215 彼等の選択肢
戦乙女聖騎士隊の隊員の中でも特に俺を気に掛けてくれて、弟のように接してくれたルーシィーと、双剣の使い方を教えてくれたエリザベスさんが苦しんだことに、俺は驚きを隠せなかった。
まさかこの二人が魔族化しているとは思わなかったからだ。
仮に聖域円環を訓練場全体に張ったら、彼女達まで消滅していたかもしれない。
そう考えると、ルミナさん達の今の関係をキープすることも難しかっただろう。
俺はそのことに胸をなでおろしながら、二人のことをルミナさんに聞くことにした。
「二人は人族至上主義だったり、公国ブランジュやイリマシア帝国の縁者だったりするんですか?」
「エリザベスは確かにブランジュ出身だが、ルーシィーは聖シュルール協和国出身だ。それに人族至上主義ではない筈だ。それよりも二人は何故こんなに苦しんでいるんだ?」
俺が放った魔法のせいであることは分かっているのだろが、ルミナさんはそれを責めずに、二人の状況を確認してきた。
「……魔族化、もしくはそれに近い状態だからです。二人が執行部のスパイである可能性に心当たりはありませんか?」
「そんなことあるはずがないだろう!!」
ルミナさんの取り乱したところを初めて見たが、どれほど彼女達を信頼しているかが分かる。
一度師匠達の戦闘状況を確認すると、騎士団の隊員の殆どが状況を飲み込めていないのか、固まったままになっており、師匠達も痛みにもがき苦しんでいる騎士達に追い討ちを掛けることはしていなかった。
リーダー格のブルトゥースと三名の騎士は何とか立っている状態だったが、他の十数人の騎士達は、ルーシィーとエリザベスさんと同じように痛みで倒れてしまっていた。
「ルミナさん、二人を助ける方法はあります。ですが、それにはスパイじゃないという確証がほしいです。誓約内容はスパイでは無いことを誓わせてください。罰則は嘘をついたら睡魔に襲われるなど、分かりやすいものにしてください」
「……分かった」
ルミナさんは一瞬、こちらを睨んだ気がしたが、人は数年会わないだけで変貌してしまうこともあるし、近くにいると気がつけないこともある。
俺も彼女達が裏切っていることなど考えたくなかったが、それでも彼女達が魔族化してしまった事実があるので、情に流されることは出来なかった。
ただ彼女達が執行部サイドではないことを祈るだけだった。
「ルーシィー、エリザベス、ルシエル君の話を聞いていたな? スパイじゃないと誓約してくれ。罰則は聖騎士のジョブを凍結することだ」
えっ?! 俺が決めた罰則よりも、非常に重い罰則をルミナさんは強いた。
これが二人に対する信頼なのだろう。
考えてみれば、戦乙女聖騎士隊の人数は、初めて会った五年前から変わっていない。
追加も無ければ、減ってもいないのだ。
結束は強固なものなのだろう。
「ち、誓いますわ」
「私も誓います」
ルミナさんへの信頼を裏切らないように、エリザベスさんもルーシィーは直ぐに誓約に応じた。
すると身体が一瞬光ったので、誓約は完了した……が、ルミナさんはここで大きな間違いを犯していた。
「ルミナさん、その誓約だと嘘ついていても、ステータスを鑑定出来ないから、凍結されたかも分からないし、判断出来ませんよ」
「なっ!?」
「まぁいいですけどね」
俺は苦笑しながら、ネルダールでウィズダム卿を治療した方法で、二人に魔法を加えていく。
「……確認をしなくていいのか?」
ルミナさんはこちらを心配そうに窺ってくるが、二人は直ぐに返事をしたし、それにルーシィーはともかく、エリザベスさんは嘘をつく時、何故か必ず赤面するのだ。
これはエリザベスさんとサランさんのやり取りで気がつき、実は普段から嘘を吐こうとすると赤面することを、サランさんから教えてもらっていたのだった。
ルミナさんにネタバレしていたことをわざわざ言う必要もないので、笑いながら治療する。
「もうルミナさんと二人の信頼関係は確認しましたよ。それにあそこで苦しみながらも、二人が魔族化している状況を言いたそうにしている奴がいますから、二人を治してから締め上げますので、安心してください」
