閑話10 空から光が降り注ぐ時 1
――ブランジュ公国――
ルシエルが教皇を背負い、井戸の中へと飛び降りた頃、巨大な扉を開いていたブロドとライオネルは……待ち伏せしていた魔族の群れを相手に圧倒していた。
「旋風、この相手と戦うことが生かされた理由か……ふっ」
「ちっ、しつこいわ。あれだけやばい気配をしてたんだから仕方ねぇだろ」
二人が開いた扉の先は、他国であれば玉座でもありそうな謁見の間みたいな空間だった。
そこに二人が仕留めそこなった瘴気を纏った騎士と同等の強さを感じる同じように瘴気を守った十人の騎士が侵入者である二人を待っていた。
ただ部屋の中には邪神の気配もあったはずだが、邪神の姿は見えなかった。
二人は肩透かしを食らった感じもしたが、瘴気を纏った騎士をとりあえず倒すことに決めた。
ブロドは少しでもテンションを上げようとライオネルに勝負を申し込んだ。
「どちらが多く、もしくは早く倒せるのか勝負しようぜ」
「旋風よ、たぶんあの穴は迷宮のようなものだろう。騎士達が纏っている瘴気も源流を断てば止まり元に戻せるかもしれんぞ」
ライオネルはブロドの申し込みを受ける前に、大剣の刃を騎士達の後ろにある大穴へと向けた。
大穴から放出される瘴気が騎士達へと流れているようにも見えた。
「そうだな。ルシエルならきっとそういう選択をするだろう。だがな、俺はルシエルのようになんでもかんでも救おうとは思わん」
ブロドは肩を竦めてから視線を瘴気を纏った騎士達へと向ける。
「それは奇遇だな。明らかに民間人や非戦闘員なら手心も加えるが、相手が騎士や兵士であるのなら遠慮することもない」
ライオネルもブロドの考えに同意し、身体から闘気が溢れ出していき、大剣を振り切った。
すると空気を切り裂くような斬撃が騎士達へ飛んでいく。
「あ、汚ぇぞ」
「早い者勝ちなのだろう? さぁ奴らもやる気だぞ」
ライオネルの飛ぶ斬撃は数人の騎士がふっ飛ばした。
それが戦闘開始の合図だと判断したのか、騎士達は戦闘陣形を組みながら接近してくる。
四人一組の陣形で残りの二人は後ろから魔法を使うのだと判断したブロドはライオネルに指示を出す。
「少しの間、砲台になっておけ」
ライオネルの返答を待つことなく、ブロドは姿が消えたと思わせる程の高速移動で騎士達の間をすり抜け、後方にいた騎士へと斬りかかった。
ライオネルもまたブロドがどう動くか分かったのか、飛ぶ斬撃を二組の騎士達へと連続で放っていく。
ただ砲台呼ばわりしたブロドにはそれなりに怒ったようで「それならば旋風の名通り、渦を巻くような動きとその動体視力で飛ぶ斬撃ぐらい躱してみせろ」と呟いていた。
ちなみにこの旋風という通り名がブロドについた理由だが、当時はまだ非力だったこともあり、破壊力を求める過程で渦を巻くような回転を加えた連続攻撃を編み出して名を上げた。
しかし自分はまだ発展途上であり、暴風や竜巻には程遠く、生まれたばかりのつむじ風なのだと語り、つむじ風が通り名として弱いとの判断から旋風となり、それが定着してしまった。
その影響で風関連の通り名が付く冒険者はほぼいなくなってしまったのだが……。
そのブロドはライオネルの放った飛ぶ斬撃をしっかりと捉えており、騎士の攻撃を躱しながら飛ぶ斬撃の射線上へと誘導し、飛ぶ斬撃を当てる。
もちろん飛ぶ斬撃だけでは瘴気を纏い防御力の上がっている騎士を倒せるとは思っておらず、予期せぬダメージを受けて動きが鈍くなった騎士に接近し、中途半端な攻撃を避けて剣を首へと滑り込ませた。
ブロドは止まることなく仲間の騎士ごと攻撃対象として剣を振り下ろそうとする騎士の攻撃を捉えて後方へ飛んで躱すと、全速で接近して全力で首へ斬り込んだ。
騎士はブロドの攻撃が見えたのか、それとも何か感じたのか防ごうとした。しかしブロドが全力で振った剣は普通の剣ではなく、転生龍を素材としている特注であるため、騎士の剣ごと斬り裂いた。
「武器の性能を一般の良質武器と勘違いしたままだったぜ……なっ!?」
