372 爆発音の正体
崩れ落ちるように倒れた魔術士ギルド長のオルフォードさんへと駆け寄り、俺は直ぐにエクストラヒールを発動しようと考えていた。
しかしオルフォードさんを中心に視認することができる程の強固な風属性の結界が張られているため、エクストラヒールを発動することで結界に何らかの影響を与える恐れがあった。
教皇様も同じように考えたのだろう。
結界の前に立ち止まり、オルフォードさんに何度も声をかけている。しかしオルフォードさんの反応はない。
「これほどの結界を張ったということは襲撃を受けているのは間違いないですね」
「残念ながらそのようじゃ。それが人、魔族、魔物のいずれかは分からんが……」
周囲を確認しても結界を破ろうとする攻撃はおろか、その影すらも見当たらない。
ただこのまま放置することは出来ないので、俺は転移を試みてみることにした。
「教皇様、転移を試みてみますのでお手を」
「うむ」
教皇様の手を拝借して転移魔法を発動してみる。
するとうまく転移することが出来たようでオルフォードさんの倒れている真横に転移することが出来た。
ただ近場に転移した魔力消費が今までとは比べられない程で、一気に枯渇寸前まで魔力を消費してしまう。
俺は直ぐに魔力結晶球を取り出して魔力を回復しながらオルフォードさんにエクストラヒールを発動するが、オルフォードさんが起きることはなかった。
ただ呼吸をしてくれていたので、少しだけ安心した。
これだけ強固な結界を張ったことで魔力が枯渇し、体力まで削ってしまった反動で倒れたのだろう。
「どうやら魔力が枯渇したようですね」
「うむ。これならオル君は大丈夫そうじゃな」
懐かしむようにオルフォードさんが倒れる隣に座り込んだ教皇様はオルフォードさんの頭を撫でる。
眠る祖父を撫でる孫みたいな見た目だけど、魔術士ギルド長のオルフォードさんと教皇様は同じ時間軸を過ごしてきたんだよな。
「教皇様、オルフォードさんは無事のようですし、隠者の棺へと収容しましょう」
「そうじゃな」
俺は魔法袋から隠者の棺の鍵を取り出して開く。すると教皇様がオルフォードさんを抱え上げて棺へと収容した。
「オル君、またあとで、なのじゃ」
そう告げて教皇様は棺の蓋を閉めた。
そして隠者の空間から出てから直ぐに教皇様から指示が出る。
「ルシエル、この風の結界は強固なものじゃ。しかし安心することが出来るかは別の問題じゃ」
「それでは聖域結界を風の結界の内側に発動しま――!? 教皇様、伏せてください」
俺が強固な聖域結界を発動しようと魔力を練り上げて何気なく空を見上げた時だった。
上空から凄まじい威力の落雷が風の結界の上部を直撃した。
そのあまりにも眩しい光と轟音に視線を切った。
そしてこれが先程から定期的に聞こえていた爆発音だったのだと認識した。
直ぐに聖域結界を発動して周りの様子を確かめると、あれだけ強固に張られていた風の結界が脆弱になってしまっていた。
恐らく先程の一撃が再び降り注ぐと風の結界は消滅してしまうだろう。
もちろん魔力に強固な耐性のある聖域結界を張ったから少しは安全だと思う。
それでも先程の落雷に瘴気や闇属性の魔法が混ざっていないことが不安だった。
「教皇様、今の落雷ですが!? どうされたのですか?」
教皇様が耳を手のひらで覆い幼子のように蹲ったまま震えていた。
雷よりも強力な魔法を操る教皇様が、まさか雷が怖いとは思えないし、教皇様が怖がっている理由が分からなかった。
「ルシエルは聞こえなかったのじゃな。精霊の叫び声が……」
苦痛を耐えるような顔をして教皇様がこちらに顔を向けた。
「叫び声……先程の落雷が、ですか?」
「あれはたぶん精霊石を使った攻撃なのじゃ」
「なっ!? まだ精霊石を使った兵器の開発を続けていたのか」
教皇様の言葉に俺は少なからずのショックを受けた。
以前ネルダールが瘴気に汚染されてしまった時、ブランジュ公国の魔道具を開発する研究者達と魔族の共同研究に精霊石を用いた兵器開発をしていた。
あの時は洗脳されていたこともあり、これ以上は精霊石を使う研究を止めるように研究者達に圧力をかけるだけに留めてしまった。
