371 ルシエルの推測と邪神の狙い
次代の世界樹を守るため、レインスター卿が創った空間内に出現していた魔物達は教皇様が先に放った魔法で全て消滅しており、今では空っぽになってしまった保管庫へは何事もなく戻って来られた。
しかし気を抜くことはまだ許されないのだと、保管庫を守っているはずの戦乙女聖騎士隊の姿が見えないことで強く感じることになる。
「皆が職務放棄をするなど……」
ルミナさんは信じられないという様子で震えるような声で呟くと、今にも保管庫から飛び出して行きたいように映った。
教皇様も俺と同じように映ったのだろう。直ぐに教皇様から指示が下る。
「ルシエル、警戒レベルを対邪神軍とし、戦闘態勢をしくのじゃ」
「はっ!」
俺が教皇様からの指示を受け、聖域鎧を全員に発動すると、それを確認した教皇様はルミナさんへ命じる。
「ルミナ、思うように行動せよ。そして仲間を救うのじゃ【数多の精霊達よ 妾の魔力の下へ集い糧とし 邪悪な存在と穢れを退ける力を付与せよ ホーリーアトリビュートグラント】」
聖域鎧で青白い光を身に纏ったルミナさんに教皇様が魔法を付与すると、青白い光と黄金色の魔力が混ざりあいながらルミナさんの姿が輝き出し、金髪は白に近く、目の色も青から紫に近くなった。
「教皇様、ありがとうございます。ルシエル君も……」
礼を述べた直後、ルミナさんが保管庫の入り口の扉を開くと同時に遠くの方で何かが爆発するような音が聞こえてきた。
ネルダール内で戦闘が行われているのは間違いなさそうだ。
ルミナさんが不安そうな顔で飛び出していくその姿を見送りながら、俺は魔法袋から魔力結晶球を二つ取り出しながら教皇様に尋ねる。
「教皇様、まずはこれで魔力を回復してください。それとお聞きしたいことがあります」
「うむ。それで改まって何を聞きたいのじゃ?」
素直に受け取り直ぐに魔力を回復し始めたところを見る限り、かなり魔力を消費したように思う。
もしこれが万全を期しているだけなら俺の考え過ぎだけど……。
「お聞きしたいことは三点あります。まず邪神は本当にブランジュ公国にいると思われますか? 次にネルダールが地上へ落ちた場合、向かう先はどこですか? 最後に……いえ、まずこの二点をお聞かせください」
「ふむ……。邪神の居場所は正確には掴めないのじゃ。それとネルダールが落ちるかどうかも分からないのにそれを妾が分かるはずがないのじゃ」
困ったことに教皇様が本音で語っているかどうかどうか判断することが出来れば良かったんだけど、俺には判断することが出来ない……。
ただ教皇様の本音が聞けるとしたら二人でいる今の状況を置いて他にないだろう。
さすがにあまり時間もないし、俺の推測を話した方が早いか。
「教皇様、俺は邪神がブランジュ公国に潜んでいたとしても最後には聖シュルール教会本部を襲撃してくると思っています。またこのネルダールを落とすのはイルマシア帝国とルーブルク王国が戦争をしていた地ではないかと思っています」
「どうしてそう思うのじゃ?」
「転生龍がいた場所を迷宮だと仮定した場合、聖都シュルール教会本部を中心に六芒星が浮かび上がり、風精霊のいたネルダールを除いた場所を繋ぐと聖都を中心に五芒星が出現します。両方とも魔除けの意味があったのではないですか?」
まぁこれは光精霊だったフォレノワールが本来はブランジュ公国にいたら、という仮定の元の話だけど……。
でも五芒星も六芒星も魔除けだし、転生者であったレインスター卿ならそれらを調べていたとしてもおかしくはない。
何よりフォレノワールが力を失った頃に聖シュルール教会本部に迷宮が出現したこと、聖シュルール共和国に強い魔物が出現しなかった理由を考えると偶然ではない気がしていた。
このことからどこにネルダールが落ちるかによって運命が変わるような気がしてならなかったのだ。
「ふふっあっははは。ルシエルよ、それはさすがに考え過ぎじゃ。何より今からネルダールが落ちるのを食い止めるのだろう?」
「そうですね。でも俺の推測通りならレインスター卿がネルダールを空に打ち上げた理由がロマンだけではなかったと思うのです。そして教皇様もネルダールが落ちた後に何が起こるかを知っていて、その命と引き換えに邪神を滅しようと考えているのではと愚考いたしました」