ブロドはずっとルシエルやライオネルとしか模擬戦をしてこなかったため、武器の性能が伝説級になっていることを忘れていたのだった。
そこへライオネルがふっ飛ばした炎に包まれた騎士が二人転がってくる。
「こちらの邪神の前の肩慣らしは終わった。残りの騎士を相手にさっさと装備になれておけ」
ブロドがライオネルを見れば、既にライオネルの近くに騎士はおらず、残りはこの二人の騎士だけらしい。
勝負に負けたことを悟ったブロドは騎士二人を苦しませることなく斬り伏せた。
「完全に私の勝ちだな」
「ちっ邪神は俺が……なぁ、こいつ等ってまた復活すると思うか?」
「……確率はゼロではないかもしれないな」
二人が見たのは瘴気が流れ込む騎士達だった。
既に首を刎ねた騎士達へも瘴気が流れ込んでいる。
迷宮であれば消滅するだろうが、瘴気を浴びた死体がアンデッド化するという話はイルマシア帝国では昔から有名だった。
「ルシエル様が到着するまではここで留まる方がいいのかもしれないな」
「あいつが来る前にこの大穴を調べたかったんだがな……そうは言っていられないみたいだな」
ブロドの視線は瘴気を吸収して動き出した騎士達の死体へと向けられた。
「リビングデッドになる瞬間をこの目で見ることになるとは思わなかったぞ」
「とりあえず復活しなくなるまで倒すか。それまでにルシエルが戻ってこなければ連絡してから、そこの大穴に潜るか」
「私に指図するな。まぁ概ねそれでいいだろう」
こうして二人はずっと戦い続けていた。
――イエニス――
こちらは少し遡り、赤黒く光る巨大な魔法陣の偵察へとやってきたクレシア、ハットリ、アリスの三人は戦闘に入っていた。
その相手は魔法陣から出現した魔物や魔族ではなく、ブランジュ公国の邪神の手先である魔族に魅了され、手先となった公国の兵士達だった。
この兵士達は同じように魅了された研究者達の開発した精霊石を用いた兵器を所持しており、目的はルシエルに封じられた魔法陣の解放だ。
本来は首都イエニスを召喚された魔物達と襲うはずだったのだが、ルシエルの張った聖域結界のせいで大幅に予定が狂わされていたのだ。
そしてそんな彼等の誤算は精霊石を用いた兵器であれば結界が直ぐに壊せると思っていたことだ。
まさか自分達が攻撃を受ける立場になるとは思ってもいなかった。
ルーブルク王国で数多くの魔族を狙撃して秀麗弓姫という通り名を打診される程、弓の腕前があるクレシアは兵士達が手に持っていた兵器のみを次々と狙撃していく。
手には魔力を込めるだけで魔法の矢が出現する魔弓を装備しており、連射も思いのままだ。
「ハッ、次、次、あ、あの人は指揮官ぽい」
そう口にしながら弓を引くクレシアを守るために存在するのだと豪語するハットリが忍術を惜しげもなく使っていく。
「異世界忍法流砂地獄(土を砂に分解) 異世界忍法砂嵐(砂を巻き上げて兵士達の視界を奪う) 異世界忍法陽炎分身(等身大の鏡を用いて光の屈折を利用して分身をしているようにみせる)」
この嫌がらせ忍法が実は結構役に立っていた。しかし愛する人を見つけたハットリはエセ忍者ではなかった。
「忍法影渡り」
そう口にした次の瞬間、ハットリは公国の兵士達の中心に出現した。
いきなり出現したハットリを見て驚いている隙にハットリはさらに忍術を発動する。
「忍法全分身の術(分身した数だけステータスが半減)」
すると分身したハットリは近くにいた兵士達に襲い掛かっていく。
ハットリはステータス的には強くないが、戦い方が上手く倒されることなく時間を稼いでいく。
もちろん兵士達もハットリを倒そうとするのだが、そこへクレシアの放った援護の矢が届くとハットリはやる気が上がって動きが活発になっていく。
こうしてハットリに翻弄され、武器をクレシアに落とされた兵士達の士気は低下していく。
そこへ地響きを立てた巨大なゴーレムが出現すると兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
そして安全になったことを確認した忍術の影渡りで合流したハットリはクレシアの無事を確認する。
「クレシア殿、ご無事か?」