しかし本来はブランジュ公国の公爵か、ブランジュ公国を統治している者を説得しなければならなかったのだ。
俺はネルダールや他の地域に魔族が入り込まないようにすることで頭がいっぱいで、精霊石の研究をしていた者達の良心を信じてしまったのだ。
しかしいくら良心の呵責に苛まれようと、家族や知り合いを盾にされてしまっては研究を続けるしかないのだ。
「教皇様、申し訳ありません。俺が以前に精霊石を兵器にする研究を知った時、もっとしっかりとブランジュ公国と対応していれば……」
「自分を責めるではないのじゃ。それにそもそも妾がお飾り教皇であったことが一番の原因じゃ。そんなことよりも精霊達をこれ以上、苦しませる訳にはいかんのじゃ」
「何か対策が?」
俺には今の攻撃は瘴気が含まれていなかったし、事前に魔力を感知することも出来なかったのだ。
「大丈夫じゃ。既にどこから攻撃をされたのかは分かっておる。久しぶりに力を取り戻したものの、ブランクのせいで何をしたらいいのか迷ってしまっておったのじゃが、精霊の叫び声で目が覚めたのじゃ」
「ではご指示を」
しかし教皇様からは返答ではなく、ただ威圧されるような気配が膨れ上がっていくと、教皇様は世界樹の杖を両手で持ち空に突き上げた。
「【この星に住まう数多の精霊達よ 勇者の導き手たる森羅万象を司る精霊達よ 同胞を穢し存在を消滅させようと企む者共に裁きの鉄槌を下せ オーダージャッジメント】」
教皇様の詠唱が終わると、世界樹の杖の先端から膨大なエネルギーの含んだ光の玉が出現し膨らみながら上昇していくと、無数の光となって弾けて落下していた。
そしてその光はネルダール内にも落ちていき、かなり近くでも何かが弾けるような音が聞こえてくる。
しかし禁術であるリヴァイブと同等、もしくはそれ以上の魔法を行使した教皇様もただでは済むわけがなかった。
魔術士ギルド長のオルフォードさんと同じように魔力が枯渇してしまったのだろう、教皇様の身体が崩れかかったのを直ぐに支えて魔力結晶を出して回復を促し、俺はエクストラヒールで体力が削られないように努める。
「教皇様、何故このような強大な魔法を行使したのですか」
「はぁ、はぁ、ルシエルならば、はぁ、はぁ、妾の力が無くとも邪神に打ち勝てる、はぁ、はぁ、そう判断したのじゃ」
息も絶え絶えの状態なのに、教皇様は俺を見て笑った。
魔力枯渇で気分は悪そうだけど、魔力結晶球を握り魔力が回復し始めると息遣いも穏やかになってきた。
「信頼が重いですね。それにしても先程の魔法は?」
「まだ自我もなく生まれたばかりの精霊……父様は幼精と呼んでおった存在に苦しんでいる同胞を救うための魔力を付与したのじゃ」
「付与したって……どれだけの魔力が必要になるのか分からないのに行使したのですか?」
「ルシエルだって同じようなことをして救ったであろう? 妾にとって精霊達は家族のような存在だから救うのは当たり前なのじゃ」
そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。 ただ教皇様が生きていて良かったと心の底から思う。
「はぁ~承知しました。それでは直ぐに魔力増幅させる魔道具を回収してルミナさん達と合流しましょう」
「うむ」
俺は教皇様をお姫様抱っこしようかと考えたけど、襲撃されたら危険だと判断して負ぶって井戸の中へと飛び降りることにした。
「教皇様、背中にどうぞ」
「懐かしいのじゃ」
少し背負うことに緊張もしたが、教皇様を背負うと愉しげな雰囲気が伝わってきた。
それが何となく微笑ましくて、俺も緊張が解けた。
「じゃあ行きます」
「うむ」
こうして俺は教皇様を背負って井戸の中へと飛び降りたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
感想もいろいろとありがとうございます。
一度プロットを残して消えてしまった文章も期間が空いたことで気にせずに書けるようになりました。ただ書かなかった弊害でまるで展開にスピード感がないことに凹んでおります。
出来るだけ書いてお届けし、楽しんでいただけるように頑張ります。