216 心の隙
ゴーレムの圧力に負けたからとは言いたくないが、殆どの騎士がカトリーヌさん及び戦乙女聖騎士隊の包囲を解き、俺の魔法で苦しんでいる魔族化した騎士達を包囲した。
このまま放っておいたら、魔族化した騎士を攻撃して殺したり、逆に返り討ちにあってしまったりする可能性が浮上したので、仕方なく指示を出すことにした。
「今苦しんでいる騎士達は、通常よりも身体が強化されています。だからむやみに攻撃は仕掛けないでください」
俺がそう指示すると、騎士達は盾を前に構え、一定距離を保ったまま陣形を整えた。
さすがに敵が明確になれば、彼等も騎士団と名乗るだけの動きが出来るのだと安心しながら、再度ブルトゥースを始めとした魔族化している騎士達に語り掛ける。
「それで返答は如何に?」
「我等執行部は、教会の秩序と人族至上主義の為に命を捨てる覚悟が出来ている、今さら引けるか!」
持っている剣をその場で振るってみせるブルトゥース、さすがに戦闘は避けられないかと思ったので、最後に疑問をぶつけてみることにした。
「そうか。それなら仕方ない。だがその前に、これだけは答えてくれ。ずっと人族至上主義と謳っているが、貴方方は既に半分以上は魔族なんだから、もはや人族じゃないだろ? その辺はどう思っているんだ」
「…………」
戦いは避けられないと思って、俺は素朴な疑問をぶつけてみた。
ブルトゥースはもちろん、浄化魔法で苦しんでいた騎士達も、身体の痛みを忘れたかのように唖然としてしまい、闘技場を静寂が包み込んだ。
あれ? 何だ、この間? この感じってもしかして、そのことに気がついてなかったのか?
「……気がついていなかったのか?」
まさかとは思いながらも、念のため問うてみると、先程まで饒舌に喋っていたブルトゥースを始めとして、魔族化した騎士達の顔が徐々に険しく、そして焦りの色が出始めたのだった。
「ルシエル、こいつ等はもう魔族なんだし、自爆だって厭わないやつ等だ。慈悲をかける必要などない」
「魔族は人類の最大の敵ですから、情けは無用です」
うちの戦闘狂なのに頭脳派なツートップが、彼等の動揺に更につけ込み、精神を揺さぶってくれたので、俺はここで最後通告を勧告することにした。
「師匠達がああ言っているので、最後にもう一度だけ聞きます。これで決断できなければ、貴方方は誠に残念ですが、魔族として裁かれることになるでしょう」
「わ、我等を殺せば、情報が手に入らなくなるのだぞ」
俺の勧告に慌てて口を開いたブルトゥースだったが、よほど混乱しているのか、既に戦う前から負けること前提で会話をしていることが分かる。
まさか口撃だけで、ここまでダメージを与えられるとは……さらに不安を煽ることにしてみるか。
「そんなことはありませんよ。カトリーヌさんや戦乙女聖騎士隊を始末出来ると思って、今頃高笑いしているだろうドンガハハさんを拘束すれば、情報の一つぐらいは出てくるでしょう」
「な、何が望みだ」
ブルトゥースは混乱のあまり、自分が負けること前提で話し出していることに、全く気がつかないまま、交渉のテーブルに自ら着いた。
「あれ? 魔族化って望んでやったんじゃなかったんですか? それなら早く言ってくださいよ。知っている情報を全て包み隠さず吐いてくれたら、人に戻しますよ」
「くっ、む、無理だ。我等は誓約をしている。だから禁則事項に抵触することを話すことが出来ない」
きっと誓約は本当だろう。
口止めをしない組織が存在するなんて考えられないからな。
しかし禁則事項が何処までの範囲か分からないので、それに縛られて質問するなんてことはしない。
とりあえず人族に戻すという人参をぶら下げて、どんどん質問をすることにした。
「禁則事項なんて、何とでも言えるからな。まずはルーシィーやエリザベスさんをどうやって魔族に変えたんですか? 答えれば、そちらの騎士三人を魔族から解放しましょう。あ、別に答えるのはブルトゥースさんじゃなくてもいいですよ」
すると痛みに苦しむ騎士から、直ぐに声が上がる。
「二人が遠征から負傷して返ってきた時に、回復魔法と一緒に魔族の魔石を粉末にして飲ませたって言っていました」
「治癒士の常駐している診療室には、意識を混濁させる魔法陣が張ってあります」
