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209 目標

 久しぶりにメラトニの冒険者ギルドへ帰ってきたからか、それとも天使の枕のおかげか、とても気分が良い目覚めとなった。

「昔はここでこうやって魔力操作の訓練をしていたな。あのときは戦闘技術を高める為だけに必死だったからな」

 しみじみと昔のことを思い出しながら、昔の習慣である魔力操作をすることにした。


「あの時はあの時で辛かったけど、目標があったから頑張れたんだよな」

 振り返ってみればここで武術の基礎を学び、聖属性魔法の能力を磨いた。

 聖都へ行ってからは勘違いだったけど、迷宮を踏破する目標が出来て、それを成し遂げた。

 そしてガイドラインと法案を作ったのは、今後治癒士として人々から睨まれない様にするためだった。

 イエニスへ向かってからは、治癒士ギルドの立て直しがあったし、イエニス国造りにも携わり、学校と工場を作ることに成功した。


 そう考えると成り行きとはいえ、その都度目標が出来て、それを成し遂げるために動いてきたんだよな。

 そのおかげで色々なものを得ることは出来たし、色々な人に出会うことも出来た。

 まぁその度に厄介事に巻き込まれもしたけど……。


「この世界に来てからもう直ぐで丸七年か。結構早かった気がするけど、前世よりも濃い時間を生きているのは間違いないな」

 龍と出会い、精霊と出会い、竜や邪神と戦うなんて、普通に生きていたら経験することはなかっただろう。

 そういう意味では自分を成長させてくれたから、感謝した方がいいのだろう。


 そして俺は教会で起きたことを含めて、一度整理していくことにする。

 今回の件、未だに俺は強い引っかかりを覚えていたからだ。


 もう半年も前だが、イエニスを復興させて凱旋した際は、執行部も含めて俺と敵対はしていなかった筈だ。

 それがどうしてグランドルへ向かう時は普通だったのに、たった三ヶ月過ぎただけで一気に俺を陥れようとしたのかだ……。


 きっと三ヶ月の間に何かがあって、俺がネルダールへと向かってから、今回の情報を流したのだろう。

 教会本部というよりも、執行部が俺を潰そうと画策し始めたのは一体いつからなんだろう? 少なくとも迷宮を踏破するまでは問題なかった筈だ。

 だとするとS級治癒士になり、ガイドラインと法案を決議してもらうように動いた時だろうか? 人族至上主義の派閥は最後まで渋っていたし。

 だけどそれならば、イエニスへ向かう時には、既に色々と仕込まれていたはずだけど、全く問題はなかった。

 確かに治癒士ギルドはあって無いようなところだったけど、ついて来てくれた面々は、皆非常に優秀だった。


 やはりこの半年で俺が何かをしたんだろうが、あれこれ考えても、どうしても執行部の目的が見えてこなかった。

 教会を衰退させたいのか、それとも威信を取り戻したいのか、それとも情報通り、何も考えずにブランジュの命令を受けていたのか……。

 何にせよ帝国であれ、ブランジュであれ、教会本部の執行部であれ、各々の目的が分からない以上、考えても答えは出ないだろう。 「……少し頭が茹ってきたな。少し身体を動かして、グルガーさんが作ってくれる朝食を食べて、リフレッシュするか」

 魔力操作を止め、隣の訓練場へと移動することにした。


 診療室兼俺の部屋の扉を開くと、そこには既に師匠の姿があった。

 しかも完全武装だったので、少し話し掛け辛かったが、朝の挨拶をすることにした。

「おはよう御座います師匠、随分と早いですね」

「おうルシエル、やっと起きたか。じゃあ早速始めるぞ」

「えっ?」

 一応のリアクションを取ると、師匠は嬉しそうに笑いながら、予想通りの言葉を告げる。

「懐かしい朝稽古だ。刃は潰してあるものを使う」

「朝からですか? でも刃を潰したものを使うんですね」

「朝だからな。さすがに朝から血の臭いは嗅ぎたくないんでな。それにルシエルのことだから、どうせ昨日のことをうじうじ考えていたんだろうが、そんな時に良い考えなど浮かばん。それならば身体を動かし、汗を流しリラックスすることだ。出来ることをするしかあるまい」

