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204 師匠

 半ば強制的に俺は地下の訓練場へと移動することになった。

 せっかくなので、冒険者達は逃げれば良かったのに、ターゲットが俺に変わったと確信したのか、こぞって俺と師匠の師弟対決を見るために訓練場へとついてきた。

 そして訓練場に着くと、そこにはガルバさんとグルガーさんの姿があった。


 二人は師匠の怪我が回復していることに、一瞬驚いた顔を見せた。

 しかし直ぐに笑顔へと変わり、こちらへ声を掛けて来てくれた。

 「ルシエル君、色んな意味でお帰り。よくブロドを治してくれたね」

 「ルシエル、本当に良いタイミングで帰ってきた。新作が色々あるから、感想を聞かせてくれ」

 二人は変わらずに俺を迎え入れてくれた。

 その何気ない言葉が、本当に故郷へと帰ってきたように感じるのは何故なんだろうか? 俺は笑いながら、軽口を叩くことにした。

 「ガルバさん、グルガーさん無事、賢者へと至ることが出来ました。それとグルガーさん、新作は師匠が食べるべきですよ」

 「あんなもの飲むだけでもきついのに、食べたら意識が飛んでしまうわ」

 あ、物体Xは既に飲んでいるんだな。

 昔はクソ不味いものを飲めるかって言っていたのに。

 俺は吹き出しそうになりながら、さらに師匠を弄る。

 「でも、食べれば食べるだけ、強くなりますよ? 実例だってここにいるじゃないですか」

 「ルシエルが強くなったのは、基礎をしっかりと身に付け、それを反復しているからだ。物体Xを飲んだだけで、強くなった何て冗談でも言うな」

 あ、やばい。少し泣きそうになってきた。


「……食べた分だけ、飲んだ分だけの効能は確かにありますよ」

「他の材料を混ぜて、同じ効果があるなんて実証もされていないのに、そんなもの食べることが出来るか! 食べるぐらいなら、一回いや、十回、それで足りなければ、百回戦いに身を置く方がいいわ」

 ……さすが戦闘狂、言うことが違う。

 そういえば、料理に混ぜたら熟練度が上がるって証明したことなかったな。

 ハチミツと一対一で割ったものを冷やしたら、もっと飲みやすくなるだろか?


 頭の中で会話が脱線したところで、ガルバさんとグルガーさんが師匠に詰め寄る。

 「さてと、ブロド分かっていると思うけど、視覚と聴覚と腕が治ったんだ。君には自分の仕事が山のようにあるんだけど?」

 「そうだぞ。怪我をして五日間は仕方ないと大目に見てきた。だが、仕事が出来る状態に戻ったのなら、まずは仕事をして、それが終わったら自分の時間を有効に使え」

 「……今日は俺の快気祝いとして、好きに、いや一巡だけでいいから戦わせてくれ」

 本物の戦闘狂がそこにはいた。

 だから逃げれば良かったのに……彼等は師匠の性格を読みきれていなかった。


 師匠は逃げようとした冒険者に向けて一言告げる。

「逃げたら、物体Xを飲む量増やすからな」

 すると冒険者達は、まるで死地で退路を断たれてしまったかのような、絶望の表情を浮かべていた。


 しかし量を増やすということは、少しずつでも物体Xを飲んでいるということだろう。正直少し驚いた。

 まぁ飲むぐらいなんてことはないのだが、それでも七年前に飲んでいた冒険者が俺一人だったことを思えば、ようやく物体Xの効能を理解したのだろう。


「まぁ一巡なら直ぐに終わるか。料理も下ごしらえは既に済んでいるし」

 「確かに急ぎの仕事は、お昼には終えているから、それぐらいの余裕はあるからね」

 「「一巡したら、仕事に戻ると約束したらだけどね(な)」」

 ガルバさんとグルガーさんは師匠に釘を刺して、模擬戦を了承したことにより、冒険者達は最後の砦を失った。

「分かったよ。半殺し程度ならルシエルが治してくれるから、安心して全力が出せるし、良い訓練になるだろうからな」

 ニヤリと笑った師匠に冒険者達は軽い怯えを見せるのだった。

 模擬戦が開始したのはそれから直ぐのことだった。


 まず師匠対冒険者達の一戦が行われることになった。


 俺の横にはライオネル達がいたので、模擬戦の予想を立てることにした。

「なぁどっちが勝つと思う? 俺は普通に考えていたら冒険者達が勝つと思う。だけど師匠が勝ちそうな気がするんだけど?」

 しかしライオネルは、首を横に振った。

「私のように魔物が多いイエニスで鍛えているならそうなるかもしれませんが、魔物がそこまで多くない聖シュルール協和国では、そこまでレベルを上げられないと思いますから、三対七で冒険者達が勝つでしょう」

