223 日々修行
執行部の部屋へ向かって教会内を歩きながら、先を行くケフィンに話し掛ける。
「良くこんな入り組んだ場所を迷わずに歩けるな。こっちに来たのは始めてなのだよな?」
「ははっ。一度歩いたところは、大抵覚えてしまいます。ルシエル様の従者の中では、斥候が私の役割ですから、これだけは誰にも負けませんよ」
「頼もしいな。何か覚えるコツみたいなものがあるのか?」
試練の迷宮なら俺も未だに覚えているが、他の迷宮に関してはもう殆ど忘れてしまっている。
「コツですか。そうですね……簡単な方法は目印を覚えておくことですかね。あとは曲がる時に一度後ろを振り返ると、違った景色に見えるので、どう歩いてきたかをそこで思い出せば大抵は迷わないと思います。慣れてくれば地図を見るように、自分を上から俯瞰したように把握出来ますよ」
「何事も一朝一夕では習得出来ないってことが分かったよ。まぁそうじゃなければやりがいもないけどな」
「そうですね。出来るようになったときは、また次の壁が出てきますから、日々修行しているようなものですね」
「確かにな。日々修行……成人してから修行しかしていない気がする」
「だからこそルシエル様は、賢者へと至れたのだと思いますよ」
「おっ、何か救われる気がした。ありがとうケフィン」
「いえいえ」
ケフィンと会話をしているときに、また前世を思い出した。
ある時、お坊様の説法を聞く機会があった。
人は魂を仏様から借りていて、いつか返す日が来るまでピカピカに磨かなければいけないと言っていた。
ただ生きるだけでも磨かれはするけど、更に頑張れば頑張った分だけ魂の輝きが増して、今世も幸せになるし、仏様も貸して良かったと、また次に貸していただく時はサービスしてくれるかも知れない。
そんな内容を思い出したのだった。
転生したからあれだけど、魂は無事に磨けているだろうか? 仮に磨けたとしても、その分を豪運先生が直ぐに還元してくれている気がする。
そう考えると、穏やかな生活を望んでいるのに、未だ色々な件に巻き込まれてしまうってことは、余程前々世のカルマが深かったのではないだろうか?
考えれば考えるほど、やはり頑張れる内に頑張って修行しておかなければ、穏やかな生活が遠退いていく気がして、改めて精進することを決意して、ケフィンの後を追った。
それから五分程歩くと、別館への通用口が見えてきた。
「この別館が全て執行部で使われているらしいです」
ケフィンの言葉を聞き、別館を確認すると、執行部の建物は五階建ての本館とは違い、三階建てと高さはないが戦乙女聖騎士隊の訓練場が、すっぽり入ってしまいそうな程の大きさだった。
「この建物一棟丸々か?」
「はい、そうみたいです。ドンガハハの私室はこちらです」
そこからまた少し歩き、三階にあるドンガハハの部屋へとやってきた。
「随分部屋と部屋の感覚が空いているように感じるが?」
「中に入れば分かると思います。ここです」
ケフィンが扉を開くと、そこは俺やルミナさんの私室とはグレードが違っていた。
「俺の部屋の三倍いや、四倍はあるな。一人でこれを使っているなら、今はわからないが、さぞここに流れてくる資金は潤沢だったのだろうな」
「そうですね。この隣が書庫になっていて、書庫の端にチョコンと置いてある机です」
これだけ広くても持て余してしまうだろうな。
そんなことを考えて、書庫へ入ると、そこはこぢんまりとしていて、少し薄暗い雰囲気があって、何処か落ち着く印象だった。
机に入っているという首飾りを見るために引き出しを開くと、そこには野球のボールぐらいの微かな光を放つ球体があった。
しかし首飾りというよりは、鎖が球体を封じ込めているような印象があった。
「これについて書かれている資料は無かったのか?」
「ええ。日記も見ましたが、記述されたものはありませんでした」
まぁ諜報に秀でているガルバさんとケフィンがそれを怠ることはないよな。
「魔力感知はしていないか?」
「ガルバ様も私も生憎と魔力感知は難しく、曖昧なことしか言えませんが、この首飾りから魔力が出ているぐらいのことしか分かりませんでした」
「そっか。う~ん、どうも鎖が球体を封印しているような感じがするんだ。二つの異なる魔力があって、鎖が球体の力を留めているような」
「そうなると下手に破壊も出来ませんね。それにしてもどうしてこれに触れることが出来なのでしょうか?」