「くっくっく、無駄だ。如何にS級治癒士であろうと、魔族の因子を打ち込んだ者が人に戻れる訳がない」
治療を始めていると、先程の俺の声が聞こえたのか、ブルトゥースは治癒が無理だと嘲笑う。
彼はこの二人が魔族化していることを本当に知っているようだった。
ということは締め上げれば、かなりの確率で黒幕まで辿り着けるな。
俺はそう確信した。
「くっ、ルシエル君は二人の治療に全力を尽くしてくれ。私がブルトゥース様を、ブルトゥースを倒してこよう」
俺がそんな考え事をしていると、ルミナさんはブルトゥースの言い放った言葉で怒りに震え、今にも斬り捨てる雰囲気を纏った。
「……大丈夫ですか?」
「私はこう見えても結構強い方だと思っている」
強いか弱いかの話ではなく、捕縛することが前提なのが分かっているかを聞きたかったのだが、この状態になったルミナさんを止めても無駄だろう……仕方ない、もうひと頑張りだけするか。
「じゃあ治療も終わったんで、一緒にやりますか。それと出来れば情報が欲しいので、半殺しまでにしてください」
「いや、ここは私が一人で倒すから……? 今なんと?」
「治療は終わったので、彼を私と一緒に半殺しにしましょう」
「治療が終わった?」
「はい。二人共もう起き上がれますね?」
俺がそう告げると、二人は身体を確かめるように起き上がった。
ルミナさんは震えるように二人の身体を気遣う。
「ルーシィー、エリザベス大丈夫なのか?」
「ええ。身体に痛みはありませんし、ここ数ヶ月の倦怠感も嘘のようになくなりました」
「何か枷が外れた気分ですわ」
「そうか。良かった。本当に良かった」
今にも泣きそうなルミナさんに、二人は笑いながら自分達の状態を伝え始めた。
そこへカトリーヌさんの周りを固めていた他の戦乙女聖騎士隊の皆も、集合してきた。
騎士団の騎士達は先程から、止まったままで、既に捕縛する気も無いようなので、放っておく方針を固め、ブルトゥースに意識を集中させる。
きっと彼なら二人が数ヶ月前から患っていたという倦怠感の原因も知っている気がしたのだ。
「二人は人に戻りましたので、どういった計画だったのかは分かりませんが、これで貴方方を倒して情報を聞き出させていただきますね」
「ば、馬鹿な。高位治癒士が十人以上集まっても解呪出来なかったんだぞ。それを一人でなんて……」
「解呪を試したんですか? ……条件を飲めば、人に戻りたいなら戻してあげてもいいですよ?」
ブルトゥースは激しく取り乱し始めたが、それは彼だけではなかった。
そう。師匠達にボコボコにされた魔族化した騎士達も、どうやら人に戻れるかもしれない可能性が出来たことで、心が揺れ動いていたのだろう。
戦意がまるで感じられなくなった。
ここでダメ押ししてみることにする。
「私は既に治癒士ではなく賢者ですから、解呪出来たのはそのおかげかも知れません。ですが、わざわざ自分と敵対する者に治療を施すことはしません。さぁ魔族として殺されるか、人に戻り教皇様の裁き待つのか、自分で決めなさい」
その瞬間、ゴゴゴゴゴと訓練場が揺れた。
説得の最中で敵襲か? 俺は師匠達にアイコンタトを送ろうとして、地震を引き起こした犯人を見つけた。
「ドラン、ポーラ何をしているの?」
「いや、魔族と戦うなら最強ゴーレムで相手をしようかと思っての」
「魔族は人じゃない? だったら潰してもいい?」
首を傾けて聞いてくるポーラだったが、昔迷宮で出現させた五メートル級のゴーレムを遥かに凌ぐ、十メートル級のゴーレムを出現させていた。
あれに踏まれたら、間違いなく即死だ。
シリアスな空気が何処かに行ってしまったことを感じながら、気を取り直してブルトゥース達に最後通告をすることにした。
「治療されて人に戻るか、あのゴーレムに踏まれてあの世に行くか決めてくれ。騎士団の皆さんも執行部につくのか、教皇様につくのか、態度をはっきりとさせてください」
すると、ゴーレムが数歩前に進み出す。
その度に地響きが起きる中で、彼等は決断を迫られることになるのだった。
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