233 因縁
飛行艇の速度を維持したままエビーザへ向け、快調に飛ばしていた。
既にライオネル達にも本日エビーザに留まることは伝えてある。
あれだけ気合が入っていたのだから、少しは怒るかとも思ったが、そんなことはなかった。
それどころか感謝していた。
「このまま帝国へ行けば、気持ちがはやりすぎて、どこかで失態を犯していたかもしれません」
ライオネルは笑いながら、朝のピリッとした空気感が和らいだ。
リィナとナーニャさんはホッと息吐いて、エビーザに着くまでの間、ドランと話したり、ポーラ達と魔道具について語り合ったりしていた。
「エスティア、エビーザってどういう町なんだ」
「エビーザですか? そうですね……私がいた時は荒くれ者が多い土地でした」
「荒くれ者……あまり好んでは行きたくない町だな」
「そうですよね。でも、帝国や王国から流れてきた兵士が好き勝手しないように、協力して町を守るという暗黙のルールがある町でもあるんです」
「もはや聖シュルール協和国の恩恵はない町だな。今聞いただけだと、魔物よりも人と戦うことに慣れそうな印象しかない」
「その印象は正しいです。傭兵や冒険者達は迷宮に潜ってレベルを上げたり、対人戦を覚えたりするところなので」
「エスティアも対人戦を磨いたのか?」
「いえ、一応治癒士として活動をしていましたので……私が戦闘技術を磨いたのは、帝国です」
「そうか……話を戻すけど、迷宮は帝国と繋がっているかどうか分かるか?」
「はい。繋がっていると言われています。私も迷宮から帝国を抜け出したので……」
「そうか」
こういうとき、何て言葉を掛けるのが正解なのか分からない。
ただ寂し気に笑うエスティアがこれ以上凹まないように、食べ物の話やエビーザでお世話になった人達を聞いて、舵を取り続けるのだった。
エビーザから少し離れたところ飛行艇を止めると、傭兵や冒険者達がエビーザ入り口に終結している気がした。
「あれって警戒されているな」
「皆、この町の防衛には力を入れているので」
「さっきも言っていたな。まぁでも今日はあそこで補給しなくてはいけないからな」
飛行艇を完全に停止させ皆と一緒に地上に下りると、ライオネルの魔法袋に飛行艇をしまってもらう。
「戦うつもりはないけど、襲ってきたら無力化してくれ。極力殺すのはなしの方向で頼む」
「ルシエル様、私が説得して来てもいいでしょうか?」
エスティアが何かを主張してくるのは珍しい。
それほどに思い入れがあるのかも知れないな。
俺にとってのメラトニみたいな感じかもしれない。
「警戒を解く自信はあるのか?」
「はい」
迷わずに頷いたエスティアに、俺は任せてみることにした。
「じゃあここはエスティアに任せるけど、さすがに一人では行かせるわけには行かない。誰か一緒に行ってくれ」
「それでは私が行きましょう」
「私も行きます」
ナディアとリディアがそう言ってくれたので、任せることにした。
「それじゃあ頼むよ。俺達も直ぐに駆けつけられる距離までは一緒に行くけどな」
「ありがとうございます」
エスティアは礼を述べてから、先頭を歩いてエビーザの町へと進んでいくのだった。
距離にして五十メートル程の距離で俺達は止まり、エスティア達はさらに進んでいく。
その背中を見て俺は呟く。
「何だか送り出すっていうこの感じ、とても嫌なものだな」
「自分で行く方が気持ちは楽ですからな。私もこの感じがとても嫌いなのです」
ライオネルは俺の呟きに、エスティア達から目を切らないで答えた。
「もしかして前線に常にいたのは、それが嫌だったからか?」
「それもあります」
それも、か。ライオネルらしいな。
「そういえば帝国と繋がっている迷宮があるらしいけど、知っているか?」
「ええ、聞いたことはあります。私は行ったことがありませんでしたが、騎士になりたいものがレベルを上げるために向かう場所だったと認識しています」
「帝国には他にも迷宮があったりするのか?」
「いえ、帝国は元々小さい国だったので、迷宮はなかったと記憶しています」
ということは、エスティアの言っていた迷宮に、龍が封印されているってことになるんだな。
まぁ焦る必要はないけど、いずれは解放しに来ることになるんだろうな。
そんなことを考えていると、歓声が聞こえた。
見てみると、エスティア達は囲まれたが、なにやら歓迎ムードで厳つい冒険者がだらしない顔で笑っているのが見えた。
「……大丈夫そうだな」
「そのようですね」
どうやら心配はいらなかったみたいでホッとした。
エスティア達から合図があり近づいて行くと、こちらを見る目が徐々に険しいものへと変化していくのを感じ、面倒事に巻き込まれていく予感があった。
「ルシエル様、皆さんはルシエル様の来訪をとても喜んでくださいました」
エスティアがこちらへ駆けつけて、嬉しそうに言うが、とてもじゃないが、そうは見えなかった。
「とてもじゃないが、そうは見えないんだけど……まぁいきなり攻撃をされないならいいか」
「えっ!?」
エスティアが俺の言葉を聞いて、視線をエビーザに向けると、その視線が理解出来たらしい。
