へ向かうこと。それは約束」
「ありがとう」
ケフィンはケティも残ってくれることを理解し、それが嬉しかった。
ケティは(惚れた方の立場が弱くなると聞いたことがあったけど、一緒にいて情が湧いたら関係なくなるじゃない……)と思うのだった。
こうして二人は次々と大地から沸き上がってくるアンデッドの達を倒しつつ、ルーブルク王国軍を砦に返すために指揮官(貴族)を殴り飛ばしたりして時間を消費していた。
だが、ある程度のアンデッド達を倒して、そろそろ巨大な魔法陣へ移動しなくてはならないと思った時だった。
空から光が凄まじい勢いで降り注ぐのを見て、ケティとケフィンはお互いを守るように抱きしめ合い、大地が白く染まった。
――謀略の迷宮の外――
バザックは巨大な魔法陣に描かれた紋様を解読し、分析したあとに改良した簡易版を構築していた。
見た魔法や魔法陣を短期間で分析して改良し、それを構築して発動してしまう。
これが魔導の深淵に挑む者だから深淵という通り名がついた所以だ。
(なるほど、面白いな。召喚ではなく空間と空間をと結んでいたのか。そこに身体能力を強化し、性格を凶暴にさせる術式を描いたのだな。それに引き替え……)
バザックの視線が氷漬けにされたブランジュ公国の兵士、その兵士達に協力していた冒険者達に向けた。
その数は百を軽く超えていたが、バザックの感覚だと一騎当千の集団でもない限りはただの烏合の衆で取るに足らなかった。
「貴重な精霊石をこんなガラクタに用いるとは万死に値するぞ……聞こえていないか」
バザックは精霊石を武器から外して本体を放り投げ、再び魔法陣を見上げると空から数えるのも馬鹿しい程の光が落ちてくるのが分かった。
「これだけの事象を人の身で起こせるのか……願わくは」
バザックは視認した無数の光が攻撃であれば逃げるのは無駄だと悟り、無事に生き残れたのであれば最前線へ向かう決意を固め、白い光の奔流に飲み込まれた。
――イルマシア帝国内上空――
巨大な魔法陣が赤黒く光り出す度にドランが操る飛行艇から聖属性魔力を帯びた主砲と副砲が発射される。
そして結界に影響を与えることなく、何度も魔法陣へと吸い込まれていったのだが、先程ドラン達が放った主砲が魔法陣を通過する直前に何かと当たり結界内で爆発してしまった。
この影響で結界が揺らめいてしまったが、魔法陣からは何かが出てくるような様子はなかった。
「魔法陣から魔法が放たれたのか? リィナ確認を急ぐのだ」
「それらしき魔力はレーダーに映っていませんでした」
「ドラン様、魔法陣の下にかなりの数の人がいるみたいです」
怒鳴る様な声を上げたドランに対し、既に慣れてしまったリィナとナーニャは自分の仕事に集中していた。
「まさかあの新米皇帝が手柄を焦ったのではないだろうな?」
ドランは国主が代われば実績作りに躍起になることを良く知っていた。
しかしそれは直ぐにリィナとナーニャに否定される。
「さすがにルシエル様と親交を結びたいと願い、ライオネル様を敬畏しているのに、ですか?」
「その前に主砲を相殺することが出来る兵器があるとは思えません。帝国で行われていた兵器に関する研究は既に廃棄されているじゃないですか」
その時、ドランにある考えが浮かんだ。
ネルダールを経由すれば帝国に兵器を流せるのではないかと……。
ただ何があるか分からない状態で、そのことを確認するためだけに地上へ戻ることは戸惑われた。
その時だった。けたたましい警報が飛行艇に鳴り響いた。
「何事じゃ?」
「上空から無数の強い魔力を確認しました。これは……避け切るのは不可能です」
「何じゃと! 対空防御、全砲門を上空の魔力へ」
「ドラン様、弾幕を張ってもあの数では……」
もう諦めてしまいそうで半泣きのリィナとナーニャを見てドランは冷静になって笑った。
「だったら奥の手じゃ。リィナ、ナーニャしっかりと座席に掴まっておれ! 対魔法最大防御、龍の波動展開」
ドランは主砲の横にある普段はカバーがしてあり、触れないようになっている赤いボタンを押した。