「……師匠、一般人である俺は、戦闘したからといってリラックス出来ませんけど?」

「ええぃ、やっと書類仕事から解放されたのだ。弟子なら師匠に付き合え」

 師匠はきっと寝ていないのだろう。

 師匠をここまで追い込めるガルバさんとグルガーさんが実は最強なのではないか? そんなことを考えながら了承することにした。

「分かりました。俺も初心に返り、訓練場を走ろうと思っていたので、今日はお付き合いします」

「今日は身体強化なしで、打ち合うぞ。これで地力を計る」

 それならステータス差があるから、こちらに分がある。

「師匠、今日こそ勝たせてもらいます」

「ほぅ、そう簡単に勝てると思うなよ」

 師匠はそう言って、刃の潰れた片手剣と小盾を渡してきた。

 俺はそれを受け取り、直ぐに構えて戦闘態勢に入って、昔のように師匠へ始まりの声を掛けた。

「お願いします」


 師匠は特別な打ち込みはしてこなかった。

 俺も特別な打ち込みはしていない。

 その筈なのに師匠の放つ剣には、力強さを感じた。


「ルシエル、俺は生まれてからずっと戦いに身を置いてきた。だからこうしながらじゃないと、うまく伝えられない気がしたんだが……」

 何だ? このシチュエーションはまるで……。

「な、何でしょう」

「ルシエルには目標や目指しているものはあるのか?」

「えっ? 目指しているものですか?」

「ああ。教会の件は別にしても、お前には何か目標が出来れば、それを一心不乱にやり遂げてきた。今回の賢者の件もそうだしな」

「目標ですか……穏やかに暮らして老衰することでしたけど、どうなんですかね」

 そんなことを考える余裕が無いからなのか、何故だか笑いが込み上げてきた。


「目の前の目標ばかりを追いかけていると、自分の考えがどんどんブレっていってしまう。もちろん環境によって、目標を少しずつ変化させることはいいが、一度中長期的な目標を持ってみたらどうだ?」

「中長期的ですか?」

 確かに前世では、五年後、十年後を想像してそこに向かって努力していく。

 そんなことをしていたけど、この一瞬先も分からない人生の目標を立てるって、だいぶ難易度が高い気がする。

「ああ、例えば生涯弟子には負けないとかな!」

 師匠の剣がブレると、鉄で出来た剣がしなり、俺の脇腹に直撃した。

「痛ッ」

「くっくっく。何にせよ、俺やこの街の住人達はお前の味方だ。だから何も恐れずに自分の好きな道を進め」

 師匠はそう言って訓練場の階段を上って行った。


「あ~痛い。目標か」

 師匠の言った通り、何か新たな目標を立てることが、今の俺には必要なのかも知れないな。

 ……昨日の話を聞く限りだと、教会本部の執行部を牛耳っている人族至上主義の者達を追い出したところで、いずれは同じような者が出てくるだろうし、教会の弱点は変わらない。

 それにガルバさんからもらった情報だけだと、全体を把握出来ないから、最終的にどう動いていいのか判断がつけられない。

一番楽な選択肢は、イエニスに引き篭ることだけど、魔族がこれ以上頻繁に出て来るようになったら目も当てられない。

「きっと街を作ったりするのは楽しいだろうけど、絶対に邪魔が入ってくる。そうなるとやっぱり今行くのはイエニスじゃないよな……」

 グルガーさんの美味しい朝食を食べてから、皆の話を聞いて、今後の方針を固めることにしよう。

 そこまで考えて、俺は師匠の後を追うのだった。



お読みいただきありがとう御座います。

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