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224 約束

 書庫から出た俺はケフィンへと話し掛ける。

「何か新しいものはあったか?」

「特にありませんでした。それと人族至上主義を謳っていましたが、それらしい資料があまり出てきませんでした」

 教会のトップがハイハーフエルフと知っていて、人族至上主義というのも少しおかしな話だからな。

 もしかすると執行部を掌握するためのカモフラージュだったのかも知れないな。


「他の部屋に情報があるかは分からないし、大訓練場へ戻ろうか」

「……ルシエル様の許可を頂ければ、もう少し他の部屋も調べてみたいのですが、よろしいでしょうか?」

「気になることでも?」

「はい。この部屋には魔族化させたという薬が見つかりませんでした。ですから、その遺書の裏づけとして他の部屋も調べ見たいのです」

「分かった。殆どの執行部は捕縛してある筈だから、好きにしていい。だけど、無理や無茶はするなよ」

「はっ」

 そしてケフィンに別館入り口まで誘導してもらってから、大訓練場までの道を聞いて別れた。


 大訓練場へ戻ると、そこには血を流している師匠とライオネルの姿があり、十数名の騎士達が倒れて動かなくなっている以外、殆どの騎士達は全く傷ついてすらいなかった。

 しかしその表情は決して穏やかなものではなかった。

「ケティ、これはどういう状況だ?」

「あ、ルシエル様。ライオネル様と旋風は、今の状態だと加減出来ずに殺してしまいそうになるから、無手で相手をしているニャ」

「……そこまで戦いたいか?」

 本当にあの二人は戦闘狂だな。

 まぁ騎士団とってもいい訓練相手だろう。

 ショックも大きいかもしれないけど。


「訓練は暑苦しいぐらいが丁度いいニャ。そして本番は涼しい顔してスマートに戦うのが、つわものの矜持ニャ」

 ケティは腕を組みながら、師匠達を見つめていた。


「格好いいな。でも、二人の場合は、ただ全力で戦いたいだけだと思うけど……」

「……今更ニャ。じゃあルシエル様が戻ったところで、二人の武器解禁ニャ」

 ケティは諦めているかのようにそう告げると、二人の元へ向かって行った。


 そして何かを話し終えると、師匠とライオネルの視線が俺を捉え、二人は獰猛に笑った後、おもむろに武器を取り出してから騎士団に宣言した。

「さてお遊戯の時間はここで終わりだ」

「これから武器を解禁させてもらう。ルシエル様がいれば腕の一本や二本直ぐに治してくれるから安心するが良い」

「気を抜いた奴は、あっという間にあの世に行くことになるから、訓練を終わらせたければ、ルシエルの魔力切れに期待するんだな」

「さぁ、かかって来るがいい」

「来ないならこちらから行くぞ」

 師匠とライオネルが掛け合いをすするように宣誓した直後、騎士団へと突っ込んでいくのだった。



「……どこから見ても戦闘狂だな。しかもさらっと巻き込まれているんだから、性質が悪過ぎる」

 俺の呟きは誰にも聞かれない筈だった。

「それでもあの方々がルシエル君の武の師なのだろ」

 しかし、後ろからルミナさんが現れて、声を掛けられた。


 師匠達に意識が集中していたからか、気がつくことが出来なかったので、驚いてしまった。

「いつそこに? 全く気がつきませんでした」

「ふふっ、ルシエル君はあちらに意識が集中していたからな。少し驚かそうと思ったんだ」

 ルミナさんはイタズラが成功したことで、優しく微笑んだ。


 そんなルミナさんに、師匠とライオネルのことをどう思っているのか、少しだけ話すことにした。

「師匠達は武術の師であり、人生の先輩であり、おとことしての生き様を見せてくれる父や兄のような存在かも知れません」

「随分信頼しているのだな」

「ええ。師匠がいなければ、きっと私は未だにメラトニで治癒士をしていたでしょうし、ライオネル達に出会わなければ、もしかするとイエニスで散っていたかも知れません。そう考えると対人運があるかもしれませんね。メラトニでルミナさんに助けられたことも含めてですけどね」

「そう言われると、少し照れるな」

「でも最初にルミナさんと出会っていなければ、治癒士ギルドへとすんなり行くことも出来なかったですし、治癒士の評判を聞くこともなかったから、思い切った行動に出ることも出来ませんでした」

 今思えば、冒険者に疎まれていると分かっていたら、冒険者ギルドへ行かなかったかもしれない。

 そう考えると、あそこが俺のターニングポイントだった気がする。


「全てはルシエル君の頑張りだよ。今では賢者まで至った。普通なら出来ることではない」

「いつも命懸けで、諦めるという選択肢がなかっただけですよ」

 褒められるのは嬉しいけど、本当に何処かで諦めていたら今ここにいられないだろうな。


「……ところで、ドワーフやエルフが増えているようだけど?」

「ああ、私の従者は全員奴隷だった者達なのです。怪我を負っていたところ治したのですが、恩義を感じて私の従者へとなってくれたのです」

「多種族が絡んでも、問題は起きたりしていない?」

 ルミナさんには珍しく、種族の話が出てきた。

 ルミナさんの言葉を聞いて暫し考えるが、問題あったという話は聞かないし感じない。


「ええ。それどころか私は彼等にいつも感謝していますよ。例えば猫獣人のケティやハーフ狼獣人のケフィンは私の気がつかないところで、汚れ役などを引き受けてくれていますし、ドワーフのドラン、ポーラ、エルフのリシアンは皆さんを助けるための飛行艇を開発してくれましたし、種族は関係ないですね」

