367 来世は……
空中都市国家ネルダールの中心地である魔術ギルドの入り口へと転移した。するとどうしてか再び瘴気がネルダールに漂っていた。
ただ数か月前の時とは違い、視界が黒紫色で遮られる程の濃さではなく、迷宮の浅い階層程度の濃度だった。
それでも瘴気が発生する原因は全て取り除いたと思っていたので、俺は驚き直ぐに警戒を強めた。
「どうやら瘴気が漂っているようです。魔物が出現する可能性もありますから、念のため戦乙女聖騎士隊は教皇様の護衛に専念してください」
「承知した」
ルミナさんは声を出さずに戦乙女聖騎士隊を見て頷くと、教皇様の周囲を固めた。
「教皇様、襲撃がある前提で動きましょう」
すると教皇様は不思議な顔をして俺を見つめてから問うてくる。
「ルシエルにはそこまで瘴気がはっきりと見えるのか?」
教皇様も精霊王の加護を得ているらしいので、てっきり瘴気も俺みたいに見えていると思ったけど、そうじゃないみたいだ……。
「はい、教皇様。以前このネルダールが邪神に狙われた時も、そのおかげで何とか対処することが出来たのです」
あの時はネルダールへと着いた時点で複数のエビルプラントが瘴気を吐き出していたし、洗脳された研究者達が住民を魔族化させていたし、精霊石を用いた兵器を造っていたからな。
あと少しでもネルダールへ赴くのが遅かったら、瘴気が見えていなかったら、大惨事になっていたかもしれなかった。
「なるほど……。魔力と瘴気を見ることが出来る特異な者が揃ったか……」
教皇様は何やら小さな声で呟いたけど、その声は小さくて聞き取れなかった。
それにしてもこのネルダールは空中に浮いていて、外部からの干渉を受けない結界が張られているから鉄壁に思えるけど、内部に敵がいるとなると転移することが出来なければ監獄と変わらないな。
もしもの時の脱出方法とかも風の精霊に聞いておくんだったかな……。
「それじゃあ案内します」
俺は教皇様達を先導し、精霊達と精霊達を守っているリディアがいる世界樹のある空間へ移動するために魔術ギルドへ入り、今は無人となっている受付を抜けて階段を下りていく。
そして聖シュルール共和国の宿泊施設へと続く廊下を進んでいくと、徐々に瘴気が濃くなっていくのが分かる。
ただ気配や魔力を感じることはないため、俺は悩みつつも廊下を進む速度を上げ――ようとしたその時だった。
俺は咄嗟に聖域結界を発動させた直後、結界に赤黒い魔力がぶち当たり飛び散った。
今も気配はないし、魔力も感じない。それでも誰かに攻撃されたことは間違いなかった。
「ルシエル、今の攻撃は何じゃ?」
「どうやら魔族か邪神の眷属がいるみたいですね」
「邪神が攻撃してきた可能性はないのじゃな?」
「はい。もし今の攻撃が邪神の攻撃だったのなら逆に喜ばしいのですが……」
咄嗟に張った結界が破壊されることなく、罅も入らなかったんだからな。
まぁそれでもまともに喰らっていたら十分危ない攻撃だったけど……。
俺は濃くなった瘴気を払うため、そして攻撃をしてきた相手にも効果があればと浄化波を発動してみると、浄化波がある一部で弾かれた。
俺は不思議に思いさらに魔力を練って浄化波に魔力を注いでいく。
すると今まで視認することは勿論のこと、気配や魔力すらなかった場所に聖域結界に酷似した赤黒い結界が出現し、罅が入った直後に割れて砕け散り、結界の中にいた複数の人影を捉えた。
ただ纏っている瘴気が濃すぎて逆にその姿がうまく見えないので、俺は間髪入れずにさらに浄化波を連続で発動していく。
「相変わら……おい、ふざけんなチー……グワアアアァァ」
何か声が聞こえたけど、瘴気を纏っていた身体を青白い炎が包んでその姿がしっかり見ても、俺はただの魔族だとしか分からなかった。
「ルシエル、良かったのか?」
「何がでしょうか?」
「いや、あの先頭で燃えている魔族? が知り合いのような口振りだったが?」
「教皇様、確かに俺も声が少し聞こえましたけど、魔族に知り合いはいないですよ?」
しっかりと魔族達を見てもやはり見たことが……やっぱりないな。
「ふざけるなぁ」
魔族の男は激高したみたいだけど、その場からは動けず、その魔族を残して他の魔族は既に魔石を残して消えた。
喋ることが出来るタイプの魔族だから、時間があれば色々と聞きたいことはあった。
それでも教皇様をまずは精霊女王達の下へ連れていくことが、最優先優事項なのは変わらないので、迷うことはなかった。
「止めを刺します」
俺は幻想剣を抜き、魔力を込めていくと、魔族は驚くことに転がった魔石で赤黒い魔法陣を形成していく。
