211 飛ぶ鳥跡を濁さない為にしておくこと
ナディアとリディアは何処か決意を固めた表情をしているように思えた。
そして二人はお互いを見て頷くと、ナディア話し始める。
「ルシエル様、私達は一度国へ戻り、カミヤ卿と話をしてきたいと思います」
「話? 俺の噂を流した話? それとも二人の情報収集をしていた話? それとも魔族の話か?」
「冒険者になったので国は関係ないと思っていました……ですが、国が滅んでしまう可能性を秘めた魔族の話を、このまま放っておくことは出来ません」
ナディアの隣にいるリディアも大きく頷いた。
「何か作戦や伝手があるの?」
貴族の身分を捨て冒険者になった二人に、使える伝手があるようには思えなかった。
それに魔族になってしまう原理が分からないところに、わざわざ二人を向かわせるには行かなかった。
「……ありません」
ナディアはか細い声を出して答えた。
「人族至上主義やカミヤ卿、魔族の関係が疑わしいのは公国ブランジュだ。だけどそういうところに赴くには、きちんとした策がないと無理だと思うけど、皆はどう思う?
「それでも公国ブランジュへ向かった方が良いと思うか? それとも、もう少し情報を集めてから慎重に探るべきか? 冷静に考えてみよう」
「ナディアとリディア、ルシエル様の言うとおり、情報を集めた方が良いであろう。これがそのカミヤ卿という輩だけが関わっているなら、問題は直ぐに解決出来るだろう。しかし、これが国家で行われていることなら、最悪国の存亡に関わってくる」
ライオネルが二人を説得してくれた言葉を聞きながら、確かにガルバさんの情報が全て真実だとすれば、公国ブランジュの存亡に関わることになるのだと、改めて理解した。
「……はい」
ナディアは力無く頷いた。
これで公国ブランジュへ行くという選択肢が完全に途絶えた。
「一応継続して公国ブランジュを探ってもらえるように、ガルバさんに頼むことにするから、何かあれば動くぞ」
従者のようなポジションにいるナディアとリディアだけど、本来はそんなものは存在しない。
彼女達は救われたから帯同しているだけなので、フォローを入れておく。
「「ありがとう御座います」」
二人は頭を下げたが、結局二人の考えを否定して終わった。
「じゃあライオネル、ケティ、ケフィン頼む」
「ルシエル様、我等は既に帝国を出た身。ですが、どうしても決着をつけたい相手がいるのも正直なところです」
「帝国ではなく、皇帝でもなく、現在の戦鬼将軍を名乗っているクラウドとかいう者のことか?」
「はい。私が信を置いた部下が私を裏切ったと思っていました。更に皇帝である元主も私の言うことに耳を傾けなかった。だから裏切られたのだと思っていましたが、少し勘違いをしていたようなのですね」
「だからと言って、帝国の軍人には戻らないで欲しいんだけど?」
「はっはっは、今更帝国なんぞに戻る気は更々ありませんよ。ルシエル様といる方が比べ物にならないぐらい色々な体験が出来ますし、イエニスでは子も産まれるのですから」
ライオネルは俺の慰留願いを、笑って受け入れてくれた。
そのことにまず安堵した。
さすがにライオネルと敵対したら、騎士団どころ比じゃない。
「話を戻すけど、ライオネルが勘違いしたように俺も帝国のことで勘違いをしていたことがある」
「それは?」
「……正直まだ不安を全て払拭出来た感じはしないけど、実は帝国が俺に何かを仕掛けてきたことがないことに、昨夜の話を聞いて気がついたんだ」
俺が言い放った言葉で、皆の頭の上に?が出現したように感じた。
「イエニスでも、ドワーフ王国でも帝国とやり合ったニャ」
「そうです。確かに直接の戦闘はありませんでしたが、ルシエル様は帝国と因縁があった筈」
ケティとケフィンは呆れたように、帝国の陰謀と戦ったことを説明し始めたが、俺が言いたかったのはもっと違う部分だったのだ。
「確かに因縁はあるだろうけど、それは俺が帝国の計画を潰したからだよ。よくよく考えてみると、帝国と俺の接点というか始まりは、イエニスからなんだ。更に言ってしまうと、陰謀は俺が向かう先々で既に仕掛けられていたものだったんだ」
「どういうことニャ?」
「分かりやすくお願いします」
ケティとケフィンを含めて、皆が説明を求めるように、俺へと視線が集中した。
「イエニスでは帝国の人間が奴隷商人として潜伏して、虎獣人族のシャーザを使って混乱させようとしていた。さらにドワーフ王国ではドワーフ王の息子を誘導し、巨大蟻を育ててドワーフ王国を潰そうとしていただろ? でもそれは俺が行く前から仕掛けられていたんだ。俺を狙っていた訳じゃないんだよ」
「……言われてみれば確かにそうニャ」
「なるほど。確かに直接ルシエル様を狙った計画は今までにもなかったのかも知れませんね」
どうやらケティもケフィンも俺が言ったことを分かってくれたようだった。
しかし、一人浮かない顔をしていたのがライオネルだった。
「ライオネル、何か疑問がありそうだけど?」
「あ、いえ一つ気になっている点があるのです」
「気になっている点?」
「ええ。ルシエル様は最初に魔族と戦ったのは、何処だか分かりますか?」
「何処って、聖都とメラトニの間にある村だろ?」
「違います。ドワーフ王国です」
「?! ドワーフ王の息子か!」
「はい。あの時の者は魔石を喰らって、強大な力を得たと言っていました。ドワーフ王国へと出入りする奴隷商人が仕組んだことは間違いないでしょう」
「奴隷商人か……仮に帝国へ入国したとして、戦いになった場合、今のライオネルで勝てると思うか?」