「ええ。ただ人族と戦うことになるとは思ってもいませんでした」
「辛いならいつでも胸を貸すでござるよ」
「今はいいかな」
苦笑いを浮かべるクレシアにデレデレしていたハットリだったが、アリスへ視線を向けるとを恨めしいとばかりに口を開く。
「アリス殿、美味しいところを持っていくのはずるいでござる」
「仕方ないでしょ。まだシュバルツは完成していなくて脅しにしか使えないんだから。いいじゃない活躍したんだし」
「物足りなかったでござる」
「そんなこと言ってるとやばいの現れるわよ」
「ぬぬぬっ」
クレシアはそんな二人の様子を見ながら、二人がついて来てくれて良かったと微笑むと、空から光が落ちてきて大地を白く染めた。
――ロックフォード――
クレシア達が公国の兵士と相対していた頃、ポーラとリシアンは巨大ゴーレム集団“ルシエルンズ”を起動していた。
「中々強いし、魔石も大きそう」
「何が作れるか楽しみですわ」
「ここからが全力」
「ですわ」
そして二人が操る巨大ゴーレム集団“ルシエルンズ”が巨大な魔物へ代わる代わるタックルを仕掛け始めた。
巨大な魔法陣を掴んだ大きな腕はルシエルの結界の中で青白く燃えていく。
それに安堵していいのか、楽しくない、残念だと思うのは不謹慎かと考えている時だった。
魔法陣に向けて雷が落ちると青白い炎を纏った何か結界から落下し、轟音ととも着地した。
ポーラとリシアンは先程までとは違い、既に気を引き締めて未だに青白く燃える生物に対して最大限の警戒を向けていた。
そして少しずつ巨大な生物が動き出し、聖域結界に燃やされた怒りを発散するように叫びながら体を起こした。
その大きさを見たポーラとリシアンはある魔物を思い出していた。
混沌と厄災を招く最凶最悪のアンデッド、ワールド・デッド・デストロイヤーだ。
ただ今回は生きている分、知恵もあるだろうし強そうだ。
そう思った時だった。
デストロイヤーはポーラとリシアンが搭乗している巨大ゴーレムである“ルシエルン”を無視して辺りを見回すと、大きな口を開けて何もない森へ光線のようなブレスを吐いた。
「あれを喰らったら不味いかも……」
「先手必勝ですわ」
二人が搭乗した巨大ゴーレム“ルシエルン”はデストロイヤーに向けて走り出し、大振りで右拳をデストロイヤーに放つ。
ただこの大振りをしている間に“ルシエルン”の拳がドリルに換装されていた。
デストロイヤーは“ルシエルン”の拳を手のひらで受けようとして絶叫を上げ、“ルシエルン”を殴り返そうとした。
すると“ルシエルン”の背中から巨大な植物が飛び出してその拳を叩き落とした。
そして腕に絡みつくと“ルシエルン”は受け止められた拳をドリルから普通の手に再び換装してデストロイヤーの手首を持ってそのまま後方へと放り投げた。
巨大ゴーレム“ルシエルン”はポーラとリシアンのレベルがかなり上がっていたこともあり、公国が精霊石を用いた兵器よりも兵器らしくなっていた。
その巨大ゴーレムの出力とあまり遜色がないと判断した二人は戦闘を楽しむことなく、安全に魔石を手に入れることを選択した。
そして巨大ゴーレム集団“ルシエルンズ”がデストロイヤーを倒したところをポーラとリシアンが搭乗した“ルシエルン”が転生龍の骨で作られた穂先を付けた槍で魔石のある胸の中央へと突き刺した。
しかしデストロイヤーはそれでも直ぐには死なず、最後に一撃で道連れにしようと口から光線のようなブレスを吐こうとした。
嫌な予感がしたポーラとリシアンはそれぞれ近くにいた“ルシエルン”で防ごうと動いた直後、デストロイヤーのブレスがさく裂した。
結果、二体のゴーレムが廃棄に追い込まれてしまったが二人は無事だった。
「危なかった」
「まだまだ気が抜けませんわね」
「まだ戦力が足りないかも」
「そうですわねって、あれもまさか攻撃ですの?」
リシアンが空を見て驚きの声を上げ、ポーラは落ちてくる光が綺麗だと思っていた。
そして視界が白く染まった。
お読みいただきありがとうございます。
今回は閑話でした。次も閑話だと思います。