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220 劇薬

 大訓練場へと戻ってきた俺達を待っていたのは、ビシッと隊列した騎士達と治癒士ギルドにいる職員達だった。

 そして先頭には師匠達の姿と戦乙女聖騎士隊が、今回騒ぎを起こしたドンガハハを始めとする魔族化していた騎士達を拘束し座らせていた。

 どうやら狂化した騎士達も意識を取り戻したらしく、同様に拘束され座らされていた。


 俺が本当に教皇様を大訓練場へと連れて来たことに、騎士達は一応に驚いた表情を浮かべるが、そのまま静かに教皇様と俺に視線を集中させている。

「皆さん、お待たせしました。それではこれから教皇様に今回の騒動の沙汰を出していただきます。では教皇様お願い致します」


 教皇様が俺の前に出ると、凜とした表情を浮かべたままドンガハハの前まで進み立ち止まると、彼にそのまま話し掛け始めた。

「ドンガハハよ、教会はそなたにとって、忌むべきところになってしまったのか?」

「……いいえ教皇様、今も昔もこれからも、この教会は私にとって家みたいなものです。そしてここにいる者達は家族のようなものです」

 急に話しかけられ一瞬驚いた顔をしたドンガハハだったが、直ぐに立ち直ると、教皇様から問いかけられた言葉に対しゆっくりと、そして少し笑みを見せながら答えた。



 教皇様の突然の行動は、ドンガハハと話すことを望んだ教皇様が、皆の前で裁くことを条件にしたものだった。

「皆の前で裁く前に、ドンガハハと少しだけ話す時間を貰いたいのじゃが……」

「全て教皇様がしたいようにしていただいて構いません」

 小さな交換条件であるが、声を尻つぼみに小さくさせながらも言い切った教皇様に、俺は全てを任せることにしたのだった。



 ……それにしても、教会を家、教会関係者を家族と言い切ったドンガハハの顔はとても穏やかで、嘘を吐いているようには見えない。

 これが少し前まで教会を破壊しようとしていた者だとはとても思えなかった。


「……妾もじゃ。しかしそれならどうしてルシエルの噂を流し、邪法まで用いて魔族を教会内部へと侵入させたのじゃ?」

 教皇様はドンガハハの言葉に賛同して笑顔で頷くも、直ぐに顔を曇らせ、何故一連の件を引き起こしたのか訊ねた。


「賢者ルシエルには大変申し訳ないことをしましたが、聖属性魔法が使えなくなった事実を知り、私は教会の未来を憂いました。だからこそです」

「確かにルシエルが聖属性魔法を使えなくなれば、教会内外への影響は小さくはないじゃろう。じゃが、仮にそのような事態となっても、皆で協力すれば乗り越えられるはずじゃ」

「無理なのですよ! この教会内部は既に腐りきっている。だからこそ、これ以上腐ってしまう前に、全てを破壊しようとしたのですよ」

 ドンガハハはこちらを見て謝罪の言葉を口にすると、再び教皇様へと向き直り、はっきり教会を破壊するつもりであったと告げた。


 しかし、執行部のトップである彼が、教会が腐っていると語ったことに、俺は驚きを隠せなかった。


 教会を裏で動かしている執行部が、教会を腐らせていると思っていたのだが、彼の言い方だと、執行部以外が腐らせているような、そんな言い方に聞こえてしまった。

 最近では教会の評判や権威は盛り返してきている筈だし、腐らせる要因があるとは思えなかったので、何故彼がそう語ったのか、その真意が分からなかった。


「どういうことじゃ、徐々に教会の権威が戻ってきたと話には聞いていたぞ」

 教皇様も同じ疑問を持ったようで、再びドンガハハに問うた。


「教会の評判はそこまで変わっていませんよ。賢者ルシエルの名声が高まり、賢者ルシエルが作ったガイドラインで、治癒士達が民衆から嫌われなくなった程度です」

 その言葉は俺にとって衝撃だった。

 頑張ってきたことは自分の為ではあったが、少なからず教会の皆と一緒に頑張ってきたつもりだったからだ。

 それが俺だけの人気と名声って……他の皆にも尽力してもらっているのだから、決して俺一人の力でないことは、理解してくれている筈だ。


「治癒士達の評価が上がっているのだから、教会の評価も上がっているのじゃろ?」

 教皇様は俺の聞きたいことをそのまま聞いてくれた。


 しかし彼からの返答は、想像しているものとは異なるものだった。

「いいえ。騎士達の中でも評価が上がっているのは、戦乙女聖騎士隊だけですよ。それ以外の騎士達への評価は多少上がったかも知れませんが、大差ありません。そして今まで教会の舵取りをしていた重鎮達は、無能扱いされています」