「俺を舐めるな! このチート野郎が!」
その言葉を聞き、俺は眉間に皺を寄せた。
この世界に来てから俺をチート野郎と呼んだ人間など限られていたからだ。
魔族になってしまったからなのか、それとも爆散してしまったからなのか、もうあの時の面影は全くない。
それでも彼が誰なのか、それだけは分かった。
「あの奴隷商人だったブラッド……なのか。まさか魔族になって生き返ったとは……」
「今さら気がついてももう遅い。お前には俺の復讐の糧になってもらうぞ」
既にブラッドを中心にして赤黒い魔法陣が形成されていた。
そして魔法陣が赤黒く光でブラッドを包むと、ブラッドは肥大化して魔力が跳ね上がり、かなり強化されたみたいだった。
「くっくっく。詰めが甘いんだよ。辞世の句を詠む時間ぐらいやろうか? あはっはっは」
俺は何も言わず、ただ彼を包むように反転させた聖域結界を発動した。
ブラッドは俺が攻撃してくるのかもしれないと警戒をしたが、ブラッドに結界を張ったことが不思議なようだ。
「ブラッド、何か言い残すことはあるか?」
「なんだ、その余裕は? 危険なのはお前の方だろうが」
別に煽ったつもりではなかったけど、結果的に煽ってしまったのかもしれない。
「もういい、お前を消し炭にして世界を絶望に突き落としてやるぞ」
ブラッドは魔法で結界を攻撃するが、聖域結界はビクともしない。
一度目は不思議に思うだけだっただろう。でもそれが二度、三度と続けばブラッドに焦りの色が見え始める。
「魔族になったことで強くなった……と思うことは間違いではないかもしれない。ただ人であった時に使えたスキルを使わなくなるのは慢心だと思う」
「何を言って……なっ!? レベルがカンストしてやがる。一体どんなチートを使ったんだぁ!」
ブラッドは驚愕して叫ぶけど、うまく言葉に出来る自信がない。
「努力……だけじゃない。出会いがあって救われ、強くなりたいという意志を導いてくれた人達がいた」
「それだけでそんなに強くなれるか!!」
ブラッドは怒りのあまり叫びながら聖域結界を剣で切り裂こうするが、結界が剣を弾く。
瘴気を纏っていなければ剣だけは通ることが出来ただろうけど、それを教えることはない。
「その代わり邪神と戦わないといけないんだ。だからブラッド、俺に出来ることは君を人としての輪廻に戻すことだけだ」
「まっ、待ってくれ。助けてくれよ」
俺が浄化波を発動しようとするとブラッドが声を上げて膝を突いた。
「来世では好きな人と幸せに暮らしていけるように祈るよ」
「俺は選ばれた存在なんだ! 本当だ」
ブラッドは最後まで諦めていないのだろう。後ろにいる教皇様達をどう攻撃しようか、手に取るように分かる。
だからこそ俺はブラッドと本音で喋ってみたくなった。
「もしもっと早く出会えていれば、婚約者を救うことが出来ていたのなら、そう思わずにはいられなかった」
「……」
俺の言葉を聞くとブラッドは先程までの比ではない敵意を向けてきた。
それでも俺は続ける。
「もし来世があるとするならば、今度は敵対するのではなく、友人になりたいと思う」
するとブラッドの敵意が嘘だったかのように消えていき、俺を呆けた顔で見てから顔を背けて言った。
「……こっちはチート野郎と友人なんてごめんだ」
俺は徐々に結界へ浄化魔法を発動していく。
「酷いな……。だが婚約者と同じ場所へいけたのなら、少しは考えておいてくれよ」
「出来るのか?」
「俺はチート野郎らしいから、出来るだけ頑張ってみるさ」
「ちっ期待させやがって……。頼みがある」
「なんだ?」
「……もう俺みたいな奴が出来ないようにしてくれ」
「……出来るだけのことをすると約束する」
「じゃあ浄化されてやるよ」
「ああ、浄化してやるよ」
「邪神に負けるなよ」
「ああ」
それから間もなくブラッドは魔石を残して消えていった。
すると俺の背中を二つの手が支えた。
「ルシエル、大丈夫か?」
「ルシエル君、よく頑張った……」
教皇様とルミナさんに心配される程、傷心したと思われたのかな? でもその心配は無用だ。
「あの者の人としての生は終えていたのです。だからせめて魂だけは救いたかった、それだけですよ。さぁ世界樹のある宿泊施設までもう少しです」
俺は再び皆を先導していき、聖シュルール共和国が割り当てられていた施設へ入っていく。
そして食料保管庫の扉を開いた直後に信じられないものを目にすることになった。
お読みいただきありがとうございます。
読者の皆様、大変お久しぶりとなってしまったこと、本当に申し訳ございませんでした。