206 驕り
今、俺の目の前には、二人の戦闘狂がいる。
本来の片手直剣と小盾を装備した師匠、その隣には大剣と大盾を装備したライオネル。
そんな二人が明らかに好戦的な顔をしながら、尋常ではない威圧感を放っている。
呼吸をするだけで、その息苦しさを感じる。
「始め」
ガルバさんの声が聞こえたと同時に、俺は即座にエリアバリアを発動させて、慌てて後方へと飛んだ。
すると、一瞬遅れて師匠の剣が俺の首があった部分を通り過ぎた……。
あと少し遅ければ、頭と胴が離れていただろう……。
本気でそう感じたのだが、後方に着地するとその違和感に気がつく。
そしてそれは衝撃に変わった。
師匠はまだ一歩も動いていなかったのだ。
気迫だけで幻影が見えるとか、もうこの人が全力じゃない……!?
今度は真横に飛ぶと、そこには直径一メートル程の火の玉が通り過ぎた。
「ルシエル様、余所見をしている暇があるとは、ずいぶんと余裕ですね。どんどんいきますよ」
ライオネルは師匠と戦った時には使わなかった、いや使えなかっただけかもしれないが、下手な魔法よりも威力がありそうな、中遠距離攻撃を会得していた。
得体の知れない師匠だけでも厄介なのに、前衛でなくても戦えそうなライオネルが加わった。
俺はここで一度深呼吸して頭をクリアにする。
この二人に対抗すると決めた時点で、負けることは当然なのだ。
だったら自分に出来ることをするしかないじゃないか。
あれこれ考えると、動作が遅くなる。
ゆっくりと息を吐き出すと、一気に身体強化を発動してライオネルに突進を開始した。
低い姿勢のまま大地を蹴り、一瞬で間合いを詰めると、全力で幻想剣を振るう。
するとライオネルは大盾を突き出してきたが、俺はそれを無視して切り込むとゴォオオオという音が鳴り響く。俺の一撃は大盾の半分まで斬ったところで止まってしまった。
その瞬間に俺に隙が出来、それを師匠が見逃さないことは既に分かっていた。
横から師匠の突きが飛んで来ているのが、何となく分かった。
そして突かれたらきっと痛いだろうことは、分かりきっていた。
脳がそれを拒否するように、俺は言葉を紡ぐ。
「水龍よ、我が身を守る氷壁を築け」
そう呟いた瞬間、俺はライオネルの盾を足場して、蹴り戻って死地を脱出した。
そこでキィイイン ガッァアア 二つの高い音と鈍い音が聞えきた。
高い音は師匠で、突いてきたであろう剣は、腕ごと氷壁に閉じ込められていた。
そして同時に鈍い音をさせたのは師匠の逆側からで、ライオネルの炎の大剣がこちらも氷壁に阻まれていた。
水龍が訓練中に見せてくれた防御方法がこんなに直ぐに役に立つなんて、本当にありがたかった。
念の為ステータスを開くと、残りの魔力量から使用出来る龍の力が後一度だと無情にも教えてくれた。
「おいルシエル、何処が聖属性魔法だけ使えるだ!! 色々と出来るようになっているじゃないか」
「まさか空を飛んだり、雷の如く移動したりするだけでなく、氷壁まで作れてしまうとは……さすがは賢者」
「「なんと面白い」」
ますますヒートアップする二人は、完全に獲物を前にした狩人のような気配を醸し出している。
「……二人とも、怖いんですけど?」
「「気のせいだ(です)さぁ続きを始めよう(ましょう)か」」
……もう戦うことしか頭にない二人は、本当に怖い。
何故ならライオネルは左手に持っていた大盾だけでなく、腕も半分ほど斬ってしまっているので、結構血が出ていてヤバイことになっていた。
さらに師匠もまた、右腕が氷の壁がタイミング良く築かれたせいで、剣ごとその右腕が氷壁の中に入って動かせなくなっていたのだが、それを無理矢理引き抜いたことで、かなりの重症だということが分かる。
それでも闘争本能を失わない二人に引きながら、俺はガルバさんを見たのだが、苦笑しながら首を横に振られてしまう。
きっと師匠がああなったら、止められないことを知っているのだろう。
まぁ俺も久しぶりに思い出したけれど、人の性格は一度死んでも直らないらしい。
改めて二人を見れば、怪我の具合が酷いことが分かる。
時間を延ばせば、楽に勝てるかもしれない値千金の機会だが、模擬戦でそんな無様なところは師匠に見せたくない。
そう判断した俺は、二人を速攻で倒してから、怪我を治すことを決めた。
それには当然こちらも全力を出す必要がある。
だから最高の力を使うことにした。
「全力で行きますよ 聖龍よこの身を守れ、雷龍よ全てを置き去れ」
音が引き伸ばされて、消えていく。
全力で地を蹴り、まずはライオネルの懐に入ろうとして、目の前に出されていた炎の大剣が気になってしまい、一歩横にずれてからライオネルの腹に蹴りを入れる。
確かな感触が足に伝わったことを確かめてから、師匠へと攻撃をしようとしたところで、凄く嫌な予感を感じた。
しかし残りの魔力量も少ないので、構わずに一気に決めることにした。
しかしそれが誤りであり、驕りだったと理解したのは、昔何度も見た訓練場の天井を見上げてから、意識が遠退いて行く時だった。
雷龍の力を借りても、それを十全に活かしているとは言えない。
まだこの力を使い始めて間もないのだから、当たり前だ。
そんな当たりのことを俺は無視した。
確かに攻撃がどうしても直線的になるし、まだこの速さになれていないから動きも単調になる。
それでもこの動きは、誰にも捉えられないと、心のどこかで思っていたんだ。
