20 戦乙女聖騎士隊と早朝訓練
朝起きて、物体Xを飲んでから魔力操作の鍛錬を行なっているとノック音が聞こえた。
「はい、どちら様ですか? 」
「こちらルミナ様率いる戦乙女聖騎士隊所属のリプネアと申します。これから早朝訓練が始まりますので御呼びに伺いました 」
「ありがとう御座います。直ぐに行きます 」声を掛けてからエチケットのために浄化魔法を使ってから外に出る。
浄化魔法が万能だとは魔法書にも書いてあったが、歯磨きやウォシュレットよりも効果があり、口臭や便の後に紙を使わないで綺麗にしてくれる超万能魔法だった。
俺は扉を開けると、目の前・・・からだいぶ下にいる金髪にフンワリカールの掛かった髪で目がくりっとした可愛らしい顔に少し無骨な鎧が妙にマッチした女性がいた。
「初めましてルシエルと言います。本日はお手間を掛けさせて申し訳ありません 」
「戦乙女聖騎士隊所属のリプネアです。命令ですし、一般の治癒士では聖騎士の訓練所に足を踏み入れることは禁止となっていますので、それでは行きましょう 」
なんだろう。言葉は凛としているのに何処かほんわかするイメージが消えない。
こうしてリプネアさんに付き従い移動して聖騎士の訓練場の扉が開き俺は訓練場に足を踏み入れた。
「結構広いな。」中は四百メートルトラックが入っていそうなほどの規模だった。
「我が隊の訓練場は小さい方ですよ。」とリプネアさんが答えてくれた。
「えっ? …へぇ~そうですか 」
「来たか。リプネアご苦労だった。ルシエル君こちらへ 」
すでに隊列がされており、リプネアさんもそこへ加わり、全部で十人の、ルミナさんを合わせて十一人が隊なのだろう。
「あのぉ此処って女性だけなのですか? 」素直に聞いてみる。
「そうだ。何か不満があるのか? 」聞き返された。
「えっと実力は私よりも数段高いのは分かります。ですが、女性に向けて攻撃をするのは精神的に辛いと申しますか・・・ 」
「なるほど。やはり君は無知なのだな。悪いが訓練の時間があるのだ。速やかに自己紹介をしてくれ 」
「あ、はい。申し訳ありません。皆さん初めまして職業治癒士、現在祓魔師の任に就いているルシエルと申します。己を鍛え直したくて無理を言って訓練に参加をさせていただきました。お邪魔になるかもしれませんが、宜しくお願いします。」
「諸君、彼は冒険者ギルドに二年間通い続けて戦闘訓練を行なっていた変わり者の治癒士だ。回復魔法は使えるようなのでどんどん鍛えてやってくれ。各自自己紹介は空いた時間に行なって欲しい。以上だ 」
『はっ 』
「では、準備運動の後一対一、一対二、二対三で戦闘訓練を行なう。それでは行くぞ 」するとルミナさんが駆け始めた。それに続くように他の皆も駆け出す。
「ぼさっとしないで付いて来なさいよ 」とルーシィーさんが声を掛けてくれた。
「まずは少し走るだけですよ 」とクイーナさんも声を掛けてくれた。
「了解です 」こうして最後尾から俺は走り出した。
二年間、冒険者ギルドでも欠かさずに、早朝と夜に全力で走っていた。
だから正直、走ることに関しては全く問題はない。もしかしたら余裕かも。そう思っていた。しかし現実は甘くない。
「遅いぞ。いくら治癒士だからと言ってももっと真剣に走れ 」ルミナさんに周回遅れにされて、他の聖騎士の皆さんにも周回遅れされた。
「ハァ、ハァ、ハァ 」と全力で走っている。それでも彼女達からみればランニング程度にしか見えていない現実がそこにあった。
俺はこの世界で身体能力を左右するステータスに絶対的壁があることを思い知らされるのだった。
ブロド師匠が言っていた本当の強者とは関係なく、やはり身体能力が高いほうが死ににくいのもまた事実だったのだ。
三十分程走って、屈辱の八周の周回遅れとなった。
「では組になって戦闘訓練を始めてくれ。ルシエル君、君の実力が知りたいから自分の武器を持って私を殺す気で掛かって来なさい 」
「普通は刃を潰したものを使うのでは? 」
「ふむ。当たらないから安心したまえ。そうだな~もし当てられたら何でも一つ言うことを聞いてあげよう 」そう言ってニッコリと微笑んだ。
「ステータスの差が戦闘において絶対的差ではないことを信じていかせてもらいます 」
こうして俺はルミナさんに二槍刀流で挑んだ。
「セヤァァアア、テャアア、ウラァ。」
左手に持ったランスを突き出し、その勢いを利用して回転して剣を振るう、避けられるのを想定して蹴りも繰り出すが、「隙だらけだぞ? 」そう聞こえた瞬間、視界がぶれて気がついたら空が見えていた。
