225 登用
師匠とライオネルの前には、騎士団のという山が積まれていた。
二人にはレベル差など関係ないらしく、後の先……所謂カウンターの練習相手として、彼らは打ってつけだったようだ。
教会の騎士団も騎士団と名乗っている以上、ある一定以上の力を保有している。
そしてそんな騎士団の戦い方は個ではなく集だ。
師匠とライオネルは冒険者との戦いでは得られない貴重な体験だと、二人で本当に騎士団を相手にしていた。
そんな騎士団から見た師匠達は、ある程度の傷を負ったら俺に回復魔法を発動させて、傷が癒えたら騎士団へと獰猛な笑みを浮かべて突っ込んで来る、さながら幽鬼兵のよう存在だろう。
徐々に騎士達も本気になっていき、二人を倒してこの訓練を終わらせる為に本気で斬りかかり始めたのだった。
しかしそれは二人の戦闘狂を修羅へと昇華させてしまう行為であることを騎士達は知る由もなかった。
そこからはまるで映画の殺陣を見ているように、二人の戦闘狂は騎士達の攻撃を避け、受け流していった。
そして背中合わせになった師匠とライオネルは、徐々にその場で回転しながら、騎士達の猛攻を防ぎ、時には肉を切らせて骨を断つ戦法で、騎士達の数を減らしていったのだった。
二人のあまりの強さに騎士団に怯みが生まれてしまう。
それを見逃すほど二人は甘くなかった。
後の先ばかりだった二人が、先の先……相手の攻撃を自分のくみしやすいように誘導して、騎士団の集を個へと分裂させていった。
騎士団は集の構えだったために、同士討ちの危険性も増すため、ただ崩されていくのだった。
騎士達は次々、身と心を砕かれてしまい、それを感じた騎士を師匠とライオネルが気絶させ始めたのだった。
「こんなに弱くて魔族から教会を守れるのか? ルシエルの方が断然ましだぞ」
「然り。このような体たらくで、一体何を守るというのだ?」
師匠達はそう言って騎士団を罵しるが、騎士達は二の足を踏んで動けずにいた。
二人は騎士団のその態度に、興醒めした感じになっていく。
「ここからは、私達がお相手致しますわ」
「兄ちゃん達が強いのは分かったけど、これ以上は騎士団の沽券に関わりそうだしな」
声の主は戦乙女聖騎士隊のエリザベスさんとサランさんだった。
それに他の皆も魔族化した騎士達を牢へ閉じ込め終えたのか、武器を持って参戦するつもりのようだ。
「ほぅ。中々良い気概を持っているじゃないか」
「うむ、彼女達が騎士団の屋台骨となっているのは間違いないであろう」
戦乙女聖騎士隊が新設されてから、雑務と称しては戦場への遠征命令が下り続けた。
当時はきっと、女一色で作られた騎士隊を潰そうとしていたのだろうが、逆にそれを彼女たちは成長の糧として、レベルや技術を上げ信頼関係を築き上げた。
その隊長であるルミナさんは、たぶん騎士団の中で一番強い。
そして彼女の率いる戦乙女聖騎士隊もまた、騎士団の中で一番強いと思われる。
しかし、戦いが始めることはなかった。
「ルシエル、お腹空いた」
「ルシエル様、そろそろ例の魔道具屋へ連れて行ってほしいのですが」
「ルシエル様、戦闘を見ているのも飽きたから、そろそろ飛行艇に戻って魔導砲の設計をしたいんだがな」
ルシエル商会の生産部門は、既にかなり飽きていた。
確かに聖都へ着いた時は真上にあった太陽は、徐々に西の空へと沈んでいき、既に夕日へと変化していた。
師匠達は既に三時間近くは戦っている筈だ。
二人の戦闘狂はいいとしても、騎士団は戦乙女聖騎士隊を除けば、既に身も心もボロボロな状態が見て取れた。
師匠達は戦闘狂だからいいかもしれないが、リシアンはまだしも、ポーラとドランにへそを曲げられると、あとで面倒なことになりそうなので、本日の模擬戦はこれで終了させることにした。
