221 謝罪
長年この教会に勤め、重役を担ってきたドンガハハは、潔く罪を認め、処刑されることを望んでいるように感じた。
俺からしてみれば、俺の悪意ある噂を流し、部下である騎士達を魔族化させ、自らも魔族を召喚させているので、処刑されるのが妥当だと思える。
しかし一方で彼の憂いも分かる気がしていた。
教会を家、教会関係者も家族と言い切った彼には嫉妬、妬み、僻みが蔓延した教会内部をこれ以上見たくなかったのだろう。
そこへ今回の俺の魔法が使えなくなったことが耳に入ってきた。
だからこそ彼は直ぐに手を打つ事にしたのだろう。
俺があれだけの功績を上げられたのは、神罰が下るほどの何かをしていたからだと……。
そうすることで、一過性ではあるが、部下達を同じ方向へと向けさせ、教会の統率を執ろうとしたのかも知れない。
そう考えると教会の騎士達が、何故あれだけの敵意を持っていたのかも分かる気がした。
突出した営業成績を収めていた上司が、得意先が潰れたことにより営業成績を落とし、下から数えた方が早い順位になった時があった。
すると、聞こえてきたのは上司への影口だった。
「やっぱりあの企業がなければ、あの人は凄くもなんともない」
「俺だってあれぐらいの企業を捕まえられれば……」
そう言うことで、自らの成績を正当化し、安心したかったのだろう。
しかし上司は三ヶ月の苦渋を舐めた後、再びトップ営業へと返り咲き、半年後、影口を叩いていた彼等の姿は会社になかった。
そんなある日、その上司と飲みに行った時に、俺は彼のメンタルの強さを問うた。
すると返ってきたのは、当たり前のことだけだった。
「トップ返り咲きおめでとうございます。おかげでまた俺の成績が霞んでしまいますけどね」
「おう。全員の成績を霞ませて、今期のインセンティブも全て貰うぞ」
「まぁこっちはこっちでそろそろ昇進も見えてきましたから、惑わされずに頑張ります。それに放っておいても、また成績落ちるかも知れないし」
「くっくっく。いや~お前はいい奴だな。陰口言わないで、普通に毒吐いてくるからな」
「あれ? やっぱり突出した営業を収めていても、噂を気にしたりするんですか?」
「一応、俺も人間だからな。まぁあの企業に甘えていたのは事実だしな。顧客管理に紹介営業、止まっていた商談を進めたり、当時お世話になった企業に訪問したり、気がついたら三ヶ月経っていた。そんな感じだったが、常に噂は耳に入ってくるからな」
「やっていることは、さほど変わっているようには思えませんが、それで突出した成績を収められるんですから、何処か他の人と決定的に違う部分があるんでしょうね」
「俺は負けず嫌いなんだよ。一回負けたら、何で負けたかを細かく分析して、次に活かしているだけだ」
「それで成果が出せるんですから、やっぱり凄いですよ。ちなみにですけど、突出し過ぎた成績が周りに与える影響とか考えたりしますか?」
「影響とか、お前そんなこと考えているのか? そんなことばかり気にしていると、その内禿げるぞ? そんなの犬の餌にもならないだろ。それに周りばかり気にしていたら、会社が傾くし、それは自分の浪費でしかない。それに人生山もあれば谷もあるんだから、頑張れる時に頑張っておいた方がいいに決まっているだろ」
「そうですね」
そんな前世のやり取りを思い出して、自分の行動を振り返ると、上司の立場とリンクしていることに溜息が出た。
「頑張れる時に頑張る……か。ここで頑張ったら、教会の、教皇様の成長はないか」
裁くにしろ、裁かないにしろ、魔族化の情報を全て聞き出して、裏で糸を引く者を突き止めなければ、今回の件で教会から離れても、きっといずれ巻き込まれる……そんな予感しかなかった。
教皇様は悲哀の表情でドンガハハを見つめ、ドンガハハは教皇様からの沙汰を受け入れる覚悟を持っていた。
しかし教皇様とドンガハハの話を今まで黙って聞いていたブルトゥ-ス達が、死ぬのはごめんだと言わんばかりに、情状酌量を訴え出す。
「教皇様、我等は強くなれるという、教会に伝わる秘術があることを、ここにいるドンガハハ卿に言われ、その術を受け入れたに過ぎません。全てはドンガハハ卿の命によるものだったのです。何卒極刑だけはお許し下さい」
「そうです。我等は命に従ったのみ。上からの命令は絶対なのです」
「今一度機会をお与えくだされば、我等が新たな教会の礎となりましょう」
「教会を守る盾になり、教会敵を屠る槍となることを誓約します。ですから何卒」
「教皇様」「教皇」「教皇様」
頭を垂れ、教皇様の情へ訴え掛けたのだった。
「ガッハッハ、これが今の教会の中でも選りすぐりの騎士や権力を持つ者達です。エリート故に騎士道精神の欠片も矜持もない。さぁ裁いてみなさい」
ドンガハハはそんな騎士隊を嘲笑い、再び裁くことを求める。
教皇様とドンガハハの立場が逆転したような言い方に場がざわめくが、教皇様はゆっくりと頷くと、再びドンガハハに声を掛ける。
「のぅドンガハハよ。妾に言い残すことや、妾に対して恨み事はないのか?」
「ありませんな」
本来であれば、俺達と戦った時に語った自分の父親のことを訊ねるところだが、ドンガハハは首を横に振ってそう答える。
「私が願うのは、教皇様の覚悟と教会の再興のみ」
「……そうか。思えば御主の父も正義感の強い実直な者じゃったな。妾があのようなことを頼まなければ……」
「……迷宮が出来る直前に物を取りに行かせたことですか?」
「そうじゃ。それさえ無ければ、御主の父が死ぬことはなかった」
「その嘘なら全て分かっていますよ。あの日何故迷宮が出来たのか、何故父が死ぬことになったのか。そして迷宮の攻略を何故諦めたのかも。だから貴女を恨んで私が死ぬことはないのです」
ドンガハハはそう言って笑うと、静かに目を閉じた。
教皇様は驚いた後に、更に悲しみの表情を強め、今にも泣きそうになるが、必死で堪えているようだった。
しかし今の話は一体? 教皇様は結界が消失したことを知っている以外にも、見知らぬフリをしてきたのだろうか?
