366 合流
気が付けば年末……。
366
一瞬、転移した場所を間違えてしまったかと焦りを覚えた。
しかし周りを見渡してみるとそこは間違いなく教会本部の受付だった。
それならどうしてあれだけ人前に出ることを避けていた教皇様の姿があるのだろか? しかも完全武装した状態で……。
完全に動揺したまま俺は口を開きそうになったその瞬間――。
「ルシエル君、随分と格好はボロボロだけど無事そうで良かった。それに戦乙女聖騎士隊と合流することが出来たみたいで何よりだよ」
ガルバさんが声をかけてくれた。
そのおかげで何とかルミナさん達の前で教皇様の名を呼ぶことを踏み止まることが出来た。
「はい。それにしてもガルバさん達がどうして?」
俺は一度視線を教皇様へ向けてからガルバさんへ尋ねた。
「それが各地に出現していた魔法陣に変化があったらしくてね。そこから魔族や魔物が出現し始めたと連絡が入ったんだよ」
まさか聖域結界を突破した魔物や魔族が現れたのか?
「もしかして既に各地では何か被害が出ているのですか?」
「いや、被害報告は入ってないよ」
「それならどうして……」
俺は再び視線を教皇様へ目を向けた。
そして俺の問い掛けに答えたのは一緒にいたカトリーヌさんだった。
「それは教皇様がこの聖都を……国を守ると決断されたからよ」
「教皇様が?」
しかしそれが完全武装している教皇様と何か関係があるのだろうか?
「ええ。今回のことでレインスター卿が張っていた結界の効力が徐々に失われているみたいなの」
「レインスター卿の結界……それってこの聖都だけじゃなく聖シュルール共和国内のですか?」
「ええ。これからは聖シュルール共和国内にも強い魔物が入ってくるわ」
「それでは教皇様が結界を張り直すということですか?」
「いいえ、いくら教皇様でもレインスター卿の結界を維持することは出来ても、張り直すことは難しいらしいの」
「それでは何故?」
「教皇様は自ら邪神と直接戦うことを決断されたからよ」
「はっ?」
カトリーヌさんの言葉を聞いて頭が真っ白になってしまう。
そんな俺にカトリーヌさんは続ける。
「教皇様は邪神の力を弱体化、もしくは無効化することが出来る御業をその身に宿していらっしゃるのよ」
「しかし邪神は教皇様の命を狙っているんですよ? それに聖都だって結界が無くなってしまえば……」
それともその御業がないと邪神を退けることも出来ないのだろうか?
「聖都は私達騎士団が命を賭してでも必ず守護してみせるわ。それと聖シュルール共和国内の各村や町の防衛については、既に冒険者ギルドへ依頼を出して高位冒険者を派遣しているから安心して」
くっ、手回しが早いな。ただ問題なのは教皇様が本当に邪神と戦えるのかだな。
レインスター卿の息女だからレベルやジョブ、スキルに関してだけなら間違いなく戦力になるだろう。
たけど、何かと戦うには何よりも心……勇気が必要だ。
でもそのことについては俺よりもカトリーヌさんの方が分かっているはずだけど……。
「教皇様を止めなかったのですか?」
「……だからこそ教皇様をルシエル君に託すのよ。ルミナ、戦乙女聖騎士隊もこれより教皇様の守護が最優先して」
「そちらのエルフの方が教皇様なのですね。委細承知致しました」
ルミナさんは何事もなかったかのように返事をしたが、戦乙女聖騎士隊の他の面々は教皇様を見て目を見開くと片膝を突いて頭を下げた。そういえばルミナさんは教皇様がハイハーフエルフだったことを知っていたんだっけ?