「師匠、ライオネル今日はこのくらいにしておきましょう」
「ルシエル、こんな機会は滅多にないんだぞ」
ああ、やはり師匠は納得していないみたいだ。
この人は戦闘という餌がなければ、やはり止らないか……。
まぁだったら教会の騎士団にも危機意識を芽生えさせるために提案をしてみるか。
「たった二人にボコボコにされてしまった彼等は、既に戦意を消失させています。それに今から戦乙女聖騎士隊と戦うと、完全に日が沈んでしまいます。どうせ不完全燃焼になるのですから、今日は終わりにしましょう」
「ルシエル……ふぅ~、仕方ない。まだやるべきことが残っているんだろ?」
師匠は以外にも直ぐに心の整理をつけ、妥協してくれた。まぁそれはそうか。
ただ熱いだけの人にギルドマスターが務まるはずはないよな。
ただフォローはきちんと入れることにした。
「今後は飛行艇もありますから、師匠が望めばたまにこうして教会へ出稽古に来てもいいですし、タイミングが合えばまた一緒に迷宮にでも付き合いますよ」
「おう。それなら今度は物体Xを教会に持ち込んで、気持ちが折れた騎士には物体Xを飲んで奮起してもらおうか。あれは飲めれば凄いものだからな」
師匠が騎士達にも聞こえるように言った瞬間、物体Xを知っている者達は顔から血の気が引いていく。
きっと彼はこれから少しでも強くなろうと努力するだろうな。
こうして騎士団と師匠達の模擬戦は終了するのだった。
本来であれば、ここで教皇様の部屋を訪れ、ドンガハハの遺書などを渡したり、報告したりするのだろうが、今回は私用を優先させることにした。
リィナの迎えと冒険者ギルドへ向かって俺が依頼した内容の取り消し作業、そのままグランドさんの食事を堪能することに決めた。
未だ帰ってこないガルバさんとカトリーヌさんは放っておくことにして、ケフィンを迎えにいこうとすると、丁度よく帰ってきた。
「ルシエル様、遅くなりました」
「タイミングは完璧だったよ。それで何か分かったことはあるのか?」
「はい。これはルシエル商会として、教会から莫大な益を上げられるかも知れません」
「気になる言い方だけど、今から聖都の街へ行って、魔道具屋と冒険者ギルドへ向かう」
「それではこのまま聖都で宿泊を?」
「それは状況次第だな。冒険者ギルドで食事をするから、その時にでも掴んだ情報を教えてくれ」
「はっ」
ケフィンは返事をすると、ケティの元へと歩いていく。
「それでは騎士団の皆さん、師匠やライオネルとの手合わせありがとう御座いました。また近いうちに二人と模擬戦をお願いします。皆さんならいつかきっと、ポーラの十メートル級ゴーレムにだって勝つことで出来ると信じています」
その瞬間、騎士達は身体から魂が抜け出てしまったかのような、全ての感情を失くした能面のような表情となるのだった。
そして急に名前の上がったポーラは、首を傾けているのだった。
教会本部から出た俺達は、師匠達には先に冒険者ギルドへ向かってもらい、俺と護衛としてライオネル、ドラン、ポーラ、リシアンでリィナの店へと向かうのだった。
『イラッシャイマセ マドウグヤコメディアヘ ヨウコソ』
「これはすばらしい」
「人が来ると自動的に話すように仕組まれていますわ」
店に入ったところで、ポーラとリシアンのテンションが上がり、喋るゴーレムの元へ直ぐに移動してベタベタ触り始めた。まるで子供のみたいで和むが、少しは自重というものを覚えてほしかったりもする。
「いらっしゃいませ。魔道具屋コメディアへ、ようこそ……あ、もしかしてあの時の?」
接客してくれたのは、あの時の店員さんだった。
「こんばんは。リィナさんはいるかな?」
「はい。少々お待ちくださいませ」
