226 通り名
リィナ魔道具店の店主であるリィナと、店員のナーニャさんを連れて、俺達は冒険者ギルドへとやってきた。
「ルシエル様、ここって冒険者ギルドですよ」
リィナは飛行艇でテンションが上がっていたのだが、冒険者ギルドを見つけると少し強張った表情を浮かべそう言ってきた。
「目的地はここだから。たぶんリィナさんが思っているようなことにはならないと思うよ」
冒険者と聞いて連想するのは、荒くれ者で武器を携帯し、酒グゼが悪く絡まれるイメージしか浮かばないよな。同じ転生者の俺は、男でも怖いのに、女性なら怖いのは当然だよな。
冒険者ギルドへと入ると、冒険者達から視線を向けられ、そして声を掛けられた。
「聖変様、噂を流した黒幕をもう自分で捕まえたんだって?」
「依頼出したんだから、せめて奢ってくれよ」
「それより、あのあと新しい通り名を考え……げっ、暴風娘が何故ここに?」
「退避だ。またギルドを破壊しに暴風娘が現れたぞ」
「げっ、出禁になったってマスターが言っていたのに」
「聖変も物好き過ぎるだろう」
「いや、あれはきっと破壊神となってしまう悩める子羊を、聖変様が救うために話を聞くのだわ」
「あ~、なるほど。確かに聖変なら、それが出来るかもしれないな」
「期待しているぜ、聖変様」
先程までフランクに話し掛けてくれていた冒険者達は、何故か尊敬と期待の眼差しを向けながら、一定の距離を取るのであった。
「……リィナさん、一体何をしたんですか?」
「いや~魔道具を試す為に地下の訓練場を借りたのですが、何故か魔道具が誤作動を起こし暴走してしまいまして、訓練場の結界を吹き飛ばし、訓練場の壁まで破壊してしまったんですよね。ははっ」
リィナさんは、目を逸らしながら引き攣った顔で何があったのかを語ってくれた。
飛行艇で上がったテンションは既に見る影も無くなってしまった。
そこで追い討ちを掛けたのはナーニャさんだった。
「笑い事じゃないです。あの時はとても大変で、店の売り上げの大半が修繕費に当てることになり、危うく路頭に迷うところだったんです」
……まぁ研究者で技術者って、いつも紙一重だよな。
「魔道具を暴走させるなんてよくあること。失敗は成功の母」
「結果を畏れていては、何事も前には進めませんわ」
「ポーラさん、リシアンさん」
リィナは感極まるように泣きそうになるが、彼女は分かっていない。
自分がここから落とされるのを……。
「だけど普通は暴走させても安全なように、威力や出力を抑える」
「それで予算を減らすなんて、普通は致しませんわ」
ポーラの発言は分かるが、リシアンは確か魔道具を開発して借金をして、最終的に奴隷商に売られたんじゃなかったのか? もしかして同族嫌悪か?
「い、今はそうしているわよ。ただあの時は、飛行する魔物を倒す手段の開発を依頼されていて、納期がギリギリだったのよ」
リィナの負けず嫌いが発動したらしい。
下がったテンションを一気に引き上げた彼女達はいい仲間になるかもしれないな。
俺はドランを見ると、ドランもこちらを向いて肩を竦めた。
どうやら思っていることは一緒のようで、さっさと食堂へ向かうことにした。
食堂へ着くと師匠から声が掛かった。
「おう、早かったな。料理は先に頼んでおいたぞ。それと向こうの席を確保してある」
そんな師匠は冒険者達に囲まれていた。
「随分人気者ですね」
「おう、これから地下の訓練場に行く話しをしていたところだ」
師匠はそう言って笑うが、メラトニの冒険者ギルドでも同じことをしていたのなら……。
そう考えると、師匠から逃げ出そうとした冒険者達の気持ちも納得出来てしまった。
「……まだ戦うんですか?」
「いや、少し動きを見るだけだ」
そしていつの間にかスイッチが入ってしまうんだろうな。
しかし憧れの師匠と戦えるのなら、彼等にとっても本望だろう。
「分かりました。一応帰るときには声を掛けますからね」
「おう。いざとなったら回復魔法を頼むぜ」
やはり戦う気満々だ。
俺はここであえて嬉しそうな師匠を立てることにした。
「……はい」
「よし、行こうか」
「「「おう!」」」
旋風と呼ばれる師匠と話が出来て、実際に指導を仰ぐことが出来る冒険者達には、励みになるいい機会かもしれないな。
「逝ってらっしゃいませ」
「おう、そうか。何かあったら呼んでくれ」
「分かりました。」
師匠と冒険者達は、地下の訓練場へと向かうのだった。
俺はそれを見送ったあと、皆に移動してもらうことにした。
「さてと、ライオネル達は先に席へ行っておいてくれ」
「……承知しました」
少し悔しそうに返事したライオネルは、ケティ達がいる席の方へと向かわせる。
「あ、リィナさんは一緒に付いて来て」
「は、はい」
そして俺は冒険者ギルドを出禁となっているリィナに声を掛け、グランツさんの元へと歩み寄るのだった。
「こんばんは、グランツさん」