「ルミナさん、教皇様がエルフの血を引いていることを知っていたのですか?」
ただハイハーフエルフだと知っていたとしても今の教皇様は教皇の間にいた時よりもかなり成長している状態なのによく気づけたな……。
「教皇様を直接見たことはなかったよ。ただ教皇様の澄んでいて力強い魔力の色は今までに何度も視たことがあったから……」
魔力が見える……視えるってことだな。
「そうですか……。バレてしまっているのなら直接聞きたいことがあります。教皇様、何点か確認させてください」
俺はルミナさんへ振り返って身体を教皇様へと戻して聞いてみた。
「うむ、その前に戦乙女聖騎士隊は立って楽にするのじゃ。これから其方達には護衛を頼むのだからな」
戦乙女聖騎士隊が全員達上がり、教皇様へと視線を向けていいのか悩んだようで、視線をルミナさんと俺に固定された。
「本当に魔物や魔族、そして邪神と戦う覚悟を決められたのでしょうか?」
俺は教皇様の目を見つめて聞いた。きっと全員が同じことを聞きたかったのだろう。
全員の視線が教皇様へ集中するのが分かる。
「うむ。ルシエルが聞きたいのは臆せずに戦えるかということじゃろ? 昔は頻繁に魔物や魔族と戦っていたから問題ないのじゃ」
教皇様は胸を張ってそう答えたが、俺に引っかかる部分があった。
「えっと、頻繁に……ですか?」
「父様や父様の友人達と一緒だったのじゃ。ただ昔は力加減がうまく出来なくて……。絶対に迷宮以外で戦ってはいけないと叱られてばかりだったのじゃ」
会話の内容が怪し過ぎて聞くのが怖くなってきたな……。
「それなら試練の迷宮を教皇様なら踏破することが出来たのでは?」
「父様からは聖都で力を使ってはいけないと厳命されていたのじゃ。使うと災いが降りかかると。当時の側近の者達からもそう言って止められたのじゃ」
前に迷宮が出現したのは結界が解けたからだって言っていたし、きっとそれが原因で建物の中に籠る様になったと思うと可愛そうだよな。
まぁ俺としては戦えるのなら問題はない。あとは邪神対策の御業か……。
「そうでしたか……。ところで邪神の対策の御業とは一体?」
「一時的ではあるが、邪神に触れられてもアンデッドにならず、魔族化もせず、邪神や魔族が使う瘴気を用いた障壁を無効化……もしくは弱めることが出来る加護と結界を張ることが出来るのじゃ」
なるほど。レインスター卿の息女だからというだけではなく、邪神の天敵だからこそ命を狙われていたのか。
まぁ出来ればもう少しだけ早く知っておきたかった情報だけど、どちらにしろ教皇様が聖都を離れる決意をしなければ関係なかったからな。
「それは心強いですね」
「任せるのじゃ」
「承知しました。でもその前に順序が逆になってしまいましたが、俺が迷宮へ潜ってから先程合流するまでのことを情報交換しましょう」
教皇様が目に入ったいろいろと飛んでしまったけど、とにかく今は情報が欲しかった。
「そうね。教皇様もそれでよろしいですか?」
「ルシエルと合流することが出来たのじゃ。それならば急くこともあるまい」
「あ、でもその前にカトリーヌさんには一つお願いがあるのですが……」
「……嫌な予感しかしないわね。何かしら?」
「実は試練の迷宮にかなりの数の騎士と治癒士がいたので、隠者の厩舎の馬房で預かっているですが……」
徐々にカトリーヌさんから表情が抜け落ちていく気がするのはたぶん見間違いではないだろうな。
「はぁ~それ以上は言わなくていいわ。教皇様、私はこれより近衛騎士から騎士団長としての責務へ戻ります」
「うむ。カトリーヌここまで助かったのじゃ」
「この先はご一緒することが出来ませんが、必ずや聖都を守護してみせます。ですので、教皇様も必ずご無事で聖都へとお戻りになってくださいませ」
「聖都を頼んだぞ」
「はっ。それじゃあルシエル君、向こうで騎士達と治癒士達を引き渡してくれるかしら」
「はい」
こうして俺はカトリーヌさんに隠者の厩舎へ入っていてもらった騎士、治癒士達を引き渡すと、カトリーヌさんは教皇様のことを守護するように伝えた後、彼等を引き連れて訓練場へと向かっていった。