「私は旋風が勝つと思うニャ。きっと戦闘の記憶が残っているから、おかしいぐらいの成長を遂げている気がするニャ」

「私も旋風が勝つと思います。ライオネルさんもそうですが、強くなることにストイックな性格を考えると……」

 ここでナディア達がいないことに気がついた。

「あれ、ドラン達やナディア達は?」

「ああ、冒険者の数人と一緒に今日の宿を予約してくるそうです」

「そっか。おっ、始まるな」

 話しているうちに準備が出来たようで、師匠対六人パーティが対峙した。

「始め」

 ガルバさんの開始の合図を告げたとほぼ同時に、攻撃を仕掛けたのは冒険者達だった。 


 四人の前衛が各々の武器で師匠に切りかかる。

 師匠は剣士の攻撃を避けずに受け流し、短槍で仕掛けてきた相手の方向へ誘導した。そして更に反対側から攻撃を仕掛けてきた、大斧の使いの攻撃を盾で引きながら受け止めた。


 その戦い方を、昔見た……いや、教わったことがある。


 一対多で戦うことがあった場合、攻撃を受けない、受けた場合もダメージを最少減に止めるというものだった。

 攻撃はせずに相手の隙が見えるまで、攻撃を捌き続けるというものだった。

 一人を大勢で襲う場合は、一気に倒せないと焦りが生まれ、連携にミスが出るらしい。

 さらに攻撃が少しでも効いた場合、慢心が生まれると言っていた。

 確かに師匠はそれを実戦で見せてくれているように感じる。


 しかし俺の心の中は、あの雲を掴むと錯覚させた神速も、軽快なステップも鳴りを潜めた師匠の動きに寂しさを覚えた。


 模擬戦は続く。

 ここからでも師匠の動きを見失うことはなく、動きは良く見えていた。

 それは戦っている冒険者達も同様らしく、連携して攻撃を繰り出すことで、師匠の動きを完全止める。


 大斧を盾で受けたところに、もう一人の剣士が突きを放つが、師匠は大斧使いの膝を蹴りながら、後方へと逃げる。

 しかし何度も同じようなことをしているからか、そこへ狙い済ました短剣が投擲され、さらに火球ファイヤーボールが飛来する。

 冒険者でも魔法が使えるものがいるので、驚きはないが、これだけの密集地に魔法を放てるのだから、相当に実力が高いことが分かる。


 師匠は短剣を盾で防いだが、同時に放たれた火球も一緒に受けてしまう。

 盾に着弾した火球は、小さな爆発が起こす。


 そこへチャンスだと言わんばかりに、前衛達が再び詰めた寄った時だった。

 盾を冒険者に投げつけたところで、師匠が冒険者達へと加速した。

 冒険者達も虚を突かれた顔をして見せたが、直ぐに攻撃を放つ。

 俺はさすがに不味いと思い、直ぐに魔法陣詠唱でハイヒールを放つ準備をした瞬間、師匠に攻撃は全く当たらず、四人の前衛冒険者達の手から武器が落ちた。

 師匠は足を緩めずに、後衛の魔法士と狩人に詰め寄ったところで、ガルバさんの声が聞こえてきた。


「そこまで! 勝者ブロド」

「おう」

 師匠は剣を持った右腕を上げて見せた。

 どうやら師匠は、やっぱり規格外な師匠だった。


「何をしたか分かったか?」

「……さぁ? ただ旋風は弱くなったとはいえ、旋風なことには変わりがなかったということです。はは、滾ってきましたな。ルシエル様、さぁ行きましょう」

 俺がライオネルに聞くと、既に会話よりも興味が師匠へと向いていた。

 どうやらここの戦闘狂にも、火がついてしまったらしい。

 ライオネルは訓練場の中へと俺を誘導するのだった。


「どうだ、ルシエル? 弱くなったとはいえ、基礎だけでもBランクぐらいなら、勝てるぐらいまで戻すことは出来たぞ」

 ドヤ顔で笑う師匠は、嬉しそうだった

 まぁ師匠が勝ったことは、素直に嬉しいのだが、俺は冒険者達を見ながら、師匠に告げる。

「……少しは自重しましょうよ。Bランクを一人で潰したら、彼等の立場がないでしょ」

「ふん。基礎が大事だと言っているのに、ランクが上がると格好をつけたくなる馬鹿共への愛の鞭だ。魔物なんかに殺されたら、それこそ損失だからな」

「まぁ言いたいことは分かりますけど」

 俺は苦笑しながら、師匠と冒険者達にミドルヒールを発動する。


「しかし、これだけで彼等が模擬戦を、あれだけ嫌がったとはとても思えないんですけど?」

 冒険者達からは余計なことを言うな、そんなことを言われているような視線を感じたが、既に言ってしまったのだから仕方がない。

「当たり前だ。これからが本番だからな、なぁ戦鬼よ」

「ふん。三ヶ月前は引き分けたが、今度こそ勝たせてもらうぞ旋風よ」

「馬鹿を言うな。レベルが上がって有利だと思っているなら、その身体にしっかりと刻み付けてやろう。本物の強さというものを」

 二人の目から闘気が迸ったところで、治療を終えた冒険者はホッと安堵の表情を浮かべ、俺と一緒に訓練場の外へと向かう。その途中でガルバさんに二人の模擬戦の審判をお願いする。


「ガルバさん、今度はその二人が対戦するので、お願いします」

「分かったよ。さぁ二人とも、時間が勿体無いから、直ぐに準備をして始めよう」


 こうして三ヶ月ぶりに、師匠対ライオネルの戦いが始まろうとしていた。


お読みいただきありがとう御座います

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