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210 軸

 冒険者ギルドの食堂は昨日の宴会が嘘のように、綺麗に片付けられていたが、色んなニオイが混ざり合っていた。


 食堂に入って来た俺を見つけて、グルガーさんが挨拶よりも助けを求めてくる。

「ルシエル、食事の前にこの臭いを何とかしてくれ、息が詰まる」

「グルガーさん、おはよう御座います。了解です」

 浄化魔法を食堂全体にかけると、色々混ざった臭いは無臭となり、それからグルガーさんが作った料理のおいしそうな匂いへと変化していった。

「おおっ! やっぱりルシエルがいると楽だな。その能力だけでも重宝されるな」

 グルガーさんはそう言って、鼻栓を取りながらそう言ってきた。


「なんならグルガーさんも覚えてみますか?」

「俺は獣人だから、あまり魔法には向いていないことは知っているだろうが」

「まぁ聖属性魔法スキルをⅥ以上に上げないと使用出来ないから、少し現実的ではなかったですね」

「ああ。出来れば魔法を駆使して見たかったがな」

 獣人でも魔法は使えるって、ネルダール見た書籍には書いてあったから、努力次第かもしれないが、グルガーさんも諦めているようだった。

「魔法を万能に操る獣人がいたら、凄いことになりそうですよね」

「イエニスの学校では魔法を教えていないんだろ?」

「あ、どうでしょう。学校のカリキュラムは、校長になったナーリアに丸投げしてしまっていたから」

「おいおい、まぁ最近までイエニスにいたやつ等の話をちゃんと聞いてやれよ」

「ええ、そのつもりです」

 後でライオネル達に聞けば、何か分かるかも知れないな。

 色々と大事なことを聞いていない自分に呆れながら、久しぶりに手帳を出して、やることリストを作ることにした。

 グルガーさんはそんな俺をクツクツと笑いながら、席を勧める。

「よし、じゃあまずは朝飯だな。とりあえず座れ」

「あ、はい。そういえば師匠を見かけませんでしたか?」

「あれはルシエルと戦って満足したのか、ギルドマスターの部屋で仮眠を取っていると思うぞ」

 グルガーさんは苦笑しながら、そう教えてくれた。


 どうやら師匠は完徹していたことに、間違いはなかったようだ。

 それにしても、ストレス発散したら眠くなるとか、師匠は生き方にメリハリがあるな。

 師匠にもしがらみがあるだろけど、それを全く感じさせないのだから、本当に頭が下がる思いだ。


 カウンターに腰掛けると、グルガーさんが朝食を用意してくれたのだが、やはり量が半端なかった。

「冒険者にしろ、賢者にしろ、どうせ今日は模擬戦をたくさんこなすんだから、しっかりと食べておけ」

「そういえば冒険者達から模擬戦の相手を頼まれましたね……」

 対人戦が嫌いだとは言っていられないが、やるからには負けたくない。けど、戦いたくないのが本音だ。


「ルシエルになら勝てると思っている馬鹿なやつ等が多いのさ。特に新人や中級冒険者がな」

「これで無様に負けたら、師匠に何を言われるか分からないですね。しっかりと食べておきます」

「よし、じゃあ追加だ」

 サラダと肉料理を味わっていたら、グルガーさんの物体Xを使った料理が出てきた。

「……まさかこれを作っていたから鼻栓していたんですか?」

「ああ。むさくるしいのには慣れているが、さすがに物体Xには慣れなくてな」

「グルガーさんもブレないですよね」

「好きなことをしているだけだからな」

 グルガーさんはそう言ってまた笑った。


 グルガーさんも師匠もだけど、限られた時間の中で案外したいことをしているんだよな。

 それが羨ましいというか、この世界に来てから趣味と言えるものが無かったりするんだよな

「何か師匠やグルガーさんみたいなに、ストレスを発散出来る趣味でも見つけたいですね」

「何事にも向き不向きはあるが、自分の好きなことをするのが一番だぞ。今まで通り魔法を使ったり、訓練したりでも構わないと思うがな」

 グルガーさんはそう言って厨房へと消えて行った。

 俺はその背中に向けて、無駄だと知りながら本音を呟くのだった。

「それは趣味ではなくて、生き残るための術ですよ」

 きっと色々な人に訓練好きだと思われているかも知れないと思うと、テンションが下がるのだった。


 それからは誰もいない食堂で、グルガーさんの料理に舌鼓と、物体Xが入った料理の毒味が終わった。

 と、そこへライオネル達が全員揃って迎えに来てくれた。

「ルシエル様、おはよう御座います」

「おはよう。そして皆、昨日は本当にすまなかった。色々な情報があって、一つ一つに感情が揺さぶられてしまい、中々自分の中で処理仕切れなかった」

「ルシエル様、我等も皆一様に動揺をしていましたので……」

 ライオネルの言葉に皆も頷く。


 暗い雰囲気になりそうなので、とりあえず当たり障りのない話から始める。

「皆、食事は?」

「既に宿で済ませてあります」

「そっか。あれから色々考えたんだけど、俺一人では決められないことが多くて、皆の意見も聞かせて欲しいと思っていたんだ」

「意見ですか?」

 ライオネルは首を傾げるように聞いてきたが、各々が昨日の話を聞いて思うことがあったはずだ。

 だから、ここは話し合いをした方がいいと思ったことを素直に伝える。


「ああ。それで今後の方針を話し合いたい。もう皆は奴隷じゃない。だから自分が感じたこと、思ったことを正直に話して欲しい。意見が割れても問題ないから遠慮せずに言ってくれ……ん? ポーラどうした? 早速意見があるのか?」

