369 世界樹の変化
多頭竜であるヒュドラは各頭がそれぞれ独立した思考の持ち主であり、強力なブレスを連携して放ってくるだけでなく、実は魔法も多用してくる厄介な魔物だ。
しかも一つずつ頭を潰しても時間が経てば再生するという凶悪なスキルを所持している。
それでもリディアが万全な状態であったのなら、防御に徹するだけでなく、反撃することも出来ただろうに……。
というのも既に謀略の迷宮で、ある程度レベルが上がった頃にヒュドラを相手に単独で完封したこともあるのだ。
まぁそれでも対峙するとトラウマで震えてしまうと言っていたけど……。
ただ今回は精霊達が世界樹を守護するために力を使っていることから、弱い精霊魔法しか使えることが出来ず、苦戦を強いられたのだろう。
まさか襲撃されているとは思わなかったから、間に合って本当に良かったと思う。
「さてと、悪いが力業で一気に決めさせてもらう」
俺はヒュドラへと駆けながら再び魔力を多く込めた聖域鎧を発動し、幻想剣に魔力を注いでいく。
そんな俺に対してヒュドラがブレスや魔法を放ってくるが、俺は構うことなくそのまま直進し、そのブレスや魔法攻撃に飲み込まれた……。
きっと傍から見ればそう見えただろう。
聖域鎧がブレスや魔法を全て弾き、俺は幻想剣を思いっきり払った。
するとヒュドラの胸に斬撃が飛んでいき、一の文字がヒュドラの胸に刻まれた。そして次の瞬間、その一の文字を境にしてヒュドラの胴体がズレていくと、紫の血飛沫と瘴気と空気中に舞った。
俺は直ぐに浄化魔法を発動し、森への影響がないように意識しつつ、次のヒュドラへと狙いを定めて駆け出す。
どうやらヒュドラ達には俺がヒュドラを単身で撃破するなんて思ってもいなかったようで、かなり隙だらけだったので、六体いたヒュドラに苦戦することなく、直ぐに倒すことが出来た。
「ヒュドラは身体そのものが環境破壊だから魔法袋に……っと、なんでヒュドラだけは魔石にならず、このままなんだ?」
不思議に思いつつも魔石を含めて再び浄化魔法を発動すると、浄化魔法を浴びたと直後、魔石から瘴気が立ち上り、魔法陣を形成されていく。
もしかすると召喚魔法の類なのかもしれないな。
もちろん大人しく召喚させるつもりはなかった。
魔法陣をそのまま消すことも考えたけど、聖域結界を発動して何が召喚されるかを待つことにした。
魔法袋から魔力結晶球を取り出し、魔力を補給した直後に瘴気が集まっていき変化していくが、残念ながら人の形ではなかったことから浄化波で全ての魔法陣を消滅させると、瘴気も青白い炎となってから消滅していった。
「そんなに都合よくは情報収集させてもらえないか」
俺は仕掛けの無くなった魔石を魔法袋へと収納してから教皇様達の下へ戻った。
すると三人から呆れたような視線が向けられていることに気がついた。
「えっと、何かしましたか?」
「どうした、こうしたではないのじゃ。いくら何でもヒュドラに突っ込むとは何を考えておるのじゃ」
するとまず教皇様が口火を切り、ルミナさんが続く。
「ルシエル君、いつの間にそんな無茶なことをするようになったのだ。確かに強くなったとはいえ、一歩間違えば大怪我どころでは済まなかったぞ」
「そうです。しかもこの森へ入ってから殆どの魔物を倒してきたというじゃないですか! 魔力は平気なのですか?」
さっきまで瀕死だったリディアにまで言われるとは思わなかった……が、今回は油断や慢心はなかったと思う。
「えっと、まずヒュドラの攻撃を受けたことに関してですが、師匠やライオネルがバザックとの戦闘訓練中に、似たようなことをして魔法を防いでいたのを見て、俺も特訓して模倣することが出来るようになったんですよ」
師匠達の場合は魔法というか、闘気みたいなものが師匠達の身体から立ち昇り、その膜が魔法を弾いていたもんな。
