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205 不完全燃焼

 師匠とライオネルは、お互いに武器を魔法袋から取り出し、正面に構える。

 どちらも好戦的な笑みを浮かべ、ガルバさんの開始の合図を待っていた。


「始め」

 開始の合図前から即座に動くと思われた二人は、まるで開始の合図が聞こえていないように、どちらも動くことのない膠着した状態だった。


 素早い動きとスピードで撹乱し、手数で勝負するのが師匠の動のスタイルなら、ライオネルはそれらの攻撃を全て受け止めてから、全てをなぎ払う静のスタイル。

 しかしそれは、今までの状態だったのならの話になる。

 師匠はきっとライオネルがどれほど力を取り戻したかを計っているのだろう。

 そしてそれはライオネルも同じで、先程のすり抜けるように冒険者達を斬った動きを警戒しているのだろう。

 その証拠に二人の額には汗が滲んできている。

 きっと目を瞑って二人を感じることが出来れば、魔力と気が大きくなったり、小さくなったりしていることだろう。


 どちらかがこの膠着状態を破るのか、考えようとした時だった。

 あろうことか、師匠が構えを解いて不敵に笑いながらライオネルにゆっくりと近づいていく。

 ライオネルはそんな師匠の挙動を見逃すまいと、姿勢を低くして大盾を持つ腕に力を込めた。

 無動作とも思える程一瞬で、師匠は持っていた剣と盾を二本の投擲用の短剣に変え、それをライオネルの足と顔に目掛けて投擲した。

 しかし師匠の思惑が何であれ、なんとライオネルは投げられた短剣を無視して、大盾を前に突き出しながら前進を開始したのだった。


 額に当たってしまう、そう思った俺は直ぐに魔法を発動する準備を始めたが、そんなことはライオネルには必要がなかった。

 投擲した短剣が当たると思われた次の瞬間、大盾が光り出すと大盾が更に巨大化して短剣を弾く。


 師匠はそれに驚くこともなく、先程持っていた剣よりも、もっと短めの直剣を両手に持つ双剣スタイルへと変わり、ライオネルへと駆け出した。

 ライオネルは右手に持った大剣へと魔力を注ぎ、炎の大剣となったところで、師匠へ振るった。

 師匠はその大剣を避けられず、当たってしまった。

「エクストラヒー!?」

 俺は確かにそう見えたので、直ぐに回復魔法を掛けようとして驚く。

 師匠の身体がブレると蜃気楼のように消え、気がつくとライオネル両足から血飛沫が上がる。

 そして師匠はライオネルの後方に姿を現したのだが、両手に持っていた剣は刃の部分が消えており、その場で膝を突いた。


「……今、一体何をした? ケティ、ケフィン見えたか?」

 疑問を解消したい俺は、隣にいたケティとケフィンに聞くが、二人も驚いた顔をしていた。

「わからなかったニャ。身体がブレたと思ったら、同時に現れたニャ」

「……あれは、もしかすると忍術のようなものなのかも知れません」

 ケフィンはそう言ったが、何処か自信が無さそうだった。

 以前ケフィンが使った変わり身の術は、実は幻術の類だったことは後から聞いた。


 喋りながら、自分に意識を向けさせることで発動させるため、幻術に掛かっていない者には、通じないものだったはずだ。

 しかし師匠にそんな素振りはなかったし、周りにいる冒険者も驚いていることから、全員が同じように見えていたということになる。

「実際に受けてみないと分からないか。ライオネルはどうやって見極めたんだ?」

 俺は二人に視線を向けたまま考えるのだった。


 模擬戦はそこから泥仕合の様相を呈する形になり、師匠は剣を消失した時に腕を痛めたのか、鋭く剣を振ることが出来ず、ライオネルは足に踏ん張りの利かない状態で、自分から仕掛けるといったことがなかった。

「この勝負ドロー」

 ガルバさんが模擬戦を終了させた。

 二人は不完全燃焼といった感じが顔に出ていたが、渋々それに従うのだった。


「お疲れ様です」

 俺は二人に労いの言葉を掛けて、回復魔法を発動させる。


 そんな二人の顔は対照的だった。

「まぁ今の限界はこんなもんだ」

「私は心の中で驕りが出たのかも知れません。まさかあのような技を体得しているとは……」

 晴れやかに語る師匠と、悔しげに語るライオネル。


「師匠、あれは何ですか? 冒険者達と戦った時は、動きに緩急をつけ、相手を触れさせないように動いていたのは、何となく理解出来ました。しかしライオネルと戦ったときにものは、正直次元が違います」