「魔石を埋め込まないでも魔族化出来るか、すでに実験は行われていたようです」
「我等への指示はいつもブルトゥース様からでした」
おいおい禁則事項はどうした……。
まだまだ色々出そうだったが、彼等が言ったことが真実なのか、判断しなくてはいけない。
「………はい、ストップ。ルーシィー、エリザベスさん。二人は遠征で同じ時期に怪我を負ったんですか?」
「ええ、半年ぐらい前だけど、いつものようにイリマシア帝国とルーブルク王国で小競り合いがあったんだけど、そこに翼竜が現れて、頑張って奮戦したのだけど、怪我をしてしまったわ」
「遠征には治癒士が帯同していないから、私達の拙い聖属性魔法で応急処置をして、聖都へ戻ってから治療をしましたの」
「当時、薬とか処方されたりしましたか?」
「……あまり良く覚えていないけど、確かそうだったと思う」
「あの時は血が流れすぎていて、ルシエルさんがうちの隊にいないことを恨めしく思いましたわ」
正確には俺ではなく、俺並みの回復魔法が使える人だな。
「ははっ、S級治癒士になっていなければ、そうなっていた可能性は高かったかも知れませんけど、それよりも魔族化で体調がおかしいとかは無かったんですか?」
「あったわ。魔法じゃ病気や後遺症は治らないから、投薬しかないって言われて……」
「……もう半年も前のことですから、記憶が曖昧になってきていますわ」
薬として定期的に飲んでいたからその症状が出始めたのかも知れない。
結論を出すには早いが、これがきっかけになるかもしれないな。
「ありがとうございます。いいでしょう。答えてくれた三人の魔族化の呪いを解呪します」
ルーシィーとエリザベスさんの話を聞き終え、話が本当である可能性が高いと判断して、俺は騎士達へ向き直ると解呪を宣言した。
ケティとケフィンに目配せをしてから、俺は解呪を始めた。
一人ずつ順番に魔法陣詠唱で治療していき、エクストラヒールの光が収まったと同時に、ケティとケフィンが魔族だった騎士を捕縛していく。
その早業に魔族化した騎士達は動けずにいた。
いや、それよりも身体から溢れ出る瘴気が消え、本当に人族に戻っていくのだと、力が抜けて動けないような状態なのかも知れない。
「先程も言ったが、貴方方を裁くのは教皇様に一任する。捕縛はするけど、これ以上敵対行動を取らないのであれば、痛い思いはしないで済むぞ」
「別に我こそはという勇敢な者は、かかって来て構わないぞ」
「むしろそれぐらいの気骨のある者が一人はいるのだろう?」
「師匠、ライオネル、あまり煽らないでもらえますか? それより何でそんなにやる気満々なんですか。大人しくして……おいてください。……さて、じゃあ次の質問です。何故魔族化をしたんですか? それがどういう力か聞いて受け入れたのでしょ?」
戦闘したそうな師匠達の声に苦笑してしまう。
そして注意をしている最中、師匠達の奥でポージングを決めている十メートル級のゴーレムがいた。
ポーラ達は教会のことに興味がなさそうで、ゴーレムで遊んでいるようだった……が、あのゴーレムが暴走したら色々と不味いので、速やかに彼等の魔族化した分岐点を探ることにしたのだ。
「それは禁則事項に該当する。だが我等の力をつけた理由はただ一つ、魔族、魔王を討伐し、人族が世界最も有能な種族ということを知らしめるためだ」
「知らしめてどうするんですか? そもそも身体から瘴気を発している時点で、人族から見たら討伐対象でしょ」
「くっ、私は、私達はもう一度、勇者を生み出すあの国ともにぃいいギャアアア」
ブルトゥースが勇者を口にした瞬間、身体から瘴気が噴き出して、その風貌を変えていく。
それはブルトゥースだけではなかった。
治療していなかった騎士達が一様に苦しみながら、瘴気を身体から出して、魔族化が一気に進み出した。
「ブルトゥース、お前までが裏切るとはな。しかし寛大な私はお前達を許そう。だから安心してこの地に混乱を巻き起こすのだ。がっはっは」
そう言いながら現れたのは、人族至上主義派の長であるドンガハハであった。
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