「何故じゃ?」

 教皇様はドンガハハにさらに詳しい説明を求める。


「ここ数十年の長きに渡り、治癒士達へ指導をしてこなかったこと。悪徳治癒士を増やし野放しにしてきたこと。そして魔物が増えた時も必要以上に騎士団を割かなかったこと。これらの不満からでしょう」

「それは……」

「そうです。迷宮が教会内部に出来てしまったからです。ですが、そのことを知らない民衆達には全く関係のないことです」

「じゃが、ルシエルがS級治癒士になり、教会は民衆から信頼を徐々に取り戻していたのじゃろ?」

「ええ、その通りです。彼がいなければ教会や治癒士が悪意の対象であったことは代わりません。但し、彼が劇薬になるまででしたが……」

 S級治癒士になってから、教会に迷惑になるような行動を取った記憶がなかったので、ドンガハハの語る言葉に耳を傾ける。


「……ルシエルが何かをしたのか?」

「ガイドラインを作るときにも申し上げた筈です。賢者ルシエルは劇薬になるかも知れないと……」

 ドンガハハは目を瞑り、首を横に振りながら、抽象的に答えるだけにとどめた。


「じゃが、ガイドラインや法案作りには、御主も携わったであろう」

「ええ。しかしそれ以上のことを賢者ルシエルにさせても、望んでもいけなかったのです。しかし彼は英雄足る人物だったのでしょう。教会から出て直ぐに迷宮踏破の際の竜殺し、イエニス平定と二つの大きな仕事をしてしまった」

 完全に巻き込まれているからなのに、端から見るとそうなるんだから、とても不思議だ。

 しかし生きるために頑張ったのに、それが何故いけなかったんだろうか?


「確かにルシエルは功績を上げた。しかしだからといって、ルシエル以外が無能だというのは暴論じゃろ」

「ええ。ですが、判断するのは教会内部を知らない者達なのですよ。突出した功績は、周りのものを霞ませてしまうのです」

 それを聞きながら、前世のトップ営業セールスマンだった上司の言葉を思い出していた。


「どういうことなのじゃ?」

「ここにいる者達の中には、賢者ルシエルばかりが評価されることに不満を持っている者が大勢います。そもそも教会内で研鑽を積むこともなく、行動に変化がないので、彼等が評価がされる方がおかしいのですが……そんなことすらも分からないのか、愚痴や不満ばかりを並べ、足の引っ張り合いをするのが彼等の日常です。これは治癒士達や騎士達にも同様に言えることです」

「それは統率を執る者の役目……」

「執行部なら私、騎士団ならカトリーヌ騎士団長、祓魔師ならグランハルトが担当になりますな」

ドンガハハは人族至上主義で教会を潰すために行動していた。

カトリーヌさんは既に騎士団の統率を執れずに、執行部に捕まる。

グランハルトさんは俺の後釜を迷宮に送り込み、彼等の暴走を止めることが出来ずに、邪神に殺させてしまった。

見事なまでに統率を執れる者がドンガハハしかいない状態だ。

それで足の引っ張り合いを本当にしているなら、腐っているが果たして……。


「いつからこの計画を練っていたのじゃ?」

「賢者ルシエルが魔法を失った三ヶ月前ですよ。まぁ、およそ半年前に魔族が現れた時から、色々と準備は進めていましたが……」

教皇様は唖然として信じられないという顔をして、口を半開きにした状態のまま固まってしまう。

「……仮にルシエルが魔法を使えない状態だったら、どうしていたのじゃ?」

「処刑する御触れを出して、助ける者がいなければ、そのまま教会の礎となってもらう為に処刑していたでしょう」

 教皇様は少し話題を変えたが、待っていたのは、無常の言葉だった。

 そのことを覚悟していたとはいえ、さすがにそういう計画があったことを聞くと、少し堪える。


 ドンガハハが何処か淡々と事実を語り、恨み辛みを教皇様へぶつけることや、何か行動を起こすような気配や素振りがないことを不思議に思っていた。


 「……こうなったのは、やはり妾のせいなのか?」

 「くっくっく。自分を責めるのが昔から好きですね。そんなことでは魔族との戦いに生き残れませんよ」

 「魔族じゃと!?」

 「……む、いかん少し喋り過ぎたな。そろそろ裁いてもらいましょうか。あの甘ちゃんだった貴女が私を裁けるのならですが。がっはっは」

 ドンガハハは高笑いし、教皇様を見上げるのだった。



お読みいただきありがとうございます。

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