「くっくっく。あれは歩行術と身体強化を使用しただけだぞ。まぁ少しだけ種はあるがな。基礎を磨いたら出来るかもしれない技だ」

 師匠はそう言って笑うが、両方のスキルレベルが上がったところで、あんなことが出来るようになるなど、俺には考えられなかった。

 「そんな馬鹿な!? 師匠の姿が蜃気楼のように消えたんですよ? それに今の師匠スピードは……」

 その言葉に混乱した俺は、師匠身体能力を軽んじた発言をしようとしてしまった。

 「ルシエル様、旋風の言っていることは本当です。きっとギリギリまで旋風が動かなかったことで、頭がそう知覚してしまったのでしょう」

 そこへ俺を落ち着けようとして、ライオネルが助け舟を出してくれたが、そのライオネルも知覚してしまったと、余計混乱させることを言うので、ますます混乱してしまう。


 あれはそんな簡単なものじゃない。

 そうでなければ、周りにいた俺達全員が同じように見えた説明にならないからだ。

 二人が回復したところで、俺はその謎を自ら体験してみたいと思ってしまった。


 「……治療は終わりです。あの動きは俺にも出来ますか?」

 「まぁそれはルシエルの努力次第ってことだな。さて今度は俺達二人と対戦してみようか」

 「はぁ?」

 何か空耳が聞えた気がする。

 「今のルシエル様と戦うには、それぐらいが妥当だろうな」

 師匠の技が体得出来るどうかではなく、師匠の発言はライオネルによって現実だということが認識された。

 俺は目の前にいる二人を見る。


 ……いくら二人のレベルやスキルが落ちたとはいえ、二人の戦闘狂と一対一で戦っても微妙なのに、一対二で戦うなど正気の沙汰ではない。

 きっと二人は龍の力を見たせいで、俺の実力を過大評価しているんだろう。

 直ぐに龍の力が多用出来ないことを告げることにした。 

 「先に言っておきますが、先程も見せた移動などは、奥の手なんですよ。魔力の消費が半端ではないので、そう簡単には使えません。そんな俺が二人と戦ったら、軽く死んでしまいますよ」


 しかし師匠とライオネルは、真剣な顔をして俺の言葉に頭を横に振る。

 「ルシエル、これはお前の為でもあるが、俺達の為でもあるんだ」

 「ルシエル様、どうか受けていただきたい」

 二人は真剣な顔で頼んできた。


 「二人の為ですか? 弱い俺をボコボコにしたいとかではなく?」

 「そんなことを考えるか! ルシエル、お前には天賦の才はないが、努力の才能はある。そのお前が基礎を学び、反復することで、おそらく今の俺達よりも強くなっているはずだ」

 「……師匠、頭でも打ちましたかr? どこにBランクパーティーを軽く倒した相手と、その相手と同等の力を持ったコンビに、元治癒士である俺が、本気で立ち向かえるとでも思っているんですか?」

 「思っている。正直あのスピードで動かれたら、今の俺達では対処出来ずに瞬殺されるだろう。しかしそれがなくともお前は十分に強くなった」

 「そうです。あの力がなくとも、三ヶ月前のルシエル様は十分に強くなりました」

 師匠もライオネルもきっと勘違いをしているのだろう。

 仕方ない。

 どうせあれこれ悩んでも、結局は戦うことになるのだ。

 やってやろうじゃないか。

 「せめてエリアバリアは発動させてくださいよ」

 「もちろんだ。防御魔法は使っていい。だが、手は抜くなよ」

 「片手の一本ぐらいなら、落としても構いませんよ」

 ……二人の不敵な笑みを見ると、殺される気がしてくるから不思議だ。

 「……分かりました。だけど殺さないでくださいね?」

 「ああ、善処する」

 「ですが、こちらも本気でいきます」

 師匠、善処は努力するってことで、確約ではないのです。

 しかし二人の真剣顔に俺は口を開くことが出来ずに、ただ頷くことしか出来なかった。


 幻想杖を剣に変え聖龍の槍を取り出して距離を取りながら、何とか生きてこの模擬戦を終わらせることにした。 

 そしてそこでガルバさんの「始め」という声が、訓練場に響くのだった。


お読みいただきありがとう御座います。

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