まぁその後にバザックが切れて魔法で罠を構築して、師匠とライオネルがあわや大惨事となってしまう寸前までいったけど……。
「あれだけ戦えるのであれば、派手に戦わずに父様と同じく次元を斬ればよいのじゃ」
「いや、レインスター卿を基準にしないでください」
あくまでも俺は人間の枠からははみ出してはいないのだから。
「教皇様、失礼ながらここはルシエル君の行動に対して注意をするところでは……」
「これでも皆を守れるように頑張ってきたので、出来ればルミナさんも信じてほしいです」
「……はぁ、勝手にいなくなってくれるなよ」
ルミナさんはそう弱弱しい声を出すも認めてくれた。
「リディアも魔力は魔力結晶球をポーラとリシアンが量産してくれたのは知っているだろ?」
「それはそうですが、あの魔物の群れを相手にするなんて」
まともに戦ってこなかったから、そこまで魔力を消費することはなかったんだけど……。
「謀略の迷宮で師匠達と戦っている方が危険だし、謀略の迷宮の方が比べ物にならないぐらい強いよ。リディアだってレベル上げをしたから知っているだろ?」
「それでもまさかルシエル様までヒュドラを瞬殺することが出来るようになっているとは思いませんもの」
「師匠やライオネルと模擬戦ばかりしていたから、本当に危ない時は分かるよ」
ルミナさん達を助けた時も自称魔王に苦戦することもなかったし、やはり問題は邪神だけだろう。
そういえば確かにリディアやナディア、戦乙女聖騎士隊の皆がパワーレベリング中、俺は戦闘に参加していなかったからな。
それはそうとリディアが気になることを言っていたな。
「リディア、この森に魔物が出現したのはいつから?」
「数時間前からです。ルシエル様と連絡してから暫くして一度この森が大きく揺れたんです」
「あの慌てていた後?」
「はい。それから警戒をしていたのですが何も起こらず、ただルシエル様との通信を終えると、今度は魔通玉が使えなくなってしまったのです」
さすがにこの森に一人は心細かっただろうな。
「それであの魔物達は一体どこから?」
「地面から魔物が這い出てきたのです」
「地面から……」
「はい。あっという間だったので、風の結界を維持して身を隠すだけで精一杯でした。魔力が枯渇する間際にルシエル様達が来てくださり、本当に助かりました」
リディアが笑顔を見せるなか、俺は別のことが気にかかっていた。
あの自称魔王が迷宮の魔石を全て集めたと言っていたし、ネルダールの何処かにも邪神の魔石があったのなら、その時に何か仕掛けたんだろうか? それとも前に洗脳騒ぎがあった時から何か仕掛けられていたんだろうか? 分からないことだらけだな。
「こうなることも考えておけば良かったんだけど、とりあえず間に合って良かった。それで精霊女王達は?」
「この先にある世界樹へ力を注いでいます」
「案内してくれる?」
「はい」
リディアが結界を張っていた森の中へと入っていくと、まだ小さかったはずの世界樹が見上げる程の大きさになっていた。
精霊達が世界樹を中心に六角形となって祈りを捧げており、精霊女王だけが世界樹に手を当てて直接魔力を供給しているようで、世界樹が神秘的に光り輝いていた。
俺はその光景に圧倒されてしまったが、教皇様は世界樹にゆっくりと一歩一歩進んでいく。
そして精霊達の間を通り抜けていくと、世界樹に抱き着いた。
すると幻覚でも見ているのか、世界樹から光が溢れ出して人の形となっていくと、その光を纏った人の形をした者が教皇様を優しく抱きしめたのだった。
「母様……ずっと会いたかったのじゃ」
ただ教皇様のむせび泣くようなその声だけがしっかりと俺の耳に届き、あの精霊のような存在が教皇様の母なのだと直ぐに理解することが出来た。
お読みいただきありがとうございます。
近々(月末?)近況報告を上げたいと思います。