368 世界樹に危機が迫る
宇宙空間のような不思議な保管庫には、今では絶滅してしまったと思われる魔物まで保存されていた。
その魔物達があろうことか瘴気を放ちながら暴れまわっていたのだ。
しかも全体の魔物達が世界樹のある森へと続く扉を攻撃していたようで、アンデッド化しているからなのか、他の魔物を気にすることもなく同士討ちとなってもまるで気にする様子がなく、既に動けなくなってしまった魔物も多くいるようだった。
ただそれよりも物は散乱していてもこの空間は勿論、建付けてある調度品などにも壊れた様子がないことから、レインスター卿の凄さが際立っていた。
「ルシエル、あの魔物達は既にアンデッド化しておるのじゃな?」
「そうみたいですね。魔族が先行していたことを考えると、世界樹へと続く森に行けなかった腹いせ……ですかね」
ブラッドには親から食べ物を粗末にするなと教わらなかったのかと声を大にして言いたかったが、既に成仏しているため教皇様の命が下ったら直ぐに尻拭いすることにした。
「勿体ないが、仕方あるまい。食べられないのであればルシエル、ここも浄化じゃな」
俺の見解を聞いた教皇様は残念そうに魔物達を見ながら決断をした。
「分かりました」
俺の後ろの方では戦乙女聖騎士隊の皆が食べたことがない貴重な魔物が燃やされることに対して色々と思うことがあるようだった。
ただそれでも教皇様の決定を覆す程の意見を持ち合わせている訳ではないので、この件が全て片付いたら戦乙女聖騎士隊とまたバーベキューでもしたいと思いつつ、俺は食糧庫を制圧するために浄化波を発動しようとした。
すると今までは食糧庫の扉を開けた俺達に対しては無関心だった魔物が、一斉にこちらを向き殺到しようとする。
しかし既にそれは遅かった。
俺は魔物達がこちらへと向き直った直後、浄化波を放つと、いつものように浄化波に触れた魔物達は青白い炎に包まれ、魔石を落として消えていく。
ただ俺はその光景……魔石を抜き取られていた魔物達から、アンデッド化したとはいえ、さらに魔石が出てきたことが不思議だった。
「教皇様、既に魔石を失い食料として保存されていた魔物達が、アンデッド化することで再度魔石を生成することなどあるのでしょうか?」
「基本的にはないのじゃ。きっとこれも邪神の仕業……といいたいところじゃが、魔族を生み出す研究がされている以上、一概には分からないのじゃ」
「もしこの研究がなされていた場合、どうにかして完全破棄したいですね」
「そうじゃな」
転がっている魔石には浄化をしてから魔法袋へと回収し、散乱してしまった食料は一先ず置いて魔物達が殺到していた扉へやってきた。
「この扉の先に行ける者は限られているのじゃ」
「えっ?」
「妾とルシエル、あと見えている可能性があるとすればルミナぐらいじゃな」
教皇様の言葉を聞いて振り返ると、ルミナさんを除いた皆が明らかに困惑した表情を浮かべていた。
そういえばリディアとナディアが最初にこの食料庫に入った時、この扉ことは何も言っていなかったし、見えていなかったのかもな。
「皆さん、ここにある扉は見えますか?」
「見えませんわ。そこには扉があるのですか?」
代表してエリザベスさんが答えてくれたが、どうやらここも封印門と同じように資格が必要なのかもしれない。
「ルミナさんは見えていますか?」
「見えているからこそ驚いている。この扉の先は本当に安全な場所なの?」
「ここから先には森が広がっています」
あの白い実を得たその側に世界樹があることも分かっている。ただどうもルミナさんが怯えているように見えた。
「ルミナさん、何か視えるのでしょうか?」
「その扉が帯びている魔力と先程ルシエル君が戦った魔族の魔力に近いものに視える……」
それってもしかして……。俺は嫌な予感がしたので、先に急ぐことにする。
「ルミナさん、俺は教皇様を連れて先に進みます。ルミナさん達はどうしますか?」
「ルシエル君……。私一緒に行く。皆はここに待機し新たな敵の襲撃に備えてほしい」
「「「はっ」」」
戦乙女聖騎士隊はルミナさんの前で敬礼する。
「頼むぞ、戦乙女聖騎士隊よ」
「「「はっ」」」
そして教皇様の声に膝と突き、頭を垂れた。
「ここの死守はお任せします」