戸惑いの表情を浮かべる。
「皆さんこんにちは。私はルシエルと申します。迷惑を掛けることはしませんので、出来れば町に入れて欲しいのですが?」
すると一人の男が集団の中から出てきた。
その男の姿はとんがり帽子を頭に乗せ、ローブを纏って杖を持っており、魔法使いのイメージをそのまま体現していた。
ただ右手には漆黒の手袋をしているのが一般的かどうかは別だが。
「お初にお目通り叶うこと嬉しく思います。私は現在このエビーザを取り仕切っているバザックと申します」
「バザックだと!? あの深淵の魔道士バザックか」
声を上げたのはライオネルだった。
深淵の魔導士って、魔法に造詣が深いってことだろうか? それにしてもライオネルとあまり良好な関係には見えない。
やはり面倒事の予感しかしない。
「覚えていてくれたか。イルマシア帝国ライオネル戦鬼将軍」
バザックと名乗った男がライオネルにそう声を掛けると、周りの傭兵や冒険者達が一斉に武器を構えた。
さすがにこのままだと戦闘になりそうなので、俺は直ぐに間に入る。
「現在の彼は私の従者であり、仲間です。色々思うことがあるかも知れませんが、まずは話をさせていただきたい」
「S級治癒士である貴方は歓迎するところですが、帝国の将を連れているのなら話は別です」
「まず訂正させていただきたい。まず私はS級治癒士を退き、新たに賢者へとなりました。そしてライオネルですが、二年前当時イエニスで奴隷となっていた彼を購入しているので、既に帝国の将ではありません」
「奴隷ですと? ふっはっは。そんなことがあるはず無かろう。現に帝国では戦鬼将軍が軍備を……」
バザックと名乗った魔導師はそこで言葉を止め、左手に持っていた杖を右手に持ち替えて、左手で顎鬚をつまみながら撫でだした。
そして場を沈黙が支配する。
この沈黙に耐え切れずに喋り出すと、相手によっては自信がなく、浅い人物だという印象を与えてしまう場合があるから無言で通す。
それからも長い沈黙が続き、周りの傭兵や冒険者達が痺れを切らし始めた時に、ようやくバザック氏は俺とライオネルを見ながら静かに口を開き始めた。
「帝国の戦鬼将軍が戦場に出なくなった時には、もはや戦鬼将軍も落ち目だと思っていたんだが、そういうカラクリがあったのか」
「バザックさんとおっしゃられましたね? ライオネルと因縁があるようですが、エビーザに滞在をさせていただけますか?」
「ええ。もちろんです。ですが、もう少しだけお話しに付き合っていただきたいのです」
「まだライオネルの件で何か?」
「確かに戦鬼将軍と私の間には因縁があります。ですが、そのことではありません」
「それでは何を?」
「ルシエル様は魔法が使えなくなったとお聞きしましたが……」
こちらを窺うあの視線は好きじゃないが、何故かあまり嫌な感じを受けなかった。
「あの噂は噂です。もし怪我があるなら何でも治しますよ」
「ルシエル様、このバザックなのですが、私が若い時に彼の右腕を切り落としました」
ライオネルとの因縁が腕を切り落とされたことなら、治してスッキリという感じにはならないだろうが、少しは恨みが軽減するかもしれないな。
俺はバザック氏の腕を治すことに決めた。
「じゃあそれを治すので、もし義手をされているなら、義手を取り外してください」
「な、何を言って……」
バザック氏だけでなく、周りにいる者達もざわめき出した。
「こうして傭兵や冒険者達に囲まれるのは、あまり気持ちの良いものではありませんので、早く治します」
バザック氏は淡々と会話を進めた俺とライオネルに戸惑いを隠せないでいた。
しかし彼は迷いながらも義手を外してくれたので、直ぐにエクストラヒールを発動させた。
するとバザック氏の身体が光に覆われ、そして直ぐに光が収まった。
「さっきの光は何かの…………!?」
回復魔法が実感できなかったのか、何事もなかったかのように話そうとして、彼は違和感に気がついた。
「これで私が回復魔法を使えることが分かってもらえましたよね?」
バザック氏は声が出せずに頷くばかりだったが、周りに居た傭兵や冒険者達が回復魔法の効果を知り、徐々に声を上げ始めた。
「おい、本物だぞ」
「あれがS級治癒士の実力か」
「まるで古の賢者」
「そうだよ、さっき賢者って名乗っていたぞ」
「これならまだまだ戦えるぞ」
「直ぐに治癒が必要な者達を集めるんだ」
何人かの男達が一斉に町の中へと駆け出した。
気がつけば、いつの間にか先程までこちらを窺うような視線ではなく、エスティア達を迎え入れた時のような歓迎する視線へと変化していた。
「賢者ルシエル様、エビーザは貴方様と貴方の従者達を歓迎いたします」
バザック氏はそんな彼等の行動を見て、我に返ったのか、深いお辞儀をして歓待の口にするのだった。
ようやく町に入れると思いながらも、まだ何かに巻き込まれそうな予感が消えることがなかったことに、この町へ寄ったことを後悔し始めるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。