「おう、聞いたぞ。もう黒幕まで辿り着いたんだな。まぁそれよりも一昨日の夜に出て行って、今この場にいることの方が信じられんけどな」
グランツさんは肩を竦めた後、視線を俺の後方へ向けると今度は腕組みする。
その視線は後ろのリィナを射抜くが、特段怒っている様子は無かった。
「まぁ普通ならそうでしょうし、まさか俺もこうなるとは思ってもなかったです。一応、依頼していた内容は完了しましたので、依頼の取り下げをお願いします。もちろんこの二日で動いてくれた方たちで報奨金は分配して上げてください」
「いいのか? こっちは助かるが……」
この世界は持ちつ持たれつ。
そして動いてもらった分、対価を支払うのが普通だし、これ以上の恨みは誰からも受けたくないのが本音だ。
それで信頼が築けるなら、逆に安いものだ。
「はい。依頼はそのことを分かって出していますので。それでこの二日間で何か情報はありましたか?」
「いや、これといった情報は集まっていないが……何で暴風娘がここにいるんだ?」
一瞬話そうとして、先程から気にしていたリィナさんのことを言及した。
「ははっ。彼女がギルドの地下訓練所を破壊した暴風娘だということは、先程知りましたが、今度ルシエル商会の開発担当として迎え入れることに決めたので、出来れば出禁の解除をお願いします。ここで実験させることはしませんから」
「……随分思い切ったことをするんだな」
「能力があって、人格が破綻していなければ、さほど問題ではないですよ」
「聖変……やはり物好きなんだな」
「ははっ。じゃじゃ馬が二人でも三人でも大して変わりませんし、それにドランという生産部の屋台骨がしっかりしていますから、何とかなりますよ」
「俺がその立場だったら恨むがな」
グランツさんはリィナを見つめると、リィナがここで口を開く。
「あの時は本当に申し訳ありませんでした。今後はギルドで魔道具を使った検証実験はしませんので、お許しください」
「聖変様が責任を取るなら問題はない」
「じゃあお願いします。」
「はいよ。今度何かあれば、聖変様に全て請求出来るから、安心してぶっ放していいぞ」
グランツさんはそう言って厨房へと消えて行くのだった
その姿を見て、俺は一つだけリィナにお願いをすることにする。
「……出来るだけ、街の外で実験をお願いします」
「……はい。ありがとう御座います。これからも魔道具作成を頑張ります」
ファイティングポーズをとったことで、嫌な予感しかしないが、今だけは信じることにした。
「……期待しています」
リィナの出禁を解いた俺は、皆がいるテーブルへと向かった。
既にテーブルの上には料理が並べられていたが、誰も手をつけずに、そのままで待っていてくれたしい。
俺達はそこへ合流して、リィナとナーニャに自己紹介をお願いして、食事を楽しむことにした。
そして教会でケフィンの言っていた、協会に恩を売れるという話を聞くことにした。
「それでケフィン、さっき言っていたことなんだけど……」
「はい。実は聖都を守っていた結界なのですが、直せるかもしれないのです」
「本当か?」
「あくまでも可能性の話です。実はこの聖都の結界なのですが、魔道具が使われていたらしいのです」
「魔道具?」
確かにありえない話ではあるけど、それならどうやって破壊したんだ? むき出しになっている訳でもあるまい……。
「はい。そしてそれは何者かによって意図的に壊されたと資料に書かれていました」
ケフィンは資料があるから作れるという、そんな安易なことは思わないだろう。
だとすればその魔道具が保管されているのかも知れない。
「それで資料だけで、ケフィンがそう判断した理由は何なんだ?」
「その結界の仕組みを調べた資料によると、魔道具には火、水、土、風、聖の属性魔力を同時に込めることが条件だったらしいのです」
「……情報はそれだけか?」
「はい。ですが、ドラン殿やポーラが作った飛行艇は、風の抵抗を全く受けないように魔法障壁が展開されていました。これを五属性全てで発動出来れば、同じ仕組みを構築出来るのでは無いでしょうか?」
俺は聞き耳を立てているドランに聞くことにした。
「ドラン、どう思う?」
「もしかするとじゃが、ロックフォードに張られている結界と同じものかも知れんぞ」
「あ~、十分ありえることだよな」
そうなると、ネルダールもだよな。
何気にレインスター卿って面倒見がいいよな。
俺が微笑むと、ケフィンから声が掛かる。
「それではロックフォードへ?」
これで何も無ければどれでもいいけど、今は世界の危機だから仕方ないよな。
チート転生者が、世界平和の為に公国を潰してくれないかな。
そんなことを考えながら、俺の考えを皆へ伝えることにした。
「まずは帝国へ行く、そして帝国の闇を切り裂く」
その瞬間、皆の視線が俺に集中するのだった。
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