「ルシエル様のエリアバリアと回復魔法があれば、造作もありませんよ」
ライオネルは白い歯を見せながら、獰猛に笑った。
俺はその話を聞いて、ネルダールであったウィズダム卿の話をすることにした。
「ライオネルとドランは覚えているかもしれないが、実はネルダールでイエニスの奴隷商にいたルーブルク王国の貴族の青年と会う機会があった」
「あの者は生きていたのですか」
「ああ、どういう訳か奴隷からも解放されていた……と思う。リカバーやディスペルを使ったから、奴隷呪は解いてしまっただろうけどな。それよりも彼は魔石を体内に埋め込まれていた。それを主導したのが偽ライオネルだったと言っていた」
「魔石を埋め込むなど、狂気の沙汰としか思えない」
「ああ彼も、あ、彼の名前はルーブルクの王国のウィズダム男爵になるんだけど、彼は魔石と魔術刻印で身体を弄られたが、あまりの激痛で気絶してしまったらしく、死んだと思われたのか、気がつくと死体の山の中だったらしい」
「些か信じ辛い部分がありますが……その彼はなんと?」
「帝国は魔族に対抗する手段として、魔石から力を引き出すとか言っていたな。だが彼の場合を見ても明らかに失敗だったし、会ったときには既に魔石はなかったけど、身体から瘴気が溢れてきていたから、半分は魔族化していたのだろうな」
「……ということは、ルシエル様なら魔族化を解けるということですか!」
ライオネルは驚いたようにこちらを見つめ、それを聞いた皆の視線が集まる。
そんなことが出来る訳……あるかも知れない。
「あれ? そうなのか? いや、何か条件があるかもしれないけど、確かに帝国で同様に魔石を埋め込まれた相手なら、解除出来るかも」
「それなら魔族化させた者を組み伏せて、ルシエル様が魔族になった者を元に戻せるか、試してみましょう」
「そんな都合よく魔族は現れないだろう。まぁ現れたらやってみるけど。それで結局帝国へと行きたいのか?」
「焦る必要がないのであれば、まだ修行を続けたいと思っています。守りたい者達を守れるぐらいの力を」
「賛成ニャ。あれ以来魔物とは戦っていないけど、またあの村で戦ったクラスの魔族が現れたら、勝てるか怪しいニャ」
「確かにそうですね」
そうなれば、ポーラが言っていたグランドルの迷宮か、それともイエニスの未開の森の先にある龍神が棲む麓になるな。
どうするか?
そんな迷っていたところに、ガルバさんが少し慌てた様子でやってきた。
「ルシエル君、悪いが聖都まで一緒に行ってくれないか?」
「そんなに慌ててどうしたんですか?」
今までガルバさんが慌てたところを見たことがなかったので、何故聖都? と思いながらも聞き返す。
「カトリーヌと定時連絡が昨夜から取れないんだ。もしかすると二重スパイがばれたのかも知れない」
カトリーヌさんの名前が出て、スパイ行動がばれたと言われても、どうしても助けたいとは思わなかった。
そんな自分に驚きながら、ガルバさんを見ればやはり慌てていた。
色々思うことはあるが、ガルバさんの頼みを断る理由は何処にもない。
「聖都ですか……正直行きたくないのが本音ですけど、ガルバさんの頼みですから、断るわけにはいきませんね。スパイをしていたってことは、少ないながらも教皇派ですからね……ドラン、飛行艇はどうすれば飛ぶんだ?」
「魔石の魔力で飛ばすか、直接魔力を注げば飛ばせるぞ。さっき貰った魔石なら、長時間の飛行も楽勝だぞ」
長時間がどれくらいか分からないが、最悪俺の魔力でも何とかなるかもしれない。
それなら飛行艇で行っても問題ないな。
そう判断した俺は、ガルバさんを落ち着けながら、聖都へと行く旨を伝える。
「いくらなんでも、昨日の今日で騎士団長であるカトリーヌさんの処罰が行われることはないでしょう。それに俺も気になる点がありますし、一人人材を迎えに行く予定もありましたから、一緒に行きましょうか」
「おおっ、ありがとうルシエル君」
「その変わり、師匠にちゃんと言ってからにしてくださいね」
師匠に言わないと、面白そうなことをするのに、何故俺に声を掛けなかったっていうのは目に見えていた。
「分かっている。すぐに準備をしてくるよ」
ガルバさんはそう言って消えていった。
振り返るとケティが一言呟く。
「あれはもしかしたら惚れているかも知れないニャ」
ああ、そういうこともあるのかも知れないな。
まぁガルバさんぐらいの包容力がないと、カトリーヌさんは無理だろう。
そんなことを漠然と考えて、皆に謝りながら方針を決める。
やはり教会で俺自身が遣り残したことを片付けないと、これからうまく前に進めない気がするし、教皇様に口先だけ偉そうに言っただけになってしまう。
それに人族至上主義が本気で教会本部の衰退を目論んでいるとしたら、執行部に魔族化した、もしくは出来る者がいても不思議じゃない。
教会を覆っていた魔法陣は既に機能していないのだから。
「ここで話したことが無駄になるようで悪いけど、まずは聖都へ行って俺を嵌めた者達を叩こうと思う。ただ処罰は全て教皇様に委ねることにして、それが終わるまでに修行をするか、帝国へ行くかを判断させてほしい」
俺は頭を下げてお願いするのだった。
「我等はルシエル様の従者なのですから、従えでいいんですよ」
ライオネルがそう言うと、皆はそれに同意するように頷いていた。
「ありがとう」
本当に頼もしい仲間がいるって素晴らしいことなんだな。
皆に感謝しながら、俺は教会で遣り残したことを片付けるために、昨日の今日で再び、聖都へと向かうことになるのだった。
お読みいただきありがとう御座います。