 話の途中でポーラが前進して、俺の横まで来た。


「ルシエル、昨日メラトニに着いたら魔石をくれるって言っていた」

 表情をあまり変えないが、よく見れば腰に手を当てながら、微妙にジト目で睨むポーラを見ていると、凄く和んできた。

 約束を破ったことになったことに怒っているのだろう。

「あ~悪い。すっかり忘れてしまっていた。魔石を渡すけど、魔法の鞄はあるか?」

「……ライオネルの魔法袋の中に入っている」

「そうか。ライオネル、悪いがこっちが先でもいいか」

「ええ。ドラン殿とポーラことを先にしてください」

「そうか」

 ライオネルはポーラへ魔法袋の中に入っていた魔法の鞄を幾つか取り出すと、リシアンも隣にやって来て、二人で魔石を受け取る準備を進めた。


「じゃあ出していくから回収していってくれ」

 俺は空いているテーブルの上に魔石を並べていくが、会話に入ってこないドランを見ると、蒼い顔をしているのに気がつき、浄化とリカバーを発動させた。

 どうせ二日酔いだろうと思っていたが、実際にその通りだった。

 「いや~助かった。頭が割れるように痛くて、死ぬかと思ったわい」

 頭を掻きながら、ドランが近寄ってきた。

 「前にも言ったと思うけど、飲むのはいいけど、少しは身体のことを考えた方がいいと思う」

 「ドワーフの目の前に酒があったら、飲むのが常識じゃ。まぁルシエル様がいれば、今後はこの地獄のような苦しみを味わうことがないから、遠慮せずに飲めるがな」

 グルガーさんもドランも俺を便利な人扱いしていることが、少しおかしく感じてしまった。

 どこへ行ってもルシエル様だったから、こんなに遠慮なく頼んでくる二人がとても貴重に思えた。

 そんなドランは笑いながら、魔石を吟味し始めるのだった。


 この際だから、この三人にもどうしたいかを聞くことにした。

 「三人は今後どうしたいとか、希望はあるか?」

 「特にない。ロックフォードだろうと、イエニスだろうと工房があるから、作業は出来る」

 「この魔石はグランドルで取れたと聞いた」

 「それが?」

 「これだけ質と量が揃った魔石が安定して供給されるなら、グランドルでの生活も悪くない」

 「確かにそれは一理あります。ロックフォードでは魔石を持つ魔物があまり現れませんし、現れても空を飛んでいるものばかりなんですの。イエニスも未開の森で出てくるのは、オークやオーガ止まりなので、そこまで質を求められませんし」

 どうやら完全に開発者視点で、まずは資源を確保したいということなのだろうが、俺よりも逞しい気がする。


 「まぁ二人には魔道具開発を進めてもらっているからな。ドランはどうだ?」

 「武器や防具を作るには鉱山があれば良いが、それについてはロックフォードとドワーフ王国周辺が一番いい気がする」

 確か良質な鉱石があれば良かったんだっけ? そうなるとドランはやはりロックフォードなのだろう。

 「なるほど。あ、そういえば聖都の魔道具屋で、ポーラとリシアンの様な魔道具作りの才能を持つ子がいるんだけど、その子も開発部門に入れようと思っていたんだけど?」

 「天才はこの世にはそう多くない」

 「そうですわ。私もポーラと出会うまでは、私と同等の技術を持つ者がいるなんて、思いませんでしたもの。まぁロックフォードの技術者さん達には驚かされっぱなしでしたけど……」

 ポーラは自分のことやリシアンを天才だと思っていることが分かり、リシアンは井の中の蛙だったことを認めた上で、ポーラと同様に自分のライバルはポーラだけだと思っているようだ。

 だから少しだけ情報と追加する。

 「彼女は俺と同じ歳で、既に聖都で魔道具屋を開店させているぞ? 二人も俺が持っている調理する魔道具とかは見たことはあるよな?」

 「まさかあれを開発した人?」

 「そう。彼女もいれば色々と新しい発見があるんじゃないかな?」

 直ぐにポーラは合点がいったらしく、頷いた。

 「ルシエル様、聖都ということはその彼女とは当面会えないんじゃないでしょうか?」

 「彼女も魔通玉を持っているから、大丈夫だよ。本来はイエニスで街づくりをする時に呼びたかったんだけど……」

 「なら、待っている」

 「そうですわ。私達は何処でも作業が出来るのですから。その方のことも焦らず、全てが決まったら教えてください」

 ポーラとリシアンは全ての魔石を回収すると後ろへと移動した。

 魔道具開発が出来れば、彼女達は何処でも良いのだろう。

 本当にブレないな。

 「ルシエル様がどうしたいのか、それが決まったら言ってください。飛行艇へ着ける魔導砲の準備もありますから、今回はルシエル様についていきますよ」

 ドランもそう言って後ろへと下がっていく。

 そんな三人を俺は苦笑しながら、見送った。


 ルシエル商会の開発部門は本当に頼もしいと思いながら、グランドルという想定していなかった選択肢が増えるのだった。

 「それじゃあ、ナディアとリディアの意見を聞かせてもらおうか」

 すると、二人の口から予想しない言葉が飛び出てくるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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