「ルシエルン、教皇様と隊長のことは任せた」
「ルシエル様、こちらはお任せください」
「任せる。ここは我らが死守してみせる」
マルルカさん、リプネアさん、クイーナさんが順に声をかけてくる。他の皆からも同じように二人を守ってほしいという意思を感じた。
「任せてください。それじゃあ開きます」
意を決して扉を開くと、視界に飛び込んできたのは森と前回はいなかったはず魔物が徘徊している姿だった。
しかもさっきした嫌な予感通り、遠くの方で争っているような爆音が鳴り響いているのが分かった。
「どうやらノンビリしている余裕はなさそうです。教皇様は魔力を温存してください。ルミナさん、頼りにしていますよ
「任された。教皇様、必ずお守り致しまします」
「二人とも頼むのじゃ」
「はい」「はっ」
本来であれば陣形はルミナさんを先頭にした方がいいのだが、ルミナさんは世界樹の場所を把握していないため、俺が先頭、教皇様を前後で挟むように後方はルミナさんが担当する。
俺は幻想剣を抜き、エリアバリアを発動してから森の中を進む。
直ぐに魔物達が俺達に気がつき、こちらへ向け突進してくるのは猪や狼のような魔物が道を塞ぐが――。
「師匠達よりも、迷宮の魔物よりも遅すぎる」
幻想剣に魔力を込めて斬ればその直後に青白く燃えて魔石を残して消えていく。
この森に現れた魔物達はアンデッド化してはいないようだった。それでもやはり魔石だけを残して消えていく。
「まるで迷宮だな……」
俺がそう呟くと今度は上空から魔法を放ってくる鳥系統の魔物が出現するが、慌てることなく炎龍と雷龍の魔力を幻想剣に乗せて斬撃を放つと、魔物の群れは上空で爆散していく。
ただここで厄介なのが森の中で罠を張る蜘蛛や蛇系統の魔物だ。
何故、厄介なのかと言えば、いくら罠を探知することが出来るタイプのスキルを所持していたとしても、こういう森の中の罠はただの巣だと認識して罠だと反応しないタイプがあるからだ。
仕方なく俺を含めた三人に聖域鎧と炎龍の力を纏い、罠自体を無かったことにして進む。
こうしておけば罠に引っかかってしまっても、その瞬間に罠が勝手に燃えていくので手間はない。
それでも龍の力を借りている状態は魔力の消費が激しく、これから何があるか分からないため、あまり使いたくないのが本音だ。
ただ先程から教皇様とルミナさんから何か言いたげな視線を感じるが、まずは精霊達と合流してからだな。
そうこうしている間に世界樹があるとされた場所が見えてくると、視認することが出来る風の結界とその結界を張って疲弊した姿のリディアを捉えた。
「まずい」
リディアが張っていた風の結界が不安的になったところに、かなりの質量がありそうな岩石が幾つも飛来していくのが見えた。
さすがにあれをこの距離から撃ち落とすにはリスクが高いと判断した俺は、直ぐに聖域結界を風の結界を覆うように瞬時に発動させた直後、爆音が鳴り響き砂埃が舞い上がった。
「ルシエル」
心配そうにする教皇様に俺は頷く。
「リディアも世界樹も無事です。ただ元凶を倒さないと不味そうです」
魔物が複数いるのか、それとも凶悪な魔物がいるのか分からないが、このままだと……。
「ルシエル君、行ってくれ。ここの魔物ぐらいならば私でもルシエル君が戻ってくるぐらいなら教皇様を守ってみせる」
するとルミナさんが俺の背中を押してくれた。
「世界樹が破壊されたら連れてきた意味が失われますからね。教皇様、よろしいでしょうか?」
「勿論なのじゃ。必ず救うのじゃぞ」
「はっ」
俺は聖龍、風龍、雷龍の力を借りて滑るようにリディアの前まで低空飛行で移動すると、リディアを攻撃していた正体が判明する。
リディアにはトラウマであろうヒュドラが、それも複数いた。
「ルシエル様、助かりました」
俺を視認してリディアは安堵した様子で笑顔になった。
「良く頑張った。さくっと倒してくるから、これで魔力を回復しておいて」
俺はそう告げてリディアに魔力結晶球を投げ渡し、エクストラヒールで回復もしておく。
「ルシエル様、ありがとうございます」
その言葉を背に受け、俺は複数のヒュドラに向けて駆け出した。
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