カトリーヌさん達を見送ってから、残ったガルバさんに各地の戦況を聞き、こちらも自称魔王を討伐した旨を伝えた。
各地の魔法陣への対応は今のところ問題ないことは分かったけど、既にかなりの数の魔物や魔族が侵攻してきているみたいだ。
「それにしてもいくら自称だとはいえ、魔王を名乗る者と戦ったからそんなにボロボロだったんだね」
「ええ、まぁ」
正直なところ自称魔王とも相性の関係からそこまで強いとは思わなかった。
まぁそれは間違いなく師匠やライオネルと邪神戦に向けて追い込むような修行をしていたからだけど……。
「そうだ。この際、自称魔王を倒したのだから、ルシエル君も自称勇者を名乗った方がいいんじゃないかな?」
「俺の肩書はS級治癒士だけで十分ですよ」
「そうかい?_まぁ通り名なんていつの間にか増えるものだけどね」
「もう勘弁してください」
ガルバさん、滅茶苦茶楽しそうだな~。
「はははっ。さて話を本題に戻そう。ルシエル君は最悪の場合、邪神が既に復活している可能性があると思っているんだよね?」
「はい。あの自称魔王が「魔石を全て回収したのに邪神様が復活しなかった」と言っていましたからね。倒した側に幾つもの大きな魔石が落ちていましたし」
「なるほど。その情報は冒険者ギルドとも共有しておいた方がいいね。ルシエル君、頼みがあるのだけど聞いてもらえるかい?」
ガルバさんの真剣な表情に少し身構えてしまう。
「なんでしょう?」
「僕をイエニスまで送ってほしい」
「イエニスですか?」
てっきり話の流れから冒険者ギルド本部のあるグランドルだと思ったので、少しだけ驚かされた。
「うん。イエニスの住民達は短気な者が多いから、誰かが統率しなければいけないし、何よりもイエニスにはルシエル商会という人類の最重要拠点があるからね」
「えっ?」
「何を驚いているのさ? ルシエル商会は各地の情報がほぼリアルタイムで送受信されているし、食糧危機に陥る可能性を想定して時空間魔法を使った食糧庫だって備えているじゃないか? 全てルシエル君の指示だと聞いているよ?」
ガルバさんに言われて少し思い出してみると、確かに情報伝達は便利だから設置したし、食料庫もせっかく作ったものを廃棄するのが嫌だから作る指示を出してはいた。
ただそれは色々な報告や助言を受けて必要だと感じたからだ。それがいつの間に人類の最重要拠点になっていたんだろう?
「確かに指示は出していましたけど、人類の最重要拠点と認識されているとは思わなかったもので……。それでは早速転移ますか? 教皇様もそれでいいですか?」
「ガルバ殿には悪いのじゃが、先に空中都市国家ネルダールへ送ってもらえるかの? 邪神と万全に戦うには精霊達の力が必要なのじゃ」
これは教皇様が万全を期す方が優先だな。教皇様が強くなれば教皇様自身はもちろん守れる者が増えるだろうからな。
「ガルバさん、それでもいいですか?」
「教皇様を優先で問題ないよ」
「それでルミナさん達はどうしますか?」
「我らは教皇様を守護することを優先したいと思うが、いいだろうか?」
疲れはあるだろうけど、ネルダールなら戦闘もないだろうし、ちょうどいいか……。
「分かりました。それでは先ずはネルダールへ転移しますので、掴まってもらえますか?」
すると俺の右手を左手で教皇様が握り、俺の左手をルミナさんが握ったのだが、何故かそこから輪になることなく、戦乙女聖騎士隊はルミナさんから樹形図のように隊列した。
教皇様が少し寂し気に見えたので、声をかけようとするもガルバさんが俺の肩に手を置いて言う。
「さすがに教皇様と手を繋ぐのは畏れ多いんだよ」
その言葉で確かに教皇様はそういう存在だったかと納得したところで声をかける。
「確かにいきなり崇める存在と手を繋ぐのは畏れ多いですね。それじゃあ行きましょう」
俺達は一先ず空中都市国家ネルダールへと転移するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
そっと再開しました。
突然の休載でも応援して下さった皆様、本当にありがとうございます。