「そのスタイルはいつから始めたものだ? 」
「えっと迷宮に潜ってからです 」
「なるほど、双剣の技術もないのにそんな無茶をするとはな。もう一度君が冒険者ギルドで教わった通りに掛かって来なさい 」
「はい 」
仕切りなおして、迷宮に向かう時から部屋に放置されていた盾を久しぶりに装備して、ブロド教官が師事してくれた通りに動く。
俺の頭にはブロド教官との訓練の日々が思い出されていた。
~回想~
「ルシエルいいか、お前が人に襲われる場合は大半がお前より強い 」
「ははは。それはそうですよね 」
「ああ。もし相手が一人でも戦わないにこしたことはないが、世の中そんなに甘くない 」
「はい 」
「だが、お前には普通の戦闘職にない強みがある 」
「回復魔法ですか? 」
「そうだ。それにもう動いたり、武器を振ったままでも魔法が使えるだろ? 」
「まぁ一年と半年も同じ事をさせられましたからね 」
「強者と戦う時は詠唱をしながら態と大きな隙を作ってそこを狙わせろ 」
「・・・それって嫌な予感しかしないんですけど? 」
「普通はそこを逆手にとって、返し技を使うんだが、その技術力がお前にはハッキリ言ってないし、実力が違いすぎたらそれも返される 」
「ですから先程から嫌な予感しかしないんですけど? 」
「態と攻撃を受けて回復魔法で回復しながら相手を攻撃しろ。それしか思いつかない 」
「捨て身の攻撃って、一歩間違えば大惨事じゃないですか 」
「安心しろ。残り半年でそれがマスター出来るぐらい徹底的に扱いてやる 」
「た、助けて~ 」
「死にたくないんだろ? 」
「ああ、俺はきっとここで死ぬんだろうな 」
「とりあえず急所はやばいから、まずは腕とか足を狙うからな 」
「えっ?いずれ急所も攻撃するように聞こえるんですけど? 」
「さぁ構えろ 」
「……あのブロド教官?ねぇ答えてくださいよ。ブロド教官 」
「じゃあ行くぞ 」
「ぎゃああああああああ 」
~回想終了~
「なんで泣いている?先程は優しく投げたつもりだったが痛むのか? 」
「いえ、修行(地獄の日々)を思い出していたんです 」
「そうか。修行を思い出して泣くとは余程(素晴らしい日々)だったんだな 」
「ええ。ではいきます 」俺はアタックバリアを掛けて剣を構える。
「何処からでもかかって来い 」
盾を構え、体勢を低くして剣を突く。基本を忠実に守り、足運びや身体の軸がぶれない様に意識しながら攻撃する。
どれも当たることはない。無手の彼女は俺が視認出来るまで速度を落として避けては隙に攻撃を加える。
それを何とか盾で防御して剣を繰り出す。
このまま何もしないなら意味がないと思い、やってみてアドバイスをもらおうと考えて、覚悟を決めて俺は捨て身攻撃をしてみることにした。
「ハァアア」と剣を左から右になぎ払いながら身体の中心を攻撃し易いように開ける。この隙の作りかただけはブロド教官にも褒められた。
「ルシエルは技術力がないからな、態と作っているようには見えなかったぞ 」と。
案の上、そこに拳が打ちこまれた。
【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、我願うは魔力を糧として天使の息吹なりて、癒し給えハイヒール。】
俺は自分の身体が光ったと同時に先程右に振った剣を全力で左に振り下ろした。
結論として当たることはなかった。視認出来る速度で動いていたルミナさんが掻き消えたのだ。
そして「見事!」と声が耳元ですると俺の意識は暗転した。
「・・さい。お・なさい・い。起きなさいって言ってるでしょ 」次の瞬間右の頬に衝撃がはしった。
「痛ってぇぇええ 」俺は目を覚ました。
身体を起こすとルーシィーさんとクイーナさんがいた。
「あれ?ここって訓練場? 」
「そうよ。朝の訓練が終了したから食堂に行くわよ 」
「ルミナ様に貴方のことを頼まれた 」
「あ~気絶させられたのか。御二人とも待ってていただきありがとう御座いました 」
俺は立ち上がる。密かにヒールを右頬に掛けながら立ち上がる。
「それにしてもまさか気絶させられるなんてルシエルって結構やるのね 」
「私も吃驚した。まさか治癒士がルミナ様に認められるとは思っていなかった 」
全然意味が分からなかった。
「それより訓練は続くんだからさっさと朝食に行きましょう 」
「私達が最後ですから急ぎましょう 」
「あ、はい」俺は二人に急かされて食堂に向かうのだった。
こうして早朝の訓練が終了した。