彼女がバックルームへ消えて直ぐに、転生者だと思われるリィナさんがやってきた。
「いらっしゃいませ、ルシエル様。色々な噂が流れていましたから、心配していました」
「こんばんはリィナさん。噂は噂でしかありませんよ。本日伺ったのは、ルシエル商会の生産部門のトップスリーを連れてきました。まぁ正式には三人しかいないんですけどね」
「あ、初めまして、魔道具屋コメディアの店主でリィナと申します」
「ルシエル商会生産部長のドランだ。主に鍛冶をしておる」
「生産部ポーラ、魔道具製作のエキスパート。今は全自動調理器を作っている」
「同じく生産部のエース、リシアンですわ。私は魔物探知機を作っていますわ」
ドランはいいが、二人は明らかに盛った印象がある。
「うわぁ~お二人とも凄い発想ですね。私なんか鑑定が出来る魔道具をまだ製作している段階なのに」
リィナは笑顔だった……しかしポーラとリシアンの視線上には、見えない火花が散っているように見えた。
「それで前に話したと思うけど、ルシエル商会の生産部門で是非その能力を発揮してくれないだろうか?」
事前に了承はしてもらっているので、形式上だとは思っていた。
しかし、ここでもまた予想を裏切られることになる。
「……ごめんなさい。ルシエル商会にはいけません」
彼女は勢いよく頭を下げた。
断られるとは思っていなかったので、俺は一瞬呆けてしまうが、何故なのか一応理由を訊ねる。
「…………どうしてか聞いてもいいかな?」
「実は私には夢があったんです。空を飛ぶ飛行船を作るという。ルシエル様はお昼頃に教会本部へと下りていく飛行船を見られませんでしたか? 私は教会本部に行って、あれを作った未だ見ぬ師のところで学ぼうと決めたのです」
その目には決意が宿っていた。
「……ドラン、どうだ?」
「うむ。やる気はあるようじゃ」
最初から値踏みするような目つきだったドランは、リィナの加入に前向きなようだ。
「ポーラ、リシアンは仲良くやっていけそうか?」
「技術者は技術で、魔道具製作者は魔道具製作で語る」
「実際にどれだけの発想力とそれを実現出来る能力があるかどうかですわ」
二人とも口から出る言葉とは違って、何処か嬉しそうに感じる。
閃きの天才と努力する天才、そして異世界の記憶がそこへ加わったら、どんなことになるのか、俺は楽しみになってきた。
「あの、ですから、ルシエル商会にはいけないんですけど……」
勝手に話を進め始めた俺達に、リィナは待ったを掛ける。
「あれは飛行艇、製作者はドラン、内装の空間拡張をポーラが担当して、あれの所有者は俺だ。もしうちに来る気があるなら、近日中に飛行艇に乗せることが「いきます」うん。じゃあ店員さんの雇用に関しても色々詰めたいから、皆で一緒に夕食に行かないか?」
即答だった。
しかしこのパターンはドランが師匠と呼ばれるパターンだな。
俺は苦笑しながら、ドランを見るとドランは額に手を置くのだった。
「はい。直ぐに準備をしてきます。ナーニャも一緒に行くわよ」
リィナはカウンターにいる店員さんにそう告げると、店員さんは吃驚した様子で店を心配する。
「えっ、でもお店は?」
「今日は閉めるわ、これからの大事なことだから一緒に来て欲しいの。私の師匠が見つかったのよ」
「はい。分かりました」
やっぱり師匠と言ったか。
しかしテンションが先程とは全く違う。
「それじゃ、少々お待ちになってください」
「あ、ああ」
何処となく大人しめの印象だったリィナが、一気にパワフルな経営者へと変貌した瞬間だった。
きっとお得意様から、ビジネスパートナーに変わったからだろうけど、その変わりように、やはり女性とは分からないものだと、俺は呆けて彼女達の準備が出来るのを待つのだった。
お読みいただきありがとうございます。