すると飛行艇の浮力が無くなり、後方から自然落下を始める。
そして設置されていた副砲が飛行艇から外れて飛行艇の四方へと散らばると、副砲が中間から割れて副砲と副砲を繋ぐ光線を出したと思えば飛行艇の正面に透明な膜が出現する。
そのタイミングでドランは飛行艇を最大出力で空へ向けて発進させ、白い光へと突っ込んでいくのだった。
尚、ドランが奥の手としたのは龍の波動を展開してしまうと、主砲も使えなくなってしまいただの飛行する的になってしまうからだった。
――ネルダール――
そして時は次代の世界樹が守られている空間へとルシエル達が入っていったところまで遡る。
ルシエル達を見送った戦乙女聖騎士隊は二手に分かれて防衛することにした。
マルルカ、ガネット、エリザベス、キャッシー、ベアリーチェの防衛力に優れた年上グループが倉庫へと続く食堂を警備し、ルーシィー、クイーナ、リプネアさん、マイラ、サランの年下グループがルシエル達の入っていった見えない扉の警備をすることになった。
戦乙女聖騎士隊の全員がルシエルの回復魔法により体力面では回復していたが、やはり迷宮で全滅する寸前まで追い込まれていたことで精神的疲労に加え、少なからず心に傷を負っていた。
それでも教皇やルシエル、そして隊長のルミナに付いてきたのは、もはや世界を守るという使命感でしかなかった。
いつ襲撃されてもおかしくない警備では気を休めることも出来ず、全員の口数が少なくなかった。
そんな時だった。
ネルダールが立っていられないぐらいに大きく揺れた。
そして爆発音が聞こえたので、マルルカとベアリーチェが外へ確認に行くと遠くの方で煙が上がっているのが見えた。
しかし襲撃があったからとはいえ、自分達が優先するのは教皇様達だと戻ろうとしたところに何かがネルダールのさらに上空を飛んでいるのが見えた。
「あれは翼竜!?」
「違うわ。翼竜はあんなに大きくないもの。翼竜はあっちの……どれだけいるのよ」
ベアリーチェが視界に捉えたのは巨大な翼竜の後ろに続く翼竜の群れだった。
すると一番大型の翼竜がネルダールへ向けてブレスを吐き出し、ネルダールを守っている結界が発動した。
しかし結界が発動したところにいくつもの落雷が発生すると再びネルダールが大きく揺れた。
そして揺れが収まって直ぐのことだ。
ネルダールに襲撃を受けているアナウンスが入る。
『ネルダールに住まう全ての者達よ、現在ネルダールは正体不明の竜騎士とブランジュ公国から転移してきたアンデッドから襲撃を受けている。手の空いている者は襲撃者の足止めを、戦えない者はシェルターへ避難を開始してほしい。繰り返す……』」
繰り返されるアナウンスを聞きながらマルルカが口を開く。
「このままだと危ないかも……」
「危険ね。直ぐに皆と合流しましょう」
ベアリーチェもその可能性に同意して急ぎ食堂に戻った。
そして普通の翼竜ではなく、大きな翼竜と結界を壊そうとする雷の攻撃を受けていることを皆に伝えた。
ただそれでも自分達が優先するべきなのは教皇様達なのだと判断する。しかしここでルーシィーが皆の迷う気持ちを代弁する。
「教皇様達の警護を優先するのが聖シュルール教会所属の聖騎士としては正しいのでしょう。しかし平時ではないこの状況で、私達よりも強いルミナ様やルシエル様を警護するよりも優先するべきことがある気がします」
「そうかもしれませんわ。ただし私達が加勢しても役に立てないかもしれませんわ」
エリザベスは聖シュルールの試練の迷宮でのことを回想する。
「でもあれは魔王だったのだから仕方がなかった……それで納得しないか?」
サランは陰りのある顔をしながらも前向きな発言をする。
「同意。それにアンデッドなら随分慣れたよ」
マルルカは不適に笑う。
「まぁ少しだけ暴れたい気持ちはあるからね」
マイラは目を閉じて得物を胸に抱える。
「やることは教皇様達が戻ってくるまでネルダールを落とさせないだけ、逆に落とされたら負ける」
クイーナは作戦の成功条件を整理する。
「あら、それだったら簡単そうね」