師匠まで一直線に駆けてとび蹴りを放ち、確かに師匠を捉えた筈だった。
しかしその師匠を蹴った瞬間、全く感触がなく、それどころか師匠が何処か薄いことに気がついたときにはもう遅かった。
「あ ま い」
ゆっくりと師匠の声が聞こえたと思ったら、俺は何かに足を取られて、腕を掴まれて自分でつけたスピードを緩めることもなく、固い地面に背中を打ちつけるのだった。
尋常ではない痛みが俺の意識を奪おうとすることは、脳が正常に機能しているんだろう。
遠ざかる意識の中でそんなことを思いながら、何故か師匠の痛がる声が聞こえた気がしたが、それを確かめる時間が俺には残されていなかった。
そして意識が闇へと吸い込まれていくのだった。
バシャっという音と、顔に掛かる水の不快感で俺は目を覚ました。
「うっ」
背中だけじゃなく、身体全体がとても痛い。
直ぐにエクストラヒールを自分に発動する。
何故こんな痛みがあるのだろうか? 光が消えたところで辺りを見回すと、師匠とライオネルが蒼い顔をして倒れていた。
「お、ルシエル、ようやく起きたな。起きて早々だが、二人の治療をしてやってくれ」
桶を持ったグルガーさんは、少し慌てたようにそう告げてきたところで、ようやく頭が正常に回りだした。
「あ、はい。分かりました」
ライオネルは腕以外の目立つ外傷はなかった。
しかし腕からの出血量が多く、血が足りなくなってきていると感じた。
そして師匠は氷壁から無理矢理抜いた右腕だけでなく、背中が爛れ焦げていた。
俺は直ぐに二人へエクストラヒールを発動するのだった。
二人の傷が治っていくところを見ながら、何故負けてしまったのか? そのことを考え始めていた。
まさかあの龍の力を使って、負けるとは思わなかったのだ。
何故師匠が消えたのか、その謎は結局分からないままだ。
「二人とも流れ出た血は元に戻せないので、いろんなものをバランスよくしっかりと食べて、安静にしておいてください」
「くっくっく。負けたことがそんなに悔しかったのか?」
「あれだけの力を示しておいて不貞腐れるとは、やはりルシエル様も本当は戦うことが好きなんですね」
「やっぱりそう思うか? これなら戦闘回数を大幅に増やせそうだな。それにお互いの戦闘技術を取り戻せるし、ルシエルも自分の力の使い方に迷いが消えるだろう」
二人に負けたことは悔しくないとは言わないが、そこまでじゃない……筈だ。
そんなことよりも、俺の中では師匠の謎を解く方が優先順位は遥かに高い。
「いやいやいや、何で人を戦闘好きにカテゴリーするんですか!! 俺はただ、師匠に攻撃を与えたはずなのに、全く感触がなかったのと、一直線だったとはいえ、俺の動きに師匠がどうやってついて来たのか、その謎が分からなかっただけですよ」
「ルシエル、お前が蹴ったのは俺の残像だ。それはまず置いておこう。ルシエルは気配を消せるか?」
「いえ、それを学ぶこともありませんでしたから」
「ふむ。スキルと言ってしまえば楽なんだが、人は気配を薄くすることや、それこそ熟練者になれば、気配を完全に遮断してしまうことが出来るし、そんなスキルも存在する」
「……ですが、本当に姿消えたり残像が見えたりするわけではないのでしょ?」
「ああ。気配や魔力を、常に探っていれば、そこまでスキルレベルが高くなければ気がつけるだろう」
「私はそれに気がつきましたが、それでも足をやられてしまいました」
ライオネルはさも当たり前のように言うが、この時点で既に俺とは次元が違っていた。
この二人を俺のものさしで計った時点で負けは確定していたんだろう。
それなのに調子に乗って、何が速攻で終わらせる、だ。
速攻で終わらされてしまったではないか。
この際だからもう一つの師匠のカラクリも聞いてしまうことにした。
「師匠、どうやって俺の速度について来られたんですか?」
「俺が意図的に残した残像を、意図的かそれとも無意識かは分からないが、加減して蹴りを出してきただろ」
「…………」
「まぁそれはいい。まだ力に慣れていないようだし、誤って斬られて即死も困るからな」
「確かに備えがなければ、耐えることも出来ないでしょう」
ライオネルは腹を擦りながらそう告げるが、俺はライオネルを蹴ったのは間違いないが、師匠ほど早く動けないライオネルは、きっと攻撃する場所を誘導していたのだろう。
ダメージが腕以外になかったことがそれを証明していた。
「話を戻すが、俺を蹴ったと錯覚した足に、何も感触が残らなかったところで、更にルシエルの動きが鈍ったんだ。後は直進してくるルシエルに合わせて、投げるだけだった」
「……どうやって動けたんですか?」
「ほぼ全て魔力を使い切る寸前まで、身体強化に込めた。それも一瞬だけで枯渇するようにだけどな。まぁそうでもしなければ、あの速度の領域まで近づくことは不可能だった」
師匠はそう言って笑うが、この世で同じことが出来る人は、実のところ結構多い気がしてきた。
きっと強い力を手にして、何処か慢心していたのだろう。
ああ、悔しい。
いつかこの二人に勝ちたい。
俺はこの時、本気でそんなことを思ってしまった。
こうして模擬戦が終わり、冒険者ギルドで宴会が開かれることになるのだった。
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