教皇様がその命を賭して邪神と相打ちを狙うのではないか? それが俺の聞きたかった三点目だ。
「ルシエルがそこまで考えてくれるのであれば、妾を守ってくれればいいのじゃ」
「分かりました。ただ教皇様も約束してください。絶体絶命な状況に陥り、命と引き換えにしようと考えても俺が生存している限りは実行しないでください。俺が奥の手を使う前に教皇様の命が失われることになれば……」
レインスター卿が俺を許さないだろうし、俺も自分自身を許せないだろう。
「分かったのじゃ。ではネルダールが落とされる前にまずはルミナ達を救うとするのじゃ」
「はっ」
俺、教皇様の順で保管庫を出ると予想に反して部屋は綺麗なままだった。
しかし相変わらず爆発するような音は止んではいなかった。
ただ戦乙女聖騎士隊の全員が教皇様の命を受けたにも関わらず、ただ戦闘音が聞こえてきたというだけで動いたのかが気にかかっていた。
「教皇様、瘴気は見えないのでまずは戦闘音がする方に向かおうと思うのですが?」
「そうじゃ。ルシエルの浄化魔法は魔物や魔族に対して効果があるから定期的に放ち援護するのじゃ」
「分かりした。では向かいます」
俺は浄化波を発動してから魔術ギルド内の廊下を駆ける。
教皇様はそれに難なくついてきているので加減も必要なさそうだ。
それにしても……。
「魔物は疎か魔族の姿も見えませんね」
先行したルミナさんが全て倒したのだろうか。どうも浄化波を放ったことで瘴気が見えないので状況を把握しにくい。
ただ魔族や魔物なら浄化波を浴びたら青白い炎に包まれるし魔力や気配を感知することが出来るはずだし、こちらには来ていないと考える方が自然――。
そう考えた時だった。
爆発音とともにある場所から魔力を持った何かが多く出現するのを感じた。
「どうやらどこかの国から転移してくる者達がいるみたいじゃ」
「ルミナさん達が交戦しているのは魔族か魔族化した兵士かもしれませんね」
現在、ブランジュ王国以外の国は防衛しているはずだし、何か動きがあれば魔通玉からの連絡がくるはずだ。
それがないということはブランジュ王国からの来客だろう。
「それにしてもネルダールを落としに乗り込んでくるとは邪神は一体何を……」
「世界樹の件では?」
「邪神にとって世界樹はあまり重要ではないのじゃ。それよりも力を取り戻す……!? いかん」
焦った声を上げた教皇様は俺を追い抜き、爆発音のする方ではなく、魔術士ギルドの中心地へと方向を変えた。
俺は慌てて教皇様へと追い付き並走しながら訊ねる。
「どうされたのですか?」
「ウインド……風の精霊が世界樹の下にいるのじゃ。ということは魔術士ギルドの中枢を守る者がおらんということじゃ」
「中枢に侵入されるとネルダールが落とされるということですか? ですが、そんな重要な場所なら簡単に侵入したり、見つけたり出来るのでしょうか?」
守護者がいないというのは大変なことだとは思う。しかしその対策を風の精霊が何もしていないとは思えなかった。
それに風の精霊の依り代である魔術士ギルド長のオルフォードさんがいるはずだ。
「確かに対策はされておると思うのじゃ。それでもネルダールの飛行ルートや速度、高度を自動制御する魔道具があるのも確かじゃ」
「それではこのネルダールが落とされると邪神の力が強まるということですか?」
「いや、それはそれであるかもしれんが、あそこにはもしもネルダールが浮遊するための風の魔力を失った場合でも浮遊し続けさせる魔力を増幅させる魔道具があるのじゃ」
なるほど。それを邪神が手に入れたら邪神の魔力を増幅されて危険が……ん? それって前に俺が回収して奥の手に使おうと思っているあれじゃ……。
「あの、教皇様」
「ルシエル、嫌な予感がするからもう少し急ぐのじゃ」
「承知しました」
俺はその場で一旦急停止し、魔力を練り上げてルミナさん達が戦っている場所へ浄化波を発動する。
それから教皇様と再び並走し、魔術士ギルドの中枢にある井戸が見えてきたところで、力を失ったように崩れ落ちる魔術士ギルド長オルフォードさんの姿を捉えた。
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