 ルミナさんは俺の言葉を聞きながら、静かに相槌を打って頷いた。


「……そうか、ルシエル君の周りにいる方々が生き生きしているのは、ルシエル君が皆を尊敬しているからなのかも知れないな」

「そうですか? そうなら嬉しいですね。教会での人間関係をうまく構築出来ていない自覚もありましたから……。いつも一緒にいる仲間ぐらいは、お互いを尊重出来る人間関係を築きたかっただけなんですけどね」

 ルミナさん以外の戦乙女聖騎士隊もS級治癒士になってからは、何処か遠慮気味に接してくるようになってしまった時は、寂しかったものだ。

「ルシエル君はやはり変わっているな」

 ルミナさんはそう微笑むが、それは先程イタズラが成功したと喜んでいる感じではなく、何処か懐かしむような笑顔だった。


「……よく言われますけど、そんなに変ですかね?」

「ルシエル君は教会における立場も上位だ。だけど街を行けば誰からも気安く接している。それが出来ることも、することも非常に稀だと思う」

「別に私自身は偉くも何ともないですからね。本来は教会でも同じような立場で過ごしたいのですが……」

 これ以上教会内部や騎士団を掌握するなどという、面倒ごとに関わるつもりはない。


「……ルシエル君は何のために戦いに身を投じているのだ? やりようによっては戦闘を回避出来るかもしれないのに」

 別に今までも師匠達のように好きで戦闘に身を投じたことなど一度たりともない。

「その言い方だと、私が戦闘狂みたいに聞こえますよ」

「あ、いや、そういうつもりではなかったのだが……」

 俺は笑って答えると、何処か困ったようにルミナさんも笑ってくれる。

 ルミナさんはきっと、命の危機と隣り合わせの状況にいたことを心配してくれていたのだろう。

 何だかルミナさんには、いつも心配されている気がするな。 


 しかし何故戦うのか……か。

 その始まりが聖龍との出会いであったことは間違いないだろうな。 

 迷宮を踏破して転生龍を解放しなければ、勇者が負ける未来という真実を知ってしまったのだ。

 だからこそ出来る範囲でも行動しないと、きっとそれまでにたくさんの者が理不尽に命を落とすことになる。

 そんなのは認めたくないし、魔族に対抗出来る手段を、力を与えられた時に、出来る範囲でと約束をしてた。それをたがえるわけにはいかない。


 それにどこか理不尽な話しではあるけど、生き残る為には、実はそれが一番正しい選択肢なのだから本当に嫌になる。

 なんたって、この世界はレベルという概念があるのだから……。


「実は最近気がついたんですが、どうやら巻き込まれ体質らしくて、しかも関わった物事を放っておくと、最悪なケースになっていくことが分かったんですよ」

 邪神に魔族、次々出てくる問題は早期解決を目指さないと、絶対に最終的には巻き込まれる。

 まぁ既に巻き込まれているから、ここで動かなければ、きっと最悪なケースになるのは間違いない。


「……ルシエル君、もう教会に戻ってくるつもりはないのではないか?」

「……どうしてですか?」

「何となくそんな感じがしたんだ」

 こちらを窺うようにして、察せられてしまった気がした。


「そうですか……ルミナさんには正直に伝えておきます。私は教会にこれ以上介入する気はありません。教会に囚われずに、今まで通り人々を癒しながら、教会を見守るつもりです」

「そうか……出来ればその……たまには会いに来てくれると嬉しいのだけど……」

 ルミナさんの少し恥ずかしげな表情に、全ての時が止まった気がした。

 何とか声を掛けようと考えてから、とりあえず返事をする。

「えっと、はい。「ルシエル、早急に回復させてくれ」分かりました。ルミナさん、一連の件が終わったら、今度は時間を取って話しましょう」

 そこへ師匠が絶妙なタイミングで呼んでくれた。

 グッジョブだと思いながら、先延ばしを決断することにした。

 好き、嫌いの単純な話ならたやすいが、自分の気持ちも分からずに、返答することなど失礼過ぎることはしたくなかったのだ。

 ずるいかもしれないが、今は色々と時間が欲しいと思う。


「ふふっ、分かった。早く行ってやってくれ」

 ルミナさんは嫌な顔一つせず、逆に微笑ながら、師匠の下へと急がせてくれた。

「はい、じゃあまた」

「ああ、また」


 こうして俺は師匠達の足下に転がっている騎士達の元へ向かい、彼等を回復していくのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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