「何か条件があるのかも知れないな。しかし今封印を解くとまた何かに巻き込まれそうで怖いんだよな」
「それでは魔法袋に入れて置かれてはいかがですか? まぁ触れることが出来ればですが……」
「そうだな……うん、問題ないな。とりあえずしまっておこう。ケフィンは今からもう一度何かないか探してみて欲しい」
「分かりました」
ケフィンは頷くと、書庫から出て行った。
「さてと、まずは遺書から読むか。遺書じゃなくなったから、必要はないだろうしな」
そして俺はドンガハハの遺書を読み始めた。
〔誰か分からないものに、これを読まれると思うと抵抗感があるが、願わくばこれを教皇様や教会のことを思う者が読んでくれることを願いたい〕
遺書は教皇様と教会を思う者宛てに記されたものだった。
そこには自分の生い立ちから、迷宮が出来てから彼が見てきた教会内部のことが、細かく書かれていた。
読み進めていくと、二年程前から帝国で魔族が目撃され出したことやルーブルクでも見つかったことが書かれていた。
そして半年前に俺が魔族を倒した死体がここへ運び込まれたことで、人族や獣人が魔族化していることが判明した。
それを調べ始めた時に血を吐いて、自分がもう長くないことを知った彼は、魔族化を探るために、諜報部隊に手紙を持たせて帝国を探らせていると、返事が帝国ではなくブランジュから来たらしい。
そこで邪法を使うと寿命が伸びることを知り、対価として魔族化させる者を出すことが条件となった。
そして俺が聖属性魔法を失ったことで、このままでは教会の存続が危ぶまれた。
だが彼には、教会を再建させる時間が残されていなかった。
彼は悩んだ末、邪法をその身に使うことを選んだ。
そしてそのために、人族至上主義であるブルトゥースを始めとした執行部で、教会の不正を働いたり、情報を売ったりしている者達に、騎士団を軽く倒せる力を得ることが出来るとしたらと問うた。
すると悩む素振りも見せずに、執行部こそが教会の法だとして力を望んだ。
こうして彼等は三ヶ月の時間を掛けてゆっくりと魔族化していく。
魔族化した騎士達をブランジュ側が派遣した者に見せると、信用を得たのか、教会側にバレたら魔族を呼び出す召喚術を教えられ、逃げる時は帝国へと言われていたようだ。
本来であれば魔族化した騎士達をその手で殺そうとしていたのだが、ここでまた俺の情報が入ってきて、賢者になったことに頭を悩ませたようだった。
〔私は彼を侮っていたのだろうか? それとも教会を欺いてしまった神罰が私に下されてしまったのか。もしそうなら私の命を持って、全てを彼に賭けてみるのも悪くない〕
そんな記述があった。
そして魔石を使った召喚術の載った書を全て読み終わると、燃えてしまったため、覚えている範囲で転写することが書かれていた。
だが彼がこれに書きたかったのは、最後の一文だけのように思えた。
〔もし私が死んでこれを読むものが居たら、教皇様か賢者殿にこれを遺書として渡して欲しい。教会が崇高で神聖な場所であり、人々の救いである場所を望む〕
追記に魔族化の様子を記した書紀と魔族召喚の転写物を残すと書かれていた。
「……次は魔族化の記述を読むか」
罪は罪。罰は罰。だけど人には色々と見えない側面があることを、改めて思い知った。
魔族化の状況について経過観察したものを日記のようにして、彼はつけていたらしい。
そして終盤のあるところで、俺は目を止める事になった。
〔公国ブランジュは勇者召喚を行い、勇者ではなく世界を統べる力を手に入れたらしい。その力を使い、帝国の魔族研究が魔族を隠す絶好の場所となっている、とブランジュから来た者は語っていた。それが事実だとすれば、教会の結界を早急に直す必要がある〕
「木を隠すには森の中、魔族を隠したいなら魔族化させた失敗作の中だとでもいうのか? これで帝国が落ちたら、聖シュルール協和国は帝国の公国に挟まれることになる……だから帝国だって言ったのか。だけど……」
仮に帝国へ突っ込むことになったら、戦力的に厳しいことは変わりない。
情報では翼竜部隊もいるらしいからな。
「これは一先ず相談するしかないか……。俺がここで動かなかったら、きっと待っているのは後悔という名の絶望になりそうだな……」
出来ることなら、前世の歳になるまでには、落ち着いた生活をしたいと割と本気で思いながら、俺は書庫を後にするのだった。
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