ベアリーチェは微笑みながらどこからか出したクッキーを口に入れた。
「文句だけの足手纏いはいない。それに油断もしないから負けない」
キャッシーもエリザベスと同じように試練の迷宮のことを回想したが、それだけでストレスが溜まっていた。
「ルーシィーが発案者だし、ルミナ隊長への報告はよろしくね」
リプネアは敬愛するルミナから怒られたくないので、しれっと本音を告げた。
「いや、そこは皆で一緒に怒られましょう」
ルーシィーは高速で手を振った。
そんな様子を皆が笑い、ガネットがポツッと呟くような声を出す
「それにしてもまさか命令に背く日がくるなんて思わんかったわ。これもルシエルンの影響かな?」
「かもしれませんね。でもルシエル様があれだけの人になるとは初めて会った時には思ってもみませんでした」
ルーシィーが思い出すようにそう口にすると、皆も同じような感想を言い合った。
「まぁルミナ隊長には見る目があったってことやな」
「そうですね。私達も男の見る目を養うためにもさっさと世界を平和にしなければいけませんね」
「リプネアはまだ若いのだからお姉さん達より先にお嫁に行かないでね」
「ベアリーチェさん、相手がいませんからその心配は出来てからにしてください」
「それでは私達、戦乙女聖騎士隊の力をお馬鹿な襲撃者に思い知らせてあげますわ。行きますわよ」
「「「おおっー!!」」」
こうして襲撃している翼竜を目指して戦乙女聖騎士隊はネルダールの戦火へと飛び込んだのだった。
それから敵と遭遇した戦乙女聖騎士隊の面々は戦闘をしながら、攻撃が届かない空飛ぶ翼竜は無視していた。
それでも転移してくるアンデッドは数が多い上に全く気が抜けないぐらい強かった。
しかもそこへ無視が出来ない程のブレスを翼竜が再び吐こうとした。
これはまずいと誰もが思った時だった。
その巨大な翼竜に影が差すと黄金の閃光が巨大の翼竜の頭を飲み込むと、翼竜は力を失って墜落していく。
そしてリーダーを失った翼竜の群れは慌ただしく飛び回るが、その翼竜達を黄金の閃光が次々と撃ち落としていった。
一体何がと視線を向けた先にいたのは転生龍によく似た小さな龍だった。
そしてその姿を見た戦乙女聖騎士隊はあの小さな龍の正体がなんとなく分かり、空の敵を任せて自分達はアンデッドに集中していく。
しかしそこへあの魔王に似た魔族が転移してきたことで、皆が身体を震わせることになった。
「雑魚どもが、一体どれだけの時間をかけるつもりだ! あん? ここにも騎士みたいのがいたのかよ」
魔族は機嫌が悪いとばかりに瘴気を纏った瞬間、巨大な魔力の塊を投げるように放った。
その魔力の塊は魔術士ギルドへ向けて放たれ、その魔術士ギルドを背にして戦っていたマルルカ、マイラ、ルーシィーは死を覚悟し、そして爆発音が鳴った。
しかし三人はダメージを一切受けてはいなかった。
それは――。
「ルミナ隊長」
「警護の命令を隊で破るのは前代未聞だぞ。言い訳はあれを倒してからじっくり聞くから、皆はアンデッド達を頼む」
「「「はっ」」」
「悪いがその顔と姿には恨みがあるのだ。だから一切加減することはできないことを許せ」
「はっ、ただの魔力を相殺しただけでいい気なりやがって! 覚悟しろ、白女‼」
「来い、邪神の下僕」
そして二人の戦闘が始まろうとした時だった。
光の玉が空へ打ち上がり爆ぜた。
すると空から爆発音が鳴り響き、空にいた翼竜と翼竜に乗っていたらしい者達が落ちていった。
「一体何をしやがった!?」
魔族はルミナに凄んだ。
「さぁな。しかし貴様が知っても意味はないだろう」
しかしルミナは涼しい顔で受け流す。
「あん? それは俺を倒すからとでもいいたいのか!!」
「ほぅ。少しは頭が回るようだ」
「俺を怒らせたことを後悔しろ」
こうしてルミナは自称魔王と類似した魔族は激突するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
本日も閑話です。次回からルシエル視点へと戻ります。