229 精霊結晶
教皇様が泣き止むのを待ってから、精霊結晶について聞いてみることにした。
「精霊結晶とは一体何なのですか?」
「……精霊にとっては住まう場所みたいなものじゃ。精霊は生まれた時から、自分が落ち着く場所に居つく習性があるのじゃ。その場所で長い時間を過ごすことで、その住まう所が凝固し、石みたいになったものが精霊石じゃ」
どうやら単純に精霊が石に宿るというわけでもないらしい。
精霊石でそうなら、精霊結晶はもっと……ということは、「精霊結晶はさらに長い年月が経ったものなのか?」
「その通りじゃ。しかしこの精霊結晶は、精霊石にお父様が魔力を注いで作ったものなのじゃ」
どうやら途中から口に出ていたらしい。
気をつけないと……それにしても、レインスター卿は本当に何でも出来るな。
「……それでその精霊結晶は、精霊石とどう違うのですか?」
まさかあまり変わらないなんてことはあるまい。
「精霊とともに精霊石も成長するのじゃ。そして精霊結晶となると精霊も最上級へと至るのじゃ」
「だとすると、俺が会ってきた精霊達も?」
「うむ。例外はあるが、精霊結晶は持っているじゃろう。そうでなければ、最上級精霊は身体を休めることが出来ない。そして魔力を回復することも難しくなるのじゃ」
精霊石を武器することがないだけ、マシと考えておくか。
それにしても例外だとすれば、闇の精霊や風の精霊だろうな。
意識の切り替えが出来ていることを考えても間違いないと思うけど、念の為聞いてみるか。
「その例外というのは、人に宿る場合でしょうか? 精霊が加護を与えた宿主なら、魔力供給出来るとか?」
「良く分かったのぅ」
どうやら正解だったようだ。
精霊結晶に触れたのは精霊の加護があったおかげなんだろうな。
「その話がすべて事実だったとしたら、その精霊結晶の精霊はかなり危ないのでは?」
「……そうじゃ。精霊は顕現するだけでも魔力を消耗してしまう。すると未熟な精霊の場合は消滅してしまうし、最上級精霊でも精霊化を解くことになり、精霊が見えない者にでも見えるようになってしまう。その為、危険に晒されることにもなるのじゃ」
……それならほぼ間違いなく、あれはフォレノワールの精霊結晶だろう。
精霊結晶を失った時点で教皇様は悔やんだはずだ。
だから先程は人目もはばからずに声を上げて泣いたのだろう。
しかしそう考えると、精霊化を解いているのに、フォレノワールは俺に加護を与えてくれた。
そうなるとあの頭を噛む行為を繰り返したことで、加護を与えてくれたのだろうか? 謎は深まる。
いや、そんなことよりまずは、先程に教皇様が言っていた、精霊結晶は精霊の力を封じたものという意味を、ちゃんと確認しておくか。
「教皇様、先程は精霊の力が封じられているとおっしゃられていましたが、それは自らの力を封印するということですか? それとも他者に無理矢理封じられると言うことでしょうか?」
教皇様は首を横に振りながら答えてくれる。
「精霊の力を封印とは言ったが、精霊結晶は精霊がいざという時の為に、精霊自身が己の魔力を溜めるものでもあるのじゃ。他者が封じるものではない」
「そうですか。実はそれを手にした時に、二つの魔力を感じていたので、もしかすると何者かに封印が施されているような気がしたんで、気になっていたんですよ」
二つ感じた魔力が精霊とレインスター卿の魔力なら問題ないけど、万が一もあるしな。
「二つの魔力じゃと?……言われてみればそうじゃな。ぬぅ、この鎖は当時あったものじゃなくなっているようじゃ。きっとこの封印があったから、探すことが出来なかったのじゃな。今すぐに解くぞ。さぁルシエル頼むのじゃ」
教皇様は解呪が出来ないのだろうか? そんなことを考えて魔法を発動する。
「えっ!? あ、はい。ディスペル」
すると精霊結晶の鎖は解けるように消えていき、精霊結晶が輝きを増していく。
「ルシエル、フォレノワールを」
教皇様は緊張した面持ちでフォレノワールをコールした。
「はい」
俺は直ぐに隠者の鍵で厩舎を開くと、ゆっくりとフォレノワールが出てきた。
そして精霊結晶はそれに合わせるかのように浮かび上がり、フォレノワールに吸い込まれていった。
その光景に唖然としていると、いきなりフォレノワールの真っ黒な馬体が眩い光を放ち、目を開けていることが出来なかった。
光は直ぐに止み、再び目を開けるとそこには、真っ白な馬体に翼が生えた天馬がいた。
これがフォレノワールなのか? 俺が驚いている時には既に教皇様がフォレノワールに抱きついていて、その言葉を発することも出来なかった。
しかしフォレノワールって黒い森だよな? 白くなったら、また名前が変わるのか?
俺がそう思いながら、教皇様がフォレノワールの名前を言うのを待っていたが、何故か相変わらずフォレノワールだった。
白だからホワイトやブランが入るのではないかとも思ったが、輝いているからシャインとかもありそうだけど……当面はこのままでいいか。
俺はフォレノワールに近づき声をかけた。
「フォレノワールだよな? 精霊に戻れたってことでいいんだよな」
教皇様に抱きつかれたまま、フォレノワールはこちらを向いていたと思うと頭に声が響く。
『ルシエル、本当にありがとう』
その声は想像していた通り、女性のものだった。
一度フォレノワールの声を考えていた時に、精霊なので中性的な声を想像していたのだが、何故か違うと思ったのだ。
「たまたまだよ。それに俺はいつもフォレノワールに助けられているから、お相子だ相棒」
『そう。それならこれからもよろしくね、相棒』
何処かフォレノワールの声には歓喜が見え隠れしていた。
「これから帝国へ行くことになるんだけど、どうしたい?」
『これまで長い間、逃げることしか出来なかったの。フフッ楽しみだわ』
……一緒に行くという事でいいんだろうか? それにしても何だかこのノリをした人物に、最近会った気がするんだが……。
それ以上は深く考えるのは止めて、精霊結晶のことを聞くことにした。
「精霊結晶はどうなった?」
『今は私の中よ。精霊結晶の最適化が終わったら、また身体から出てくるわ』
「なるほどな。今日は教皇様といるか?」
『……そうね。フルーナとの約束もあるから、今日はここにいるわ』
まだ精霊結晶を失くしたことや精霊についても話したいことはあったが、今日は教皇様をそっとしておくことに決めた。
「分かった。教皇様、また明日こちらへ伺います」
俺はフォレノワールと話をしてから、教皇様に声を掛けたが、背中が震えているので、泣いていると判断して退出しようと扉へ向かうと教皇様の声が聞こえる。
「ルシエル、精霊結晶を見つけてくれてありがとう」
俺が振り返ると、教皇様は先程と同じ格好のままだった。
「いえ、良い結果が出て良かったです。それでは失礼します」
その背中に再度言葉を掛けて退出するのだった。
「あ、ルシエル君、僕も一緒に行こう」
「教皇様、私も失礼致します」
そんな俺を見て、ガルバさんとセットでカトリーヌさんも一緒に退出することにしたようだった。
これからしなくてはいけないことは、かなりシンプルなはずなのだが、何故か非常に面倒なこととなる予感がしていた。
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