「皆のもの、今のドンガハハ卿の話を聞いてどう思った? 彼もまた教会の信徒であることが分かったであろう。そして皆のものも一度胸に手を当て考えて欲しい」
教皇様は意を決したように、話始めた。
「賢者となったルシエルの功績は非常に大きい。優遇しているといえば確かに優遇している部分はあるだろう。しかし各々がルシエルと同等もしくはそれ以上の努力をしたと言える者が居るか? いるなら妾が見定めよう……いないようじゃな」
誰も動かず、不平を持っている者達は動けないでいた。
「妾は教皇として、まずは皆に謝罪しようと思う」
「お待ちください、教皇様が謝られてはいけません」
「カトリーヌ、妾は間違っていたのじゃ。間違ったら謝るのは当たり前なのじゃ。そうであろう? ルシエルよ。昔、父様と母様も妾にそう教えてくれていたのじゃ」
「ですが、ここで謝られてしま……ガクッ」
カトリーヌさんの後ろに影が出来たと思った瞬間、カトリーヌさんは糸が切れた人形のよう膝から崩れた。
すかさず黒い影がカトリーヌさんを支えると、そのままお姫様抱っこをした。
「すっかり暴走してしまっているね。これはおしおきかな。ルシエル君、進行を続けて」
ガルバさんはそう言うと、裏の方にはけて行くのだった。
「ゴホッ、教皇様どうぞ」
「うむ……この教会本部に迷宮が出来てしまったのには理由がある。それは妾がこの教会本部を離れていたからじゃ。妾がいなくなる日を知っていた者達が、教会本部を増設し始めるとはさすがに妾も分からなかったのじゃ」
……出かけることが分かっている日なんて、聞いたことがない。
もしかすると何か大切な日だったのではないのだろうか? ……その日を境に教皇様は教会から離れていないとしたら、さすがに自分へ課した罰にしては重すぎるのではないかと思ってしまう。
それにその増設を指示した者のせいで、迷宮が出来たことになるのだから、教皇様のせいではないだろうし……。
教皇様は目を瞑りながら、昔のことを思い出すように、話を続ける。
「聖都に張られていた結界は消失し、迷宮が出来ていたことで、妾はショックのあまり数日意識を失った。そして当時の騎士団長が指揮を執って迷宮の攻略に赴いたのじゃ。しかし第一陣は誰も帰っては来なかった。それからは皆の知っての通り、ルシエルが迷宮を踏破するまで、迷宮は未踏破だったのじゃ。妾のせいで数多くの命が失われたこと、誠に申し訳なかったのじゃ」
教皇様は頭を下げると、さすがの騎士達も慌てて、膝を突く者、敬礼する者、放心する者と様々だったが、暴言を吐く者はいなかった。
「先程も言ったが、ドンガハハも教会のことを想っていたのは間違いない……じゃが、悪いことをしたまま放っておくのは、皆の信頼を裏切ることだと知ったのじゃ」
いつしか教皇様の瞳からは、涙が溢れ出していた。
「教会を混乱させ、あろうことか、邪法に手を染め魔族化及び魔族召喚した罪は極めて重い。よって……よって……全て記憶を抹消し、ジョブを失効させ、教会からの追放とすることとする」
極刑だと思っていたが、教皇様は処刑することを避けた。
「極刑を望む者もいるだろう。しかし、教会は人々を救うところである。今後、人をこれ以上教会で殺すことは妾が許さない」
教皇様は泣きながら、そう言い切った。
そして裁きを聞いていたドンガハハを除く者達は、魂が抜けたようになってしまった。
これから記憶が消され、どうなるか分からない状態なのだ。
ある意味では処刑されたほうが楽なのかも知れないな。
そしてそんな中で、ドンガハハがゆっくりと口を開く。
「その沙汰、謹んで承ります。……教皇様、貴女が覚悟を持って命を下せば、もっと早く迷宮であろうが、執行部であろうが、掌握出来ていた筈です。今後はその覚悟を持って、教会を元の崇高な場所へと回帰してくれることを望みます」
「ドンガハハ……」
ドンガハハは最後まで、教会のことを思っていることが分かった。
「賢者ルシエルよ。私は御主を侮っていたようだ。此度の噂についての謝罪として、刑が執行される前に、御主に話しておかなくてはならないことがある」
「なんでしょう?」
「今回の件や魔族の件の黒幕は公国ブランジュだ。だが、まずは帝国へ急がなければ、闇が帝国を覆うことになる。そうなれば、この聖都も戦火に見舞われるだろう。こんなことを頼める義理ではないが、聖都を、教会本部を、そして教皇様を頼む……ブフゥ」
ドンガハハはいきなり血を吹いて倒れた。
俺は瞬時にエクストラヒールを発動し、何とか彼の一命は取り留めたが、彼の意識が戻ることはなく、教皇様の裁きは